第4話 魔獣討伐

 アルファウッドの最初の撃退から数日が経った。激しく扉を叩く音にリオが対応すると、村の男達が数人、手に鍬や斧を持って立っていた。

「リオ、奴が出やがった。」

最初に口を開いたのは、背の高い黒髪の男だ。確かゼスという名前だった。

「アルファウッドだ。柵の向こうでうろうろしているのをリリファが見たんだ。やべえよ。あんなやつに襲われたら、一溜りもない。」

やや小柄で体格のよい、ケイが怒涛の様に付け加える。リリファというのはケイの嫁で、快活な女性だったと記憶している。

そして、何も言わずに鍬を構えている男が、バド。年頃が近いせいか、この3人は良く一緒に行動している村の若手衆だ。

「何処にいたの?」

 リオの後から、フィーが顔を覗かせる。緑色の瞳は炯々として、今すぐにでも獲物に飛び掛って行きそうな危うさを孕んでいた。

「へい、姉御。村の東側です。畑からは離れたみてえですが。」

「又戻ってくるかも知れないんで。ここは一つお願いします、姉御。」

 明かにフィーの方がこの3人よりも年下だと思われるが、村に来て早い段階から、何故かフィーは『姉御』と畏敬を集めていた。

「オーケー、任せて。今度こそ狩ってみせるから。」

「さすが、姉御です。」

「姉御、頼りにしてます。」

相手が強ければ強い程、燃え上がる彼女は、既にウキウキと顔を綻ばせている。どちらかというと堅実な戦闘を好むリオには理解出来ない心境だ。

「僕達も今度は加わろうか。気を引くくらいは出来ると思うけど。」

「うーん。ディオンがいればいいかな。近くに誰もいない方が巻き込む心配しなくていいし。リオとレティは、村の守りをお願い。1体とは限らないから。」

「じゃあ、俺等は通常営業って事で。」

斧を片手に、レティが現れる。

その後から、サファがひょっこり顔を出して首を傾げた。

「通常営業って?」

「つまり、壊れた柵の修理って事。お前らも手伝えよ。今回は今迄以上に派手に壊れるからな。痛っ。」

フィーに思い切り足を踏まれてレティが呻く。3人の若者達は、フィーに軽口を叩くレティを尊敬の眼差しで見つめた。

「さすが、アニキ。姉御にためはるなんて、俺には出来ねえっす。」

「俺も。まだ命は惜しいですからね。」

いまいち彼等の基準が良く分からないが、『姉御』に喧嘩を売れるという事で、更に年下のレティは『アニキ』と敬われている。

謎である。


 その間に、フィーは急いで寝室に行くと、布団の中からディオンを叩き起こした。彼はだいたい昼近くまで起きないのだ。

「はやく、はやく。アルファウッドが遠くにいく前に追いつかなくちゃ。ディオンなら、何処にいるか分かるでしょ。」

「うーん。ちょっと待って。」

寝起きでぼーっとしているところに、矢継ぎ早に言われても全く頭の処理が追いつかない。

彼は寝惚けた脳で必至に言われた事を反芻した。

「えーと、フィーをアルファウッドのところに連れていけばいいの?」

「そう。後は適当に逃げ無い様に囲っておいてくれれば。今回は私とディオンだけだから、派手にいきましょ。」

「うーん。じゃあランは今回は留守番だね。」

 手に擦り寄ってくる白い獣の頭を撫でて、彼はのろのろと服を着た。まだ完全に覚醒していないのは明かだった。目が半分閉じている。

 彼女は、悪戯を思いついた様な笑みを浮かべて、ディオンにピタリと体を寄せた。薄いシャツを通して、お互いの体温が感じられる。さすがのディオンも完全に目が覚めた。手が置きどころを探して宙を彷徨う。

「風魔法で行った方が速いよね、ディオン。」

「あ、そうだね・・・。」

ディオンは、散々迷った挙句、引き締まったフィーの腰におずおずと手を回した。風魔法で移動するなら、離れない様に支えておく必要がある。

 いつも無表情な彼の耳が赤くなっているのを見て、フィーは満足そうに微笑むと、体の前面を押し当てるようにディオンの首に手を回した。

跳ね上がった心臓の音が聞こえてくる。彼は真っ赤な顔で、困った様に目を泳がせた。

「フィー。其処までする必要は・・・。」

「この方が安定するでしょ。ほら、早く行こうよ。」

 フィーは頑として離れようとはしない。ディオンは鉄の自制心を発動して、魔力を練り上げた。

 強い風が2人の周りに纏い付く。開いた2階の窓から、2人は木の葉の様に空中に舞い降りた。

 

 村を抜け、森が近づくと強者の気配が明かになる。魔獣と獣の違いは、体に魔石があるかどうかだ。魔獣は体内に魔石があり為か、大なり小なり魔法を使う。その多くは身体強化だが、中には火や風、雷や毒等の属性魔法を使うものもいる。そして、基本攻撃的だ。獲物と定めれば容赦無く食い殺しにくるし、戯れに殺す事もある。

 アルファウッドは、鹿型の魔獣ヒーパーを今まさに食しているところだった。濃厚な血の匂いが周囲に漂っている。

「さあ、行くよ。」

夏の日差しは、生い茂る木々の葉で遮られているものの、暑い事には変わりない。その熱気の中、フィーの体が赤い炎を纏った。

「〈バインド〉」

ディオンが魔法を放つ。影の手が伸び、魔獣の脚に絡みついた。同時にフィーは走り出していた。瞬く間に詰め寄ると、剣を一閃する。

後脚から血が噴き出す。

魔獣は咆哮を上げ、フィーを食い殺さんと牙を剥いた。彼女は既に距離をとっており、ひらりと躱して頭に剣を叩き込む。

たが、剣は硬質な音を立てて何かに弾かれた。

「うわっ。硬いね。」

更に魔獣は、影の手を引き千切り、四肢に力を込めて跳躍した。その目が、ディオンを捉える。自分の動きを邪魔する者をそれは明確に理解していた。

「〈サンダー〉」

稲光が空を裂き、アルファウッドに直撃した。一瞬怯んだ隙に、フィーの炎を纏った剣が空を切る。もう一つの後脚から血が流れ、衝撃波は更にその後ろにあった木を炎上させた。

「ディオン!」

魔獣の爪が、男に向けて振り落ろされる。彼は冷静に結界を張ってそれを弾いた。

「〈バインド〉」

再び影の手がアルファウッドに伸びる。魔獣は、素早く駆け巡り、巧みに影の手を振り切っていく。

「はやっ。」

伊達に討伐が困難な魔獣では無い。後脚の傷も大して効いてはいなそうだ。噛み付いてくる頭をかろうじて結界で弾く。バリッと音がして結界にヒビが入った。

 フィーの纏う炎が一段と大きくなる。緑の瞳が一層輝き、獰猛な笑みが浮かぶ。彼女は剣に意識を集中させ、大きく一閃した。鋭い衝撃波が魔獣を横から凪ぐ。魔獣はひらりと躱したが、其処に本命の追撃をかける。狙うは喉。皮膚の柔らかいところだ。

 行き場を失った衝撃波が木々を薙ぎ倒した。激しく地面が揺れ、ディオンはよろめいた。その目に懐に入ったフィーが前脚で殴られるのが映った。

 彼女の体は木の葉の様に吹っ飛び、宙を舞う。

 全身の血が引く様な感覚と共に魔力が爆発的に高まった。噴き上がる感情が形を伴って具現化する。

「〈燃えろ〉!」

「ギャアアアアアア!」

アルファウッドの全身から、青白い炎が噴き出した。高熱の炎に、一気に気温が上昇する。魔獣が苦しみ悶えて木に激突する度に、火はドンドン燃え広がり、辺りは灼熱の高温となって、炎が燃え広がっていく。

 フィーは、地面に転がって衝撃を和らげつつ、立ち上がって茫然とした。魔獣の一撃で殴られた胸部は多少痛むくらいで、ダメージという程では無い。だが、周囲の状況は大問題だった。

「ディオン、やり過ぎ。」

炎を纏っているからこそ、炎にたいする耐性も上がっている。多少の熱で火傷を負う事は無いが、普通の人間なら全身火膨れになっている。

燃え上がる火の粉を払いながら、フィーは慌てて男の元に走ると、ペシッと頭を叩いた。

「早く火を消さないと。山火事になっちゃうよ!」

彼は焦点の合わない目で彼女を見つめた。榛色の瞳が、今は金色に輝いて見える。その金色の光が徐々に消え、彼はゆっくりと目を瞬かせた。

「フィー?」

「ディオン、やり過ぎ!このままじゃ何もかも燃えちゃうよ。」

頭を殴られた衝撃で、我に返ったらしい。ディオンは改めて、自分が引き起こした惨事を眺めた。

確かにやり過ぎだった。

「あ、ごめん。〈ウォーター〉」

巨大な水の玉が上空で弾けて、大雨の様に降り注いだ。濛々と水蒸気が立ち込め、辺り一帯が白く霞む。フィーは、剣を構えたままアルファウッドを睨んだ。が、魔獣は体の内部から燃え広がった炎で既に絶命していたらしく、起き上がる事は無かった。

 水蒸気の霧が晴れると、黒焦げになった魔獣と、炭化した木々が折り重なった、悲惨な現場に、太陽の日差しが降り注いだ。広範囲に燃えて風通りの良くなった焼け野原は、たっぷりの水を含んでどろどろになっている。

そしてもちろん、ディオンとフィーも全身ずぶ濡れだった。

「乾かそうか?」

黒髪からは水滴が滴り、服はぴったりと肌に張り付いて、全身のラインが強調されている。彼女は頭をプルプル振るって水を弾くと、むうと頬を膨らませた。

「もう、ディオンったらほんとやり過ぎ。私じゃ無かったら、燃えてるよ。」

「うん。反省してます。」

決まり悪そうに横を向いて謝る男の額をコツンと小突いて、彼女は朗らかに笑った。そして、当たり前の様に首に手を回して、体を寄せてくる。

 柔らかな膨らみの確かな感触と、間近に迫る赤い唇に、ディオンはクラクラした。ぶっ飛びそうになる理性を総動員して、心を鎮めた。

「じゃあ、帰りまーす。」

大きく深呼吸をし、風の魔法を纏う。風魔法を使えば、村迄は僅かな時間だ。風魔法のスピードがちょっぴり恨めしく思えた。




 









 

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