第5話 宴会
戦闘の余波は、柵の前で待機するレティ達にも感じられた。ジリジリと暑い日差しが、更に熱を帯びていく気がする。
「姉御達、大丈夫ですかね。」
ケイが心配そうに呟く。
「ディオンさんが一緒だから大丈夫といえば大丈夫なんだけど。」
「大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃないんだな。」
リオは微妙に言葉を濁し、レティは警戒したまま、魔力の動きを追った。
ぶつかり合う様な魔力の揺らめきが、唐突に、爆発的に高まった。森の一端から、太い火柱が噴き上がる。青白い、自然界には無い炎の色。黒煙が濛々と立ち込め、青い空に向かって伸びていく。
「爆発だ。」
「森が燃えているぞ!」
柵の前に詰めていた村人達の間に悲鳴の様な叫びが上がった。森が燃えれば、何れこの村も飲み込みかねない。絶望に似た動揺の中、レティとリオは顔を見合わせてため息を吐いた。
「あーあ、やっぱりか。思ったよりは小規模だけどな。」
「まあ、2人で行くっていうから、予想はしてたけどね。」
続いて、上空に巨大な水球が浮かび、弾けた。黒煙をのみ込む様な白い蒸気が遠目にもはっきりと見える。炎は消え、それに伴って黒煙も徐々に薄くなっていく。
これがもっと大規模だったら、この世の終わりを感じるような光景だ。周囲では自然現象を超えた超常現象に焦燥にも似たどよめきが沸き起こっていた。
「アニキ、姉御達はあれに巻き込まれてたりしないんですかね。」
恐る恐る聞いてきたのはゼスだ。その顔には、紛れもなく恐怖が浮かんでいる。
「巻き込まれるっていうか・・・な。」
そもそも元凶である。
だが、本当の事を言うべきか言わぬべきか悩むところだった。
大き過ぎる力は、恐怖を生む。恐怖は抑止力にもなるが、多くは排除と迫害に繋がるものだ。それは、これまでの歴史が物語っている事であるし、ディオンが国を出る事になった理由の一つでもある。
古代と違い、今の魔法使いには、戦略級の魔法を使う者はほとんどいない。村一つ容易く滅ぼせると知って、果たして以前と同じ様に彼に接する事が出来るだろうか。
残念な事に、ディオンはその辺りの一般庶民の感覚が分からないし、分かろうともしない。だから、自分の思いのままに魔法を行使してしまうのだ。結果、取り返しのつかない惨状を作ってきているというのに。
「魔獣一体にやり過ぎだって。幾ら何でも限度ってものがあるだろ。」
思わず愚痴の一つも出てしまうのは仕方が無い。
煙が散って、晴れ渡った視界に、小さな点の様な影が見えた。それは、急速に大きくなり、直ぐに二人の人影となった。フィーが上空から笑って手を振っている。
「みんなー、やつけてきたよー!」
「フィー!」
「姉御、さすがです!」
「やったー。」
「さすがだぜ!」
不安と恐怖が一気に、驚愕と歓喜に変わった。三十人程の小さな集落だ。その村人達が一様に笑顔になる。
フィーとディオンが、柵の前で降り立つと、彼等はどっとその周りを取り囲んだ。男達は鍬や斧を振り上げて大声を上げ、拳を打ち合って喜びを分かち合う。その声を聞きつけて、家々からは女性や子供達が集まってきた。
その中心部に取り残されて、ディオンは置物の様になっていた。レティは人混みを縫ってディオンのところに行くと、腕を掴んでずりずりと円の外側に引っ張り出した。
「ディオン。」
怒気を込めて名を呼ぶと、彼はのろのろとレティを見上げた。そして、すっと視線を下に向ける。
「止めなかったオレも悪いけど、あれは無いよな。」
「反省してます。」
ディオンは、びしょ濡れになったモフモフの様に萎れた。何なら、本当に濡れていたのかも知れない。栗色の髪がしっとりと湿り気を帯びている。
「今度はオレも行くから。オレがいれば、巻き込まないように、もうちょっと考えて魔法使うだろ。」
「ソウ、デスネ。」
今度こそ、本気で悪いと思っているのだろうか。大の男で大人で、何だったら10は年上の筈なのに、まるで子供の様に項垂れている。
「オレが言いたいのはそれだけ。反省してるならいいよ、もう。」
ますます小さくなる男の肩ポンと叩いてレティは怒気を収めた。怒っている訳では無い。ただ、心配なのだ。この素朴な人達のいる環境が、自分にとってもこの男にとっても、居心地がいいから。だから、出来るだけ軋轢となりそうなものは作りたく無かった。この人の為にも。
もっと自分も強くならないとな、とレティは自分自身を鼓舞した。足手まといと思われない程に強くなれば、いつも側にいて支えられるかも知れない、と。
「レティもディオンもこんなところにいたんだ。ほら、早く行こ。」
人垣を掻き分けるように、フィーはにこやかな笑顔を振りまきながら走り寄った。ディオンの腕をガシッと掴むと、村の広場の方へ引っ張っていく。
「宴会だってー。アルファウッド討伐祝い。ほら、早く早く。お酒なくなっちゃうよ。レティも早く!」
広場では、既に板や丸太で即席のテーブルが作られ、めいめいの家から持ち寄られた酒の樽が開けられていた。
店があるわけでも行商が来る訳でも無い。
果実や芋等を発酵させた自家製酒で量も限られた貴重なものだ。それを少しずつカップに分け合って飲む。
量は少しでも、胸に湧く暖かさに快い酔いが回る。
女達は、自慢の料理を持ち寄り、広場では大きな肉塊が焼かれていた。暑い日差しに、火の熱気が更に熱さを増しており、男達の多くはシャツを脱ぎ捨て、農作業や狩りで鍛え上げられた上半身を曝している。
「サファ。」
大人達を真似て上着を脱ごうとするサファをリオが慌てて押し留める。
「駄目だよ。シャツくらい着てないと。」
「何でだよ。暑いじゃん。」
「夏は暑いものなんだよ。いいから、着てて。」
「リオはオレのお袋かよ。何でオレだけ駄目なんだよ。」
「そんなに暑いなら氷でも出そうか。」
唐突に、ディオンはからからと笑った。リオはぎょっとして声の主を振り返った。
草原にぼーっと座っている男は、強い蒸留酒に酔っている様だった。頬は上気して、目がとろんと濁っている。
「うーんと、このくらいかな。」
突如、周囲の気温が急激に冷えた。シャツ1枚では、身震いする寒さだ。そして、目の前にリオの背丈程もある氷が出現する。透き通ったそれは、まるで巨大な水晶の様だった。
「ははは。ちょっと小さ過ぎたかな。なんか、魔法の制御がうまくいかないみたい。」
「いえ、十分ですよ。」
家の様に大きくなくて良かった。リオは一先ずほっと胸を撫で下ろした。
「すげぇ、これ、氷じゃん。」
ぺたぺたと氷塊に触れながら、サファは歓喜の声を上げた。毎回、ディオンの魔法には驚かされるばかりだ。ひんやりした冷気に、ほてった体が冷えていく。
村の子供達も集まり、降って湧いた氷にキャッキャと楽しげにはしゃいだ。その様子に、ディオンは更に興が乗った様だった。
「みんな、自分のカップを持って。」
いつに無く上機嫌なのは、きっと酔っ払っているからだろう。彼はけらけらと笑いながら、芝居がかった仕草で腕を一振りした。すると、細かく砕けた氷が、さらさらと子供達のカップに降り注いだ。
「これ、かけてね、食べると美味しいんだ。」
更に虚空から手品の様に瓶を取り出し、赤いシロップを氷にかける。それが空間魔法である事をつい先日、リオは知った。何でも亜空間にいろいろと物を詰め込んで、倉庫の様に使っているらしい。鮮度を保つ事も出来るらしく、ペットのワーウルフが食べている生肉も、常に其処から取り出されている。
「これで、良しっと。さあ、溶けない内に食べちゃって。」
「え、食べれるの?」
サファは恐る恐る、シロップごと口に含んだ。甘酸っぱい果実の味がキンキンに冷えた氷と共に口一杯に広がり、体から熱を奪っていく。
「うまっ。」
幾らでも食べられそうな気がした。そんな、サファの様子を見て、他の子供達も次々とむさぼる様に食べ始めた。
「ディオン、他にどんな魔法が出来るの?」
「何か見せて。凄いやつ。」
「見たい、見たい。魔法見せて。」
「うーん。」
彼は頭を捻った。
「じゃあ、こんな感じはどう?」
不意に地面から水が噴き出した。円状に数十カ所から噴き出したそれは、まるで高位の貴族邸や王宮にある噴水の様に見える。
この人は、何処かで噴水を見た事があるのだろうか。噴水は、貴重な水をふんだんに使える財力があってこそであり、庶民には縁遠いしろものだ。リオも一度だけ、王都に行った際にある貴族邸に招かれて見た事があるのみだ。辺境の地では、お目にかかる事は無かった。
噴水に気付いた村の男達が、こちらを指差しながら何かを叫んでいる。そして、子供達は息を飲んで、水が作り出す芸術に見惚れていた。
「わー、きれい。」
「すげぇ。魔法すげぇな。」
「うんうん、そうでしょ。でもこういうのって、すごく疲れるんだよねー。」
すっと噴水が消えて、後には巨大な水溜まりが残った。ディオンは目を瞑るとゴロンと草原に横になった。
「ディオーン。もう終わりなの?」
小さな少女が、乱暴に男の肩を揺さぶる。彼は薄く目を開くと、少女の頭に手を乗せた。
「うん、又今度ね。」
「ディオンさんは、討伐に行って疲れているから休ませてあげて。」
酔っているこの人が何をやらかすかと思うと心臓がもたない。このまま、眠っていてくれるのが一番だ。
子供達をやんわりと追いやって、リオは深いため息を吐いた。
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