第9話 魔力暴走
長く暗いトンネルを潜り抜けた様な気がした。目を開けると、見慣れた部屋の天井が映った。激しい空腹感に襲われて起き上がり、レティは明るい昼の日差しに首を傾げた。
いつから記憶がないのか、よく分からない。とりあえず、脳を働かせる為にも何かを食べようと台所へ向かった。
今日はサファが食事担当の様だった。野菜や肉を刻んで鍋に入れている。
「おはよう、サファ。ってもうそんな時間じゃないな。」
金色の髪をかき上げながら、彼は爽やかに言った。
「何でもいいから、直ぐに食えるものないか。めちゃくちゃ腹が減っててさ。」
サファはまるで死人が生き返ったかの様に、呆気にとられてレティを見上げていた。自分の目が信じられないかの様に、何度か目を擦り、大きな目を更に大きく見開いている。
「何だよ。俺が何か変か?」
「レティはやっぱりレティだな。3日振りだよ。」
「ん?何が?」
「大怪我して帰って来ただろ。それから3日も寝てたんだぜ。起きて開口一番が飯って、どんだけだよ。」
手近にあったパンを頬ばりながら、そういえば、そんな事もあったな、と思い出す。
強い魔獣に会って、怪我をして命からがら逃げ出した。そして、そこには魔獣の群がいて・・・・。
自分の右腕を目の高さに持ち上げる。太い血管ごと抉られて失血死しかねない、深い傷だったのに、まるでそんな傷など夢幻だったかの様に、傷痕一つない。あり得ない事だった。だが、身近には、そのあり得ない事を普通にやってのける者がいる。
「サファ、ディオンは何処だ?」
「ディオンなら自分の部屋に。って、食わねえのかよ。」
「悪い。後で食うから。」
サファが皿に盛ったリゾットもそのままに、レティは階段を駆け上がった。一番奥の部屋の扉を開け、最初に目に入ったフィーの憔悴した姿に驚ろいた。
「レティ。目が覚めたんだ。」
彼女の笑顔は何時に無く弱々しかった。むしろ、泣いている様にさえ見えた。
「フィー、ディオンは?」
「どうしよう。このままディオンが目を覚さなかったら。」
彼女は両手で顔を覆った。
その肩が小刻みに震えているのに、レティは気が付いた。
「大丈夫だ。これまでだって大丈夫だったろ。」
そうでなければ、やってられなかった。自分のせいで、自分の怪我を治す為に、ディオンが死ぬなんて、あってはいけないのだ。
ベッドの上で眠っている男は、一回り小さくなった様に見えた。熱が高いのか顔は赤く、乾いた唇から浅く弱い息が漏れている。時折痙攣したように体が小刻みに震え、表情が苦しげに歪んでいた。
「魔力暴走なの。」
掠れた声で、彼女は囁いた。
多少なりとも魔法が使える者なら、魔力の動きも見える。レティにも、ディオンの体内を巡る魔力が酷く乱れているのが見えた。
魔力暴走は、生まれつき魔力が多い幼児がなりやすい症状だ。体が自分の魔力に耐えられずに、コントロールを失って体内を暴れ回って傷つける。高熱が下がらず、これといって治療法も無い為死んでしまう事が多いと聞く。だが、大人ではほとんどその症状になる事は無い。魔力が多い者は早い段階で魔力のコントロールを覚えるし、幼児と違って体力があるからだ。
「たぶん、もともとなりやすい体質なんだと思う。ディオンが言ったの。『後は宜しく』って。こうなるって分かってたのかも。どうしよう。私、どうしたらいいの?」
ポロポロと、涙が頬を伝って床に落ちた。
いつも明るくて、前向きな彼女の涙に、レティの方こそ、どうしよう、と言いたくなった。
ちょっと前迄は自分より背が高かったのに、今は少しだけ、自分の方が背が高い。悩んだ末に、そっと頭を抱き寄せて、ポンポンと叩いた。
「フィー、笑えよ。泣くなんてフィーらしくないじゃん。俺達が信じなかったら、よくなるものも良くならないだろ。そんな体質なら、今回が初めてじゃないだろうし、きっと大丈夫だ。」
それを一番信じたいのは、彼自身だった。そうでなければ、きっと自分で自分が許せない。
「だいたい、そんなに魔力量も無いのに、暴走とかおかしいじゃん。何日か経ったら、何事も無かったみたいに目を覚ますぜ、きっと。」
これが王都であったなら。とレティは思いを巡らせる。
治療法が全く無いわけでは無かった。希少とはいえ、薬が無いわけでは無いのだ。
ただ、王族や高位の貴族でなければ手に入る事は出来ない程高額なものだ。だから、今ここでそれを求めてもどうにかなるものではない。
「怖いの。」
フィーは何度も涙を手の甲で拭いながらすすり泣いた。
「生きていれば、いつかは死ぬのは当たり前なのに。そう、分かっているのに。でも、ディオンがいなくなったらと思うと、涙が止まらなくなるの。泣いちゃいけないのに。笑ってないといけないのに。涙が溢れてくるの。」
「フィー。」
一つ年上で、姉さんみたいな存在で、どちらかというと頼りにしていたのは自分の方なのに、急にか弱い、女性の様な姿を見せられて、レティは途方に暮れた。こんな時、リオだったらどうするのかと思ってしまう。たぶん、彼も慰めたり、励ましたりしている筈だ。
リオがかつて、この少女を好きだったのは知っている。でも、今は仲間として、もしくは妹の様に思っている。彼女の心が別のところにあって、彼に向く事が無いと分かったからだ。
結局、俺は俺なりのやり方しか出来ない。レティは自分の中でそう結論付けた。フィーの髪を撫でながら、ディオンに視線を落とす。
「俺さ、もっと強くなりたいんだ。魔法も剣も。それで、ディオンが目覚めた時驚かしてやりたい。」
フィーは涙に濡れた目で、レティを見上げた。透き通った顔が余りに儚げで、レティは思わずその細い体を抱き締めたい衝動に駆られた。男としての本能が、抱いて慰めてやれと働きかけてくる。もちろんそんな事は、精神的にも物理的にも出来る筈が無い。行動に移した場合の惨状を頭に描き、レティは両手をキツく握って自制心を総動員した。
「だからさ、稽古をつけてくれよ。フィーと並べるくらいに、強くなりたいからさ。」
「死ぬ気で頑張るってこと?」
緑色の瞳に閃いた危険な輝きに、レティは自分の発言を激しく後悔した。だが、今更撤回は出来ない。
「もちろんだ。」
これが男の強がりというものだ。だが、仕方が無い。男は見栄とプライドに生きてこそである。たとえ訓練で死んでも、骨くらいは拾ってもらえるだろう。
「オーケー。短期集中になるから、覚悟してね。」
涙は止まり、いつものフィーが帰って来た。それは喜ばしい事なのだが、引き換えに得た地獄の特訓に、レティは思わず深いため息を吐くのだった。
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