第11話 予感
それから1週間が過ぎて、収穫祭が目前に迫った。
その頃になって、ようやくディオンは熱も下がり、一先ず容態は安定した。
「フィー。俺、もう自分で食べれるんだけど。」
ベッドの横の椅子に座って、にこやかにスプーンを口元に差し出す娘に、彼は毎回困惑気味に抵抗していた。最初こそ自分でスプーンを持つ事も出来なかったが、今は普通に起き上がれるし、食べる事も出来る。だが、彼女は頑としてその役目を彼に返してはくれなかった。
「私、すごく心配したの。」
それが、フィーの言い分だった。
「もうダメかも知れないと思って、毎日泣いてたんだから。」
「オレもすごく心配したし、何度も泣いたからな。オレのせいでディオンが死んだらどうしようって。」
金髪の青年は、ここぞとばかりに畳み掛けてくる。もう自分だって子供では無いのだ。何時までも守られる対象というのも、男としてどうかと思う。
「ディオンがオレの事心配してくれるのは嬉しいけど、オレもディオンの事心配するし、ディオンが苦しむ姿は見たくないんだ。いい加減分かれよな。」
「うん。」
レティが無駄に綺麗な顔をしているせいで、何だか女性二人に責められているような気がする。その圧に負けて、ディオンはすごすごと降参した。確かに逆の立場なら、自分も心配するし、その分怒りたくもなるだろう。ここは、彼が折れるところだった。
「でも、毎回毎回大変じゃない?俺の介助するの。」
「全然。」
あーんとスプーンを口に含ませながら、フィーはとろける様な笑みを浮かべた。
「むしろ、幸せ。」
「そう、なの?」
元が美女だけにヤバい破壊力だった。ディオンの目が置きどころを探して彷徨う。
「うん、ディオンの事好きだから。一緒にいるのが嬉しいの。」
臆面無く言い放つフィーに、ディオンの顔が真っ赤になる。
レティは肩を竦めて、部屋の外に出た。
自分は何を見せられているのだろう。微笑ましいというか、いたたまれないというか、もう勝手にしてくれ、という感じである。
「意外だったなあ。ディオンさんはもっと人を寄せ付けないかと思ってた。」
どうやら、リオはこっそり中の様子を伺っていた様だ。
薄い壁だし、特に防音処理がしている訳では無い。廊下にいても、十分に聞こえたのだろう。
「あんなにストレートに言われて落ちない男はいないだろ。」
フィーは何処迄も真っ直ぐな人だ。恋愛に関しても、駆け引きや打算は一切無い。純粋に純粋な思いを告げられたら、レティだって心が揺らぐと思う。
「そこは、ほら、ディオンさんだからね。これまでだって、だいぶストレートに言ってたけど、靡かなかった訳だし。」
「死にかけたから、何かが変わったのかもな。」
実際かなり危なかったと思う。何度か呼吸も止まりかけたし、心臓の鼓動も弱くなった。その度にはらはらさせられたのだから、彼はもっと反省すべきなのだ。
とはいえ、フィーがずっとディオンを思っていたのは知っていたし、ディオンもペットが恋人みたいな人だったから、2人が幸せになるなら応援してやりたいという気持ちも本物だ。其処に一抹の寂しさがあるのは、否めないが。
「このまま、平穏であってくれるといいけどね。」
「そうなんだよなー。」
冬が近付くに連れて、魔獣の動きは活発化していた。今は上位個体は発見されていないが、明らかに全体数が増えている。村の近く迄降りて来た魔獣を狩る為に、柵の外に出る日も増えていた。
今のところ、レティやリオが苦戦する事は無いが、これ以上数が増えたり、強い個体が出てくれば、フィーや最悪ディオンに頼むしかない。たが、ディオンは、やっと家の中を歩き回れる様になったところで、まだ討伐に出られる程体力が回復していない。今暫く、何事も無い事を祈るしかなかった。
「リオ、レティ。ゼス達が来てるぜ。」
薪割りに勤しんでいたサファが呼びに来た。夏が過ぎてから伸ばし始めた髪は肩口にかかる程になり、邪魔そうに払い除ける事が増えてきた。その様子を見て、リオが苦笑する。
「サファ、ここ座って。その髪結んであげるから。」
「いっそ切った方がスッキリしねえ?」
サファは不満そうだ。
「そうだけど、絶対伸ばした方が似合うと思うよ。もう年頃の女の子なんだからね。」
櫛で髪を梳いて一つ纏めると、革紐で器用に首の後で結ぶ。不揃いな髪がバサバサ垂れていた当初に比べれば、確かにこざっぱりとして見えた。
「リオは結構そういうの気にするよな。昔、フィーにも言ってただろう。」
「せっかく可愛いのに勿体ないからね。何と無く許せないんだ。ちなみにレティもね。」
「え、オレ?」
「祭の日ぐらい、ちゃんと身嗜みを整えなよ。素がいいんだから。」
レティは悪戯っぽくニヤリと笑った。
「よし、オレ、本気だしちゃおうかな。」
「レティの本気は碌でもない予感しかしねえぜ。」
「同感。」
思わず3人で顔を見合わせ噴き出したところで、痺れを切らしたゼスが家の中に入ってきた。ケイともう1人、ラーダという少年も一緒だった。
「アニキ、こいつもアニキに剣術習いたいっていうんですが、いいっすか。」
ラーダは、今年12になったばかりだ。この村では割と多い、浅黒い肌に黒髪黒目で、慎重はサファより頭1つ高い。
「オレは構わないけど。1人でも戦力は増えた方がいいしな。」
増加する魔獣対策として、レティとリオは志願者に剣術や槍術を教える事にした。今までの様に、農具や弓で追い払える段階では無くなってきたからだ。
積極的に討伐に出なくても、自分の身を自分で守れる術があるだけで違う。だから、老若男女問わず、希望者を受け入れている。
幸いな事に、レティの剣術もリオの槍術も、本は正統な流派のものだ。今はだいぶアレンジされて我流になっているが、基礎的な部分は覚えていた。
「魔法も使える奴がいるといいんだけどな。実際、オレらが使ってる武器じゃ、上位個体には刃がたたない。」
「その武器の調達も問題だよ。農具と武器じゃ、製法も技術も違うから、村の鍛冶屋じゃ無理があるし。」
「村長や村衆に相談だな。それと、魔法に関してはディオンに聞いてみるか。」
「おれらにも魔法が使えるようになるんですかね。」
ケイは懐疑的だ。
レティはじっくりと3人を眺めた。
「だいたいの奴は多少なりとも魔力を持ってるからな。それを使えるかどうかは、本人のセンスと努力次第ってところだ。お前らにしても、魔力自体はあるから、後はうまく適性に嵌まるかだな。」
「僕みたいに、身体強化しか使え無くても、身体強化だけでも十分覚える価値はあると思う。」
「やりたい。」
ラーダがいち早く叫ぶ。
「僕もディオンみたいに魔法を使える様になりたい。」
「ディオンみたいにね。」
複雑な表情で、レティはリオに目線を送った。そのリオも、やはり苦笑を浮かべている。
「出来るなら、もっと普通の魔法使いに習わせたいところだな。」
「フィーにしてもディオンさんにしても、魔法使いなのに脳筋だからね。」
力こそ正義みたいな似たもの同士である。推進力と推進力の組み合わせで、暴走の予感しかない。
「まあ、その辺はおいおいだな。収穫祭が終わったら村長に通して話を詰めようぜ。」
「そうしようか。」
思うところはあっても、先走ってうまくいくものでも無い。特に魔法に関しては、ディオンの意思と体調次第だ。武器の調達も、資金面や何処と取引するのかなどの問題がある。それに、誰かが村を出て交渉にいく必要がある。しかし、森の中を通過して近くの都市へ行くにも、遭遇する魔獣に対する戦力が必要だ。交渉側に戦力を割けば、村の防衛が薄くなる。戦える者が少ないだけに、頭の痛い問題だった。
冬になれば、この村は周囲から隔離された空間となる。その前に手を打つか、春まで今の状態で対応出来るのか。課題は山積みだが、今は出来るところから、手を打っていくのみであった。
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