第3話 出会い②

 パチパチと薪の爆ぜる音が、虫の鳴き声に混じって聞こえてくる。寝返りをうとうとして、脚に走る鈍い痛みに呻き声を上げた。全身が気怠るく、熱っぽく感じるのは、夏の熱気のせいだけでは無い。

目を開けると、暗闇に薪の光を受けて金色の輝きがあった。

「大丈夫か。痛いだろ。」

 女の様にも見える綺麗な顔だちなのに、声は男のものだった。良く見れば、シャツからむき出した腕も平たい胸も男のものだ。

「痛み止めの薬があるけど、飲めるか?くそ不味いやつ。」

「うん。」

サファが頷くと、青年は瓶から慎重に半分程木のカップに移した。そっとサファの背中に腕を回して上体を起こし、カップを手渡してくる。

「うわっ。」

匂いだけで分かる。たぶん相当苦いやつだ。

「飲んだ方が早く治る。めちゃくちゃ不味いけどな。」

「うん。」

目を瞑って、一気に煽る。

薬臭い匂いとザラザラした喉越し、口中に広がる苦さに噎せそうになる。

「ほら、水だ。」

差し出された水で落とし込んで、ほっと息を吐いた。

「まだ暫く痛むかもな。傷口が塞がるまでは安静だ。眠れそうか?」

 直ぐに効くものでも無いだろうが、心持ち痛みが引いた様な気がした。その分、体が眠りを訴えてくる。

「オレ達は交代で見張りをしてるから、何かあったらそいつに言えばいい。遠慮しなくていいからな。」

「うん。」

年の離れた兄がいたら、こんな感じなのかもしれないな、とサファは思った。


 サファを助けてくれたのは、4人組の冒険者だった。特に行く当ても無く、国から国へと渡っていくつもりだという。

だから、サファを助けたのも、サファを家迄送っていくのも、ついでの様なものだと笑って言ってくれた。

「こんな山奥に村があるなんてびっくりだよ。」

唐突に森が切れて、広がった民家と畑の景色に、赤毛の青年は目を大きく開いた。

他のメンバーより頭1つ背が高い男は、夜営地からずっとサファを背負ってくれていた。それでも息一つ切らさないのは、日頃よく鍛えてあるからだろう。

 途中、何度か魔獣に遭遇したが、その度に昨日の女神が一刀の元に斬り伏せていた。女神は女神でも、戦いの女神らしい、とサファは思った。

「で、お前の家って何処?」

「あれ。」

金髪の若者に尋ねられ、記憶を辿って一つの家を指差した。

叔父に引き取られてから、もう何年も帰っていない家は、壁の一部が抉られた様に破壊されていた。

「魔獣ね。たぶん、それなりに大型のやつ。」

「死んだんだ。」

こんなに壊れていたんだな、とサファは何の感慨も無く思った。家の中も、瓦礫や落ち葉が積もり、酷い有様だ。

「父さんも母さんもベアホークに殺られて。」

そして、食べられてしまった。

自分が生き延びたのは、奇跡みたいなものだと思う。

「よく助かったね。」

力強く頭を撫でて、少女は満面の笑みを浮かべた。強い緑の瞳には、同情も憐憫もない。むしろ、称賛と優しさが込められていた。

「凄い強運じゃない?だから、きっと素敵な未来を掴めるよ。」

「フィーの言う通りだよ。でも、まず、この家を直さないと住めないね。」

赤毛の男が、まじまじと家屋を眺めて現実的な事を言う。

「結構酷いけど、土台はしっかりしてるし。僕達のスキルを活かす時だよ、レティ。」

「オレ等、柵しか作ってないじゃん。リオは家建てた事あるの?」

「無いけど、其処は何とかするところだよ。」

「とりあえず、中のものを片付けて壁を塞いじゃうよ。そうすれば、雨風は凌げるでしょ。建て直しは、後で考えてもらって。」

 結構な作業をさも簡単に言ったのは、ヒョロリと痩せた男だった。見た目を裏切らず、あまり体力も無いらしく、山道を登るのも辛そうだった。今も、1人岩の上に腰を下ろして、呼吸を整えている。

「瓦礫とか、その辺に積んでおくから。」

何が起こったのか、サファにはよく分からなかった。気が付けば、家の中に山積みになっていた瓦礫は、家の横に放り出されていた。

家の中が綺麗になると、今度はボコボコと土が盛り上がった。土は壁となり、みるみる内に空いた穴を塞いでいく。屋根が多少壊れている為に、接合部が波打っているが、とりあえず家らしい姿にはなった。

「うーん、こういうのって苦手なんだよね。制御っていうか、センスの問題?」

微妙な外観に、男は眉根を寄せた。自分の作成物に納得がいかなかったらしい。

「これって魔法?」

 村には魔法使いはいなかった。この時、サファは初めて魔法というものを知った。

「すげぇ。まるで魔法みたいじゃん。」

「うん、魔法なんだけどね。」

 男は苦笑いしながら立ち上がり、開いている扉から家の中に入った。埃と黴臭さに眉を顰め、全体を眺めながら呟く。

「〈クリーン〉」

キラキラした光が家中に広がり、埃やゴミがすっと消える。

台所も居間も寝室も、まるでサファが住んでいた当時のように綺麗に生まれ変わった。

「完璧じゃないけど、このくらいなら使えるでしょ。」

「魔法って何でも出来るのか。すげぇな。」

「いや、普通は出来ないよ。」

興奮しっぱなしの少年に、リオがやんわりと釘を差す。

「こんなにいろいろな魔法を使えるのは、ディオンさんくらいだから。」

「ディオンの魔法はおかしいから、普通だと思わない方がいいよ。」

自分達がやれば数日では済まない作業があっと言う間に完成したのだ。レティも呆れた様に唸った。

「使えるのが俺だけって事は無いと思うけど、普通の魔法使いは、攻撃の威力とか範囲を優先するからね。冒険者としても、魔法使いとしても、そっちの方が需要あるし。俺のは趣味みたいなものだから。」

 もはや趣味の範囲を超えている。趣味で使える魔法では無いと苦笑している2人をよそに、ディオンは、サファをベッドに横たわらせて、傷口の包帯を外した。其処に、腰の袋からポーションの瓶を取り出して振りかける。

「うん、だいぶ良くなってる。若いから治りがいいね。数日たてば、綺麗になるんじゃないかな。」

包帯を巻き直しながら、もう一つポーションを取り出してサファに手渡した。

「一応飲んでおいて。傷痕が残らない方がいいでしょ。飲んだ方が回復も早いし。」

「サファ、お腹も空いてるよね。台所借してもらったら、何か作ろっか。」

フィーが腕まくりすると、途端にレティが顔を顰め、リオが慌てた。

「フィー、リオがやるから。」

「フィー、僕が作るから。」

2人の声が重なってハモる。

「フィーは何か食べられそうなもの狩ってきてよ。その間に、竈とか準備しておくから、ね。」

「そう?」

 彼女は暫し考えて、妥当だと判断したらしい。ちょっと不満そうだが、剣を携えて外に出ていった。

「オーケー。美味しそうなの見つけてくるね。」

「え、飯不味なの?」

フィーの姿が消えてから、残った男性陣に聞くと、彼等は一様に微妙な表情を浮かべた。

「不味いというか・・・、食べられるんだけどさ。」

「うーん、料理っていうのかどうか・・・・。」

サファがその実態を知ったのは、もう暫し後の事であった。




 

 





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