第7話 絶対絶命

 秋が深まりと共に、森の木々も色鮮やかに色付いていく。枯れた枝を踏みしめながら、レティは周囲を警戒しつつ獣道を進んでいた。

バドが無言で、地面を指す。

よく見なければ分からない獣の足跡を二人は追っているのだった。

「鹿の数が減っている。去年よりももっと。」

終始無口な若者は、村では数少ない狩人の1人だ。獣の生態にも魔獣の生態にも精通している。僅かな足跡や、糞、木に付いた傷や体毛から、その種類や通り道を割り出す。自身の経験則のみならず、長年積み上げてきた知識を継承しているからこそであり、レティにはさっぱり分からなかった。

 そのバドが、最近森の中がおかしいという。強い魔獣の個体が村を襲ってくる事も然りであり、全体的に魔獣や獣の分布が変わってきているというのだ。

魔獣が襲ってきた時の為についてきてほしいと言われ、レティはフル装備でバドの後ろを歩いていた。

「嫌な感じだ。」

バドが立ち止まって、森を見渡した。何かがいる訳では無い。だが、レティも先程から首筋がチリチリするような感覚を覚えていた。こういう勘を大切にするか否かで、長く生き延びられるかどうかが変わってくる。

「オレもそう思う。引き返そうぜ。」

その判断は正しかったが、しかし、やや遅すぎた。

村迄後少しというところで、それは唐突に襲いかかってきた。

「バド、下がれ!」

レティは叫ぶと剣を抜き、魔獣の牙を真っ向から受けた。エルダーライガーに似た、しかし、遥かに大きい魔獣だ。高さは2メートル、体長は5メートル近い。

 身体強化を使い、一度後に飛び退いた。

その間に、バドが近くの木に登っていくのが見えた。其処から、弓で応戦するつもりらしい。

「これ、勝てるやつかな。っていうか、勝つしか無いけどな。」

勝てなければ死ぬ。魔獣と対峙した時、世界は単純だ。生か、それとも死か。其処にはごちゃごちゃした思惑も策略も無い。単に力と力の勝負だ。

意識を集中させて魔力を練る。緊迫感に心臓の鼓動が大きく響く。口の中がザラザラと乾いた。

 微かな風を切る音。バドの放った矢が、魔獣の目を射抜く。レティは足に魔力を流し、一気に距離を詰めた。

 閃く雷鳴のイメージを脳内に描く。剣から稲妻が閃き、一閃と共に魔獣に襲いかかる。

僅かに額が切れ、血が滲んだ。眼球と額を傷付けられた魔獣は、怒り狂って咆哮を上げた。巨大な牙が、レティを噛み殺さんと間近に迫る。その鼻面を蹴って背中に乗ると、灰色の体毛を掴んで剣を背中に突き刺した。

「くそっ。硬いな。」

普通の攻撃は通らない。もっと威力が必要だった。そして、威力を上げる手段は限られているし、何度も使えるものでは無い。

 暴れる魔獣の背中から、一旦飛び降りる。鋭い爪の攻撃を躱しながら、比較的皮膚の柔らかい場所を探す。体毛の多いところは、硬い毛が邪魔をして刃が刺さらない。喉元か或いは。

 後脚の膝裏、腱を切る様に剣を振るう。皮膚が切れ、血が流れたが、それだけだ。距離をとって呼吸を整える。

心臓の鼓動が耳に響いた。

強くなったと思っていたし、実際に強くなった。だが、ランクが一つ上がれば、攻撃力も防御力も桁違いなのが魔獣だ。下手な攻撃は全て跳ね返されてしまう。だが、生き延びたいなら、それでも活路を切り拓くしかない。

 ジリジリと間合いをはかりながら、魔力を練り上げる。練習通りに、いつも通りに、それ以上に強く。ディオンやフィーに教わった通りに、イメージを強く持って魔力を事象に具現化する。空を貫く稲妻をその効果を魔力に込める。

「〈サンダー〉」

伸ばした掌から、稲光が迸る。

それは、魔獣に直撃し、その巨軀を稲妻が閃いた。苦悶の声を上げ、魔獣が藻掻く。レティは息を吐くと、その開いた口腔に剣を突き刺した。

 剣は柔らかい喉を突き破り貫通した。だが、魔獣はまだ死んではいない。腕ごと噛み砕かんと閉じた牙に、右腕の肉が抉れた。鮮血が流れ落ち、激痛に意識が遠ざかる。

「くそっ。」

身を捩って前脚の追撃を躱し、地面に転がる。その背中を魔獣の爪が掠った。ジリジリと焼ける様な痛み。

「ハァハァハァハァ・・・・。」

脂汗がどっと全身に噴き出した。身体強化をかけていなければ、どれ一つとっても致命傷になっていた。ふらふらしながら立ち上がり、腰から短刀を抜く。あまり役には立たないが、無いよりはマシだ。

 微かな風切音。矢が傷ついていない、もう一方の目に突き刺さる。遠方から、動く小さな的に命中させる恐ろしい精度だ。

「レティ!」

木の上から飛び降りて、バドはレティの元に走り寄った。

「今のうちに、逃げるぞ。」

魔獣は視力を失い、痛みとショックに猛り狂う。だが、喉を差し貫いた出血がようやくダメージになったのか、急にびくりと痙攣しその動きが止まった。四肢が力無く崩れ、地面に横倒しになる。

 レティは頷き、2人は斜面を駆け下りた。目は見えなくても、魔獣は鼻で獲物を追えるし、音でその所在が分かる。魔獣が死んだのかは確認しなかった。今は少しでも距離を稼ぐしかない。

「レティ!」

出血と痛みに頭が朦朧とした。

妙に息が上がり、足から力が抜けていく。

「先に行け。」

大きく肩で呼吸をしながら、地面に両手をつく。

立ち上がらなければ。

心は強く思っているのに、体はいう事をきかない。

バドは、レティの左腕を自分の肩にかけた。半ば引き摺る様に、一歩一歩進む。

「バド・・・。」

「お前は友達だ。」

彼は前を向いたまま、進む足に力を込めた。

「俺は、友を置き去りにするような卑怯な生き方は出来ない。お前が俺の立場だったら、お前は俺を置いていけるのか?」

たぶん、この男から聞いた一番長い言葉だとレティは思った。

そんな事、考える迄も無く答えは出ている。

「そんな事、する訳ないだろ。戦う時も、帰る時も一緒だ。」

負ける訳にはいかない。

何が何でも、生きて帰らなければ。

だが、レティの決意を嘲笑うかのように。

前方にエルダーライガーの群れが血の匂いを嗅ぎつけて集まっていた。









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