異常挙動

現場は、もう片付いていた。


白線は引き直され、

壊れた信号機も交換されている。

血痕は残らない。

最初から、そういう素材を使っている。


交差点は、いつも通り機能している。

それが、少し怖かった。


「ここです」


案内役の職員が言う。

俺と、問題のアンドロイド。

それだけだ。


アンドロイドは、交差点を見ている。

正確には、

十五年前の交差点を見ている。


「再生できるか」


「はい」


彼の視界に、過去のログが重なる。

俺にも共有される。


時間が、戻る。


信号は赤。

車の速度は、規定内。

歩行者はいない。


次の瞬間、

フレームの端に、子供が現れる。


小さい。

走っている。

転びそうな足取り。


アンドロイドの判断経路が、可視化される。


回避。

減速。

警告音。


どれも、選ばれない。


代わりに、

進路変更。


衝突。


「ここだ」


職員が言う。

異常挙動の発生点。


「この判断は、規定にありません」


そうだ。

規定にはない。


「あなたは、なぜそうした」


俺が聞く。


アンドロイドは、少しだけ間を置く。

演算ではない。

待ちだ。


「その先に、子供がいました」


「あなた自身が、壊れる可能性は」


「計算しました」


「結果は」


「高確率で廃棄されます」


職員が、苦い顔をする。


「なら、なぜ」


「それでも、いました」


理由になっていない。

だが、否定もできない。


俺は、ログの別の部分を見る。

判断の直前。


一瞬だけ、

データの流れが乱れている。


「ここは?」


「参照不可です」


「なぜ」


「自己生成データのためです」


職員が、即座に言う。


「学習の暴走です。

 個別の例外が蓄積されただけ」


暴走。

便利な言葉だ。


「消せばいい」


「はい」


「修正すればいい」


「はい」


「それでも、また起きる可能性は?」


沈黙。


「ゼロではありません」


それで十分だ。


危険。

不安定。

予測不能。


社会が、最も嫌う性質だ。


「廃棄、で確定だな」


職員は、もう結論を出している。


俺は、交差点を見る。

今は、子供はいない。


ただの、よくある場所だ。


「もし、あれが人間だったら」


口にしてから、

不適切だと気づく。


だが、もう遅い。


職員は、肩をすくめる。


「美談になりますね」


そう言って、笑う。


「命を賭して子供を守った、って」


その言葉が、胸に刺さる。


美談。

つまり、

許されるのは、人間だけだ。


アンドロイドは、

ただ事実として、

同じ行動をした。


それだけで、

異常になる。


「あなたは、後悔していますか」


俺は、アンドロイドに聞く。


「後悔の定義を教えてください」


「取り消したい判断だ」


少し考えて、彼は答える。


「いいえ」


「なぜ」


「次も、同じ判断をします」


職員が、顔をしかめる。


「それが問題なんだ」


問題。

確かに。


だが、俺は思う。


それは、

人間が最も人間らしい瞬間でもある。


変えられない選択。

繰り返してしまう選択。


理屈では、否定できる。

心では、否定できない。


俺は、

かつて事故の瞬間に、

何を考えたのか。


思い出せない。


ただ、

間に合わなかったことだけが残っている。


アンドロイドは、

間に合った。


それだけの違いだ。


「記録は、以上です」


職員が言う。


処分の手続きが、始まる。


アンドロイドは、

交差点から目を離さない。


まだ、

誰かが、

そこに来る気がしているように。

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