第26話 イグザイル/捕囚② 六十四卦

 ランチが終わったあと、セーマンとドーマンの案内で、直近に起きた事件現場をいくつか回ることになった。

 トキオで乗ったのと似たアーモンド形の自動運転車に乗り、まずは北西地区に向かった。


 フォーライの街並みはまるで積み木の町だった。

 円柱形や円錐台の形の建物に、四角形やアーチ型の出入口や窓が適当な間隔で穿たれている。

 建物を結ぶ連絡通路が交差し、立体迷路のような区域もあった。


 現場近くで降り、視察を兼ねて路地を歩いた。


「すべてはテンソン神の計画通りに増改築されています。奇妙な建物もすべて意味があるんです」

 不思議そうにきょろきょろするスンにドーマンが説明した。

「あっちの青い壁の家々は、今年のラッキーカラーで運気を上げているのです。青は八卦でいうと〈風〉、五行では〈木〉です」


 かすかに潮の香りがした。

 バリアで覆われているとはいえ、海水で浮いているので、いたるとろに海の匂いが染みついているのだ。


 人々はシンプルな服装で、大人はガウンのような帯付きの古風な衣服が多い。

 道端で立ち話をしている大人も遊んでいる子供もおらず、まるで理路整然と過ごしているように見える。


 だが、大人も子供も、どこか目だけが忙しい。

 テンソン神が下す指示どおりに生きることに精一杯な印象だ。

 目立つ格好の巡礼隊を見ても興味を示す者はいなかった。


 一つ目の現場は、北西の繁華街。

 北西路沿いに連なる飲食店街と地下の屋台街まで広範囲に広がるフォーライの食卓だ。


 食品の流通が滞り、食中毒事件もおきた。

 それまで物量は正常だったのに、〈ノード・シュテン〉が食料供給パラメータを誤り、食材が飲食店に過剰供給されたり、逆に品薄になったりした。

 そののち、消費期限切れの食べ物が多く出回った。


〈ノード・シュテン〉は北西の大通りの中央分離帯に立つ黒い石像だった。

 盗賊風の男で、長髪の頭にヤギのような二本角が生えている。

 大剣と酒瓶を持ち、見るからに素行が悪そうだが、顔は美形で、市民から人気があるという。


 ドーマンがノード基壇の操作パネルをいじる。

 まるで楽器を奏でるかのようななめらかな指裁きだった。

 パネルの上に五角形グラフの立体映像が浮かび、木火土金水の五つのパラメータが目視できた。

 十段階の数字も見える。


 五角形の中央には六十四卦を示す六本の横棒「こう」が並ぶ。

 上から「陽陰陽陰陰陰」だ。


「事件当時の、この飲食店街の状況を表しています。五行・方位・日時から出した六十四卦は〈火地晋かちしん〉で、『小さな力が大きく育つ途上、まだ燃料が足りない』という状況です。五行のバランスを見ても、〈火〉が不足気味なので、エネルギー供給を増やす指令を出しました」


「その結果〈火〉は増えなかった。依然〈火地晋〉のまま」

 セーマンが付け加えた。


「しかし、テンソン神の稼動に不具合はない。ノードの五行変換テーブルか六十四卦の出力か、あるいは、対処に誤りがあった」


 対処後の五行パラメータにほとんど変化はない。〈木〉は九と大きく、〈火〉は三と小さい。〈土〉は六とやや多め、〈金〉は三、〈水〉は二と小さい。


 アキラはじっと見て、なにかを考え込んでいる。


「〈木〉が過剰に〈火〉を煽って、かえって燃焼を阻害した? つまり、〈火〉が足りないのではなくて、〈木〉が多すぎて〈火〉が暴走してるのでは?」


「それはない」

 セーマンがすかさず否定する。

「燃料の〈木〉を増やせば〈火〉も増える。これが相生関係です」


 スンはロゼクロス占いの「逆位置」を思い出していた。

「この五角形の五行の順番、逆回転になってるってことはないか?」


「逆回転?」セーマンがスンに向かっていぶかしげな顔をする。


「この五角形グラフ、〈木〉〈火〉〈土〉〈金〉〈水〉って表示されてるけど、実はそういう並びじゃなくて、〈土〉〈火〉〈木〉〈水〉〈金〉の順なんだ。多いのは〈木〉じゃなくて〈土〉なんじゃないか?」


「たしかに」

 ディヴァが言った。

「燃料、つまり〈木〉を増やして〈火〉は一時的に増えたけど、すぐに燃え尽きて、結果〈土〉だけが増えた。〈土〉が〈水〉を減らし、〈火〉が燃えたせいで〈金〉が減った。並びを逆にすればつじつまが合うわ」


 セーマンは笑った。


「パラメータが逆回転になるなんてことはありえない。たしかに、逆にすればつじつまは合うが、偶然だ。後天図を基準に固定された変換システムに逆回転アルゴリズムなど実装されていない」


「後天図……か」

 アキラが何かを思い出そうとするかのように目を閉じる。


「うーん、逆回転じゃなければ逆さま……」

 スンは顎に手を当てて考える。

「でも五角形だからロゼクロスみたいに上下逆ってのはないか。じゃあ方位が逆?」


「ロゼクロス? はっ!」

 セーマンが馬鹿にしたように笑った。

「あんなインチキ占いとテンソン神のアルゴリズムを一緒にしないでいただきたい。巡礼団は迷信が好きなのか?」


「なんだって?」


 スンはむかっとして、頭一つ背が高いセーマンを下から睨み上げる。


「ほう、護衛を呼ぼうか?」


 アキラとドーマンが間に入って二人をなだめる。


 そのあとも、ああだこうだとみんなで意見を出したが、結局答えは出なかった。とりあえず持ち帰って考えることにして、次の現場へ向かった。


 次は北東地区の地下市場、生鮮食料品売り場だった。


 そこは三フロア吹き抜けで、地上の太陽光が天蓋から刺している。

 スンは想像していた暗い船底のようなイメージと違い、トキオのショッピングモールの洗練された街並みに驚いた。


「意外に広いんだな。外よりも潮の匂いが強いけど」

「地下と言っていますが、実際は地上の屋内です。最下層でも海抜五〇メートルはありますから」

「そうか、地上は屋上みたいなもんだしな」


 買い物客はちらほらいたが、多くの棚が空で、繁盛しているようには見えなかった。

 野菜や果物の入った籠を静かに運ぶ運搬ドローンのほうが客より多いくらいだ。


 その寂しい市場の一角に立つ〈ノード・シンノウ〉は白い鬼神像だった。

 二本角の生えた仙人のような翁で、シュテンの老いた姿のように見えた。


 ドーマンは説明した。


「水に溶けた重金属により食料品が汚染されているという情報が拡散してしまい、米や野菜に大量の売れ残りが発生し、ミネラルウォーターが売り切れました。付近の学校や保育所の給食はストップし、住人は水の濾過装置を買いあさり、病院には体調不良を訴える患者も現れました。けれど、実際には水質汚染はなく、デマ情報だったんです」


 当時のパラメータは〈木〉七、〈火〉三、〈土〉六、〈金〉八、〈水〉四。


 六十四卦は〈山火賁さんかひ〉。


「〈金〉が強すぎる一方、〈火〉と〈水〉が弱いのです。情報は流通するが信頼性が低く、検閲はあるのに信頼性が低い状態を示しています。〈山火賁〉も、『虚飾・外見ばかりが先行し、内実を失う』という意味があります。まさに誤情報の出やすい卦です」


「どうしてシンノウは誤情報を発信したんですか?」


「シンノウは水質汚染の可能性を指摘したに過ぎません。〈虚飾〉を示す卦が出ているのと〈水〉が小さく〈金〉が大きいのを見て、安全に見せかけた重金属汚染のおそれがあると判定したのです。あたかも汚染が確定したかのようなデマが広がったのは、情報ネットワークを司る南東の〈ノード・ヌエ〉の判定が影響しています。フォーライでは地域限定のSNSがあり、ヌエはそれを管理しています」


 ドーマンが自身のタブレットで〈ノード・ヌエ〉の立体映像を出した。頭は猿、胴体は虎、尾は蛇の怪物像だった。


 当時のパラメータは〈木〉七、〈火〉五、〈土〉四、〈金〉三、〈水〉六。


 六十四卦は〈風火家人ふうかかじん〉。


「家ごとに火が燃え広がるという卦です。ヌエはこれを拡散すべき情報と判断し、【ノード・シンノウが水質異常を検出か】という見出しでニュースを発信してしまいました」


「なるほど、不運に不運が重なったわけですね」


「やっぱり、本当は逆位置だったんじゃないか?」

 とスン。

「卦だか爻だかの判定がぜんぶ逆さまだったら、正しい判断をしたはずだ。シンノウもヌエも、爻の変換テーブルが誤作動したんだ。〈山火賁〉と〈風火家人〉だって、上から二番目の棒が違うだけなのに、まるで違う意味になる」


「だから、何度も言ってるだろう。逆位置など……」

 セーマンはそこまで言って言葉を止めた。


「……もしや、いやそれはないか」


 なにかに気づきかけたそぶりのセーマンをドーマンが見る。スンはこれまでの彼の穏健さにはない鋭さをその目に感じた。


「最後に、中央の〈ノード・フッキ&ジョカ〉に参りましょう」

 そのドーマンが言った。

「パラメータや卦の変換テーブルの仕様を含め、全ノードの運用を統括している中枢ノードです」


「あのう、ドーマン政務官、あれは?」


 アキラは市場の反対側にある施設を指した。

 そこだけは吹き抜けではなく、壁全面に窓が不規則に穿たれた三階建ての建物で、無骨な収容所のような雰囲気の施設だった。

 すこし老朽化しているようにも見える。


「保育所兼学校ですよ」


「さっき地図で見ましたが、教育機関や福祉施設は南東エリアでは?」


「ここ数年、とくに低所得者層で子供が増えてきまして、施設が足りず、廃病院を再利用して使っているんです」


「北東は〈鬼門〉という、良くない方角だと聞いたことがあるんですが」


「そうですが、ほかに適当な場所がありませんでした。それに、庁舎に近いですし、有事の避難経路も確保しやすい。合理的な理由があるんですよ」


 一堂はセーマンにせかされて車に乗り込み、スロープから地上へ上がった。


 後部座席で車窓からフォーライの街並みが過ぎていくのを眺めながら、スンはふとダイバのことを思い出した。

 波に浮かぶ水上集落。

 船着場はぐらぐらと足場が揺れた。


 しかし、フォーライではそれがない。

 都市の底部がジェットスキーのように海水を吸い込んで噴射し、海上に浮いているというが、直径数キロの大きさで水平を保っているのはすごい技術だ。


「そもそも、フォーライって、なんのために浮かんでるんだろう?」


「いくつか理由があります」


 前方座席のドーマンが言った。


「昔からトキオ湾に海上集落は多く存在しました。そのなかで、主に西域からの移民により都市国家に発展したフォーライは、風水システムを採用しました。海上に浮かべることで地脈に固定されず、海流という巨大なエネルギーの流れをシステムに取り込めることが利点です。位置固定された島のように領土問題のリスクもない。天候にも左右されにくいので、今では安全保障や風水システム以外にも、産業や防災の観点から多くの利点があります」


「そうか。私はてっきり、東西南北を自由に変えられるからかと思った。だって、方位によって運勢が変わるんだったら、日によってぐるぐる回転させれば公平じゃない」


「ははは、それは確かに。管理するのは大変ですけどね。ちなみに、風水システムを導入して都市建設に携わった初期メンバーの一人がルーマオ師の父上、コーマオ師です。彼の理念は束縛からの自由で、大海を縦横無尽に走る今のフォーライは彼の理想がまさに結実した姿なんです」


 やがて中央の庁舎塔が目の前に迫ってきた。

 幅一〇〇メートルの細長い円錐台の白亜の塔で、まわりはラウンドアバウトになっていた。


 渦巻に吸い込まれるようにぐるぐると円路を走った。

 遠心力で身体が右に引かれながら、徐々に塔に近づいていく。


「回転……か」ハンドレストを握り直し、アキラがぽつりとつぶやいた。


「ところで、フッキ&ジョカって、なぜ中枢が二つ一組なの?」

 スンは訊いた。


「見ればわかるさ」

 とセーマンが言った。

「太極図の象徴だよ」

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