第12話 魔法

「という訳でさ、魔法使える奴が多い方がいいと思うんだ。魔獣の中にも、普通の攻撃が通らない奴も出てるし、威力が必要だ。」

「魔法を教えるのは構わないけど。」

レティが、村人に魔法を教える事に関して打診に来ると、ディオンは机に座って、紙に何かを書き記しているところだった。彼にしては珍しく、険しい表情をしている。

「最悪の事態も想定していた方がいい。」

「最悪の事態って?」

「この村の放棄。」

想像以上の言葉に、レティは動きを止めた。

「何だって?」

「今で3体。まだこの近く迄来てはいないけど。でもこれ以上近くに上位個体が増えれば、俺でも守り切れないと思う。纏めて襲って来る事もあるしね。とりあえず冬の間は結界をはって凌ごうと思っているけど、俺、その手の魔法って苦手なんだよね。」

雑な攻撃魔法で蹂躙する以外は、苦手な部類だという事をレティは知っている。そして、苦手な魔法には、それだけ余分に魔力量が必要だ。

「上位個体が3体って、結構な数だな。」

普通は、一体いても国から討伐隊が組まれるレベルだ。この辺り一帯はほとんど人手の入っていない広大な森と山岳地帯が続いている。魔獣にも魔獣の食物連鎖があり、生態系が維持されているから、人里に出て来ない限りは問題にはならないのだろうが、一度村や都市を襲うようになれば、災害レベルである。

彼は、先程迄描いていた紙をレティに見せた。それは雑に描いた地図の様なもので、村の場所を中心に、幾つもの円や点、そして説明書きがされてあった。

「今の分布はこんな感じ。西側と東側の山岳地帯に一体すつ、それから北側の森林地帯に一体。それと、この丸く囲んだエリアが魔獣の群れがいるところ。リアルタイムじゃないから、場所は変わるだろうけど。」

「って、どんだけ広範囲に索敵魔法使ってるんだよ。」

 普通に話しているから、聞き流すところだった。無論、そんな情報は誰も掴んでいない。それこそ、彼が魔法で調べでもしない限りは。

 索敵魔法は、範囲が大きい程魔力も必要だし、膨大な情報量を処理する為に脳への負荷も大きい。よく使っている割には、実は彼の苦手な部類の魔法でもある。

「魔力量自体は増えているから大丈夫だよ。」

目線を思いっきり逸らして、ディオンはボソボソと言い訳をした。レティはぐいっと顔を近付けて額をくっつけると、口を尖らせて男を睨んだ。

「ちゃんと寝てろよ!治らないだろ。」 

「心配で。」

レティの剣幕に負けたのもあるだろうが、大人しく床についたのは、やはり体調が良くないのだろう。

「話には聞いていたけど、どのくらいいるかなって気になったんだよね。ちょーっとやり過ぎた感はあるけど。」

魔力量が増えたから何処迄いけるか、ついつい興が乗って範囲を広げ過ぎたのだが、このタイミングで流石に本当の事は言えなかった。

「ちょっとやり過ぎたくらいで熱が出たりしないだろ。もう、無しだ、無し。魔法を教える話も一旦保留。ディオンがちゃんと良くなってからにしようぜ。」

 緊急の課題ではあるが、体を壊して迄する事では無い。

「基礎はレティかフィーが教えたらいいよ。まず魔力のコントロールが出来ないと。」

「あー、そうだな。ディオンは魔力コントロールが下手だもんな。又、魔力が乱れてるし。この年で『魔力暴走』とか、まず無いぜ。」

「俺、本当は生まれつき魔力が多いらしいんだよね。」

「・・・・?」

話の行き先が分からずに、レティは黙って盥に水を入れた。布を水に浸して絞り、男の額に乗せる。その手を掴んで、ディオンは彼の瞳を見上げた。

「母さんが、俺が魔力暴走で死なないように、小さい時に魔法で魔力の一部を封印したんだ。その封印が解けかけている。」

掴んでいる手の熱さ以上に、告げられた内容の重さに、レティは言葉を失った。

「魔力が増えているって言っただろう?毎日増えているんだ。だから、コントロールが追いつかない。今でさえ追いつかないのに封印が全部解けたらどうなるのか・・・・。不安なんだ」

「じゃあ、体調が悪いっていうのも・・・。」

「体が耐えられないんだと思う。フィーが言ってたみたいに鍛えれば良かったのかもしれないけど、俺、もともと体は弱い方だし。」

 暫くすれば、普通に治るのだと思っていた。いつもの様に。

だが、封印が解けて溢れ出す魔力が原因だというなら、そんな事が本当にあるというなら、最悪の結果を招く事もある。

 たぶん自分は酷い顔をしているのだろう。ディオンは掴んでいた手を離して自嘲気味に笑った。

「ごめん。ちょっと弱気になってた。今のは忘れて。」

 彼は布団を深く被ると目を閉じた。浅く早い呼吸音が、布越しに伝わってくる。

「俺は大丈夫だから。魔法を教えるくらいなら、何ていうこと無いから、レティの思うままにやったらいいよ。俺も今のうちに出来る事は全部やりたいし。

ただ、約束して。この村を捨てても、自分の命を優先すると。体が万全なら、俺が倒しやれるけど、俺が戦えなかったら、レティがやろうとするでしょ。自分の命を捨てても、みんなを守りそうで不安なんだ。だから、約束してほしい。最悪は、村を捨てて、生き延びる事を。」

「分かった。約束するよ。俺は無理はしない。自分の力は分かってるしな。だから、その時は一緒にここを離れようぜ。」

 まるで、最期の遺言の様に聞こえて、レティは胸が締め付けられる様だった。

レティにとって、ディオンは心の中にある太い柱の様な存在だ。いつも其処にあって、いつでも頼りになる、父親であり、兄であり、師匠の様な存在。母が亡くなってから失くしてしまった、『愛』というものを与えてくれる人。

 大丈夫では無いのは、自分自身なのかも知れない。何時までも、其処にあるのが当たり前の様になっていた。与えられている気持ちを当然だと思っていた。その柱が無くなった時、自分は立っていられるのだろうか。

 強くならなくてはいけない。与えられる存在から、与える存在に。それが少年から男になるという事だろう。一番、辛くて、苦しくて、不安なのは彼自身なのだ。これまで支えてもらった分、今度は自分が彼を支える番だ。

 レティはディオンの手をとって、両手で握りしめた。

自分の命と引き換えに出来るものなら。この世に神というものがいるのなら。少しでも、その苦しみを背負わせてほしい。それで彼が負っているものが少しでも軽くなるのならば。

「だから、ディオンも自分に負けるなよ。魔法使いなんだから、自分の魔力くらい自分で制御してみせろよ。」

「うん。」

握り返してきた手の力が想像以上に弱々しくて、レティは溢れそうになる涙をじっと堪えた。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

永遠の時を求めて〜非常識魔法使いと訳あり仲間達の追放譚 暁 黎 @elys8940

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ