第25話 イグザイル/捕囚① 浮遊都市フォーライ
半径三キロメートルの円盤型都市は海水を吸い込んでは吹き出して海上に浮遊している。
浮遊都市フォーライは巨大なホバー船であり、天候に応じてマントラ圏内の海上を移動する。
トキオと同じく空を透明のバリアが覆っている。
地上部分は中央の庁舎塔を中心に道路が放射状に伸び、北東にテンソン神を祀るテンソン塔がそびえ立つ。
「トキオに似ているけど、なんていうか、様式がもっと徹底しているな」
通された庁舎会議室の壁は全面ガラス張りで、階下の都市を見渡せた。
中心部の官庁街は理路整然としている。
機能美と風水理論を組み合わせた街路は清潔で猥雑さのかけらもない。
「ここは全員が金持ちなのか?」
「そんなわけないでしょ。庶民は地下に住んでるのよ。陽の地上と、陰の地下。トキオでいうアキブーみたいな場所は見えないところに押し込めているわけ」
「あ、あっちのほうは町全体がオレンジだぞ。あっちは緑だ」
「その年や方角に応じたラッキーカラーを使うのよ。テンソン神のお告げを聞いて、政令で決められるの」
ノックがあり、ドアが開く。
法衣を着た男たちが入室してきた。
国家元首のルーマオ師、政務官のセーマンとドーマンだった。
そして、警棒を腰に下げた護衛官たちがぞろぞろと入室し、壁際に待機した。
フードとゴーグルが一体化したような儀式めいた制服を着ている。
「いやあ、お待たせしましたなあ。巡礼団のみなさん!」
ルーマオは恰幅の良い、熊のような巨漢だった。
身長は誰よりも高く、しわを寄せて笑う髭面は祭りの仮面のようだ。
フォーライの元締めは満面の笑みと大太鼓ような声でたちまちこの場を支配した。
アウグス参議といい、政治家というのは、第一印象を全力で演出しようとするのだなとスンは思った。
あと、髭を伸ばしているのが多い。
「はじめまして、オムネシス巡礼団のアキラ・ユダです」
「これは、これは! フォーライへようこそ!」
「お久しぶりです。ルーマオ師」
とディヴァ。
「おお、おお、まさかあなたが巡礼隊を率いておこしくださるとは!」
「ルーマオ師、巡礼官はユダ様です。この女性は従者ですよ」とセーマンが静かな声で釘を刺した。
「おお、おお、これは失礼した!」
苦笑いするアキラ。
ルーマオはアキラに向き直り、グローブのような大きな手でアキラの手を包み込んだ。
「うっ」
そばにいたスンはルーマオの独特の香水の匂いに思わず鼻を押さえそうになった。
向かい合う形でテーブルに着き、巡礼団には説明用のタブレットが配られた。
まず、アキラから、突然の訪問への対応と巡視艇による保護について謝辞を示したあと、監査の趣旨を説明した。
フォーライで起きているテンソン神絡みの不具合について視察したあと、調査を実施し、最終的にテンソン神の「捕囚」の是非を判断する。
数日、あるいは数週間かかるかもしれないので、その間の調査協力を願いたいとアキラは説明した。教科書通りの対応だ。
「調査には協力いたしますが、こちらの規則にも従っていただきます」
アキラの説明のあと、セーマンが口を開いた。
面長で目つきの鋭い中年男性だった。
長い黒髪、細長い帽子の下の額には緑色の紋章がある。
美形だが、どこか冷たい印象で、スンはトキオの検察官を思い出した。
「それでは、ルーマオは予定がありますので退室します。あとは総務責任者である私とシステム責任者のドーマンのほうでご案内差し上げます」
「失敬、失敬! この時期はなにかと会議や会合が多くて!」
ルーマオは立ち上がり、護衛を半分引き連れて部屋を出ていった。
「直近の不具合をご説明する前に」ドーマンが言った。「テンソン神のアルゴリズム、〈風水システム〉について、私から簡単にご説明します」
ドーマンはセーマンとは対照的に無骨な容姿だった。
彼の額にもセーマンと同じ緑色の紋章があった。
クウカイやケハラとは違う文字だ。
「風水システムとは、〈
卓上にフォーライの立体図が浮かび上がった。
中央の円柱塔は今いる庁舎で、上から見ると白黒二つの勾玉が合わさったような円形の図柄があった。
それを中心に十字の大通りが東西南北を貫いている。
「この白と黒の勾玉模様は〈太極図〉といって、この宇宙が陰と陽の循環で成り立っていることの象徴です。この二元論に〈五行説〉と呼ばれる世界を構成する五つの要素、火水木金土の組み合わせを加えたのが陰陽五行です」
タブレットに円の中に描かれた五角形が浮かぶ。
それぞれの頂点に樹木、炎、土くれ、金塊、水滴のアイコンが時計回りに並んでいる。
樹木と炎が光る。
次に、炎と土くれ、土くれと金塊、金塊と水滴、そして一周回って水滴と樹木がペアで光った。
「木は火を燃やし、火は灰すなわち土を作る。土から金属が採れ、金属が水を生む。そして水は木を育てる。この創造の循環が〈相生〉です。さらに、打ち消しあう〈相克〉という組み合わせがあります」
今度は、上の〈木〉から右下の〈土〉に向かって斜めに一本の光の筋が伸びていった。
「木は土から栄養を奪う」
次に、〈土〉から左上の〈水〉に向かって、そして〈水〉から右の〈火〉に向かって横棒の光が伸びた。
「土は水を濁し塞き止め、水は火を消す」
〈火〉から左下の〈金〉に向かって伸び、最後に〈金〉から上の〈木〉につながって五芒星が完成した。
「火は金属を溶かし、金属は木を切る。これが相克です」
「水は火を消し、木を育てるとか、なんとなくわかるけど、これがどうやって都市を動かしてるんだ?」
ぶっきらぼうなスンの質問にセーマンが眉をひそめ、アキラが苦笑いする。
ドーマンが笑顔で答える。
「この宇宙は循環、つまり物質の変化とやり取りで成り立っています。自然はもとより、人の営みもそうです。海から魚を獲ったり、食材を料理して食べたり、鉱物から絵の具を作って紙に絵を描いて表現したり、声や文字で情報交換したり。ご存じのとおり、物質とはエネルギーであり、情報です。五行とは、この循環するエネルギーなり情報を五つのエレメントに類型化し、統計データに当てはめて解析することで、宇宙の動きを読み解こうという試みです」
ドーマンの説明に合わせて、卓上に魚や絵画の生成映像が流れた。この世界の物質の流転のようすが視覚的に表される。
「そして、もうひとつ、〈易経〉という基本思想があります。まず、森羅万象を陰と陽の組み合わせで八つの相に分類します」
タブレットに二種類の横棒が浮かぶ。一本線と真ん中が切れた破線だ。
「これが陽と陰です。二進法の0と1のようなものです。この二種類の記号を三つ合わせたら、二の三乗、つまり八種類の組み合わせができます。自然現象にちなんで、天、沢、火、雷、風、水、山、地です。これを〈八卦〉といいます。さきほどの五行にあてはめると、火と水はそのまま〈水〉と〈火〉で、天と沢は〈金〉、雷と風は〈木〉、山と地は〈土〉に該当します。この〈八卦〉を二つ組み合わせた〈六十四卦〉で森羅万象を把握するのが易経です」
「なるほど、八ビットふたつで六十四ビットか」
スンは研修で習ったコンピューターの基本原理を思い出した。
「旧時代技術は古代思想から成り立っていたのか」
ダイバの占い師のロゼクロスは七十八種類のカードだった。
六十四に近い。
物事の局面はおよそそれぐらいの数に分類できるのだろう。
「ほかにも歴や方位などの要素を加えて計算しますが、風水システムはこれらの思想を基本に構築されています。都市に張り巡らされたテンソン神の情報網の結節点にある〈ノード〉という装置がエネルギーと情報の流れを陰陽五行や六十四卦で理解し、それに基づいてテンソン神が適切な政策を決定します」
「なるほど、それで今回の不具合は、それらのパラメータ制御に誤りがあったということですね」
アキラが言った。
「それが、テンソン神に不具合は認められない。まったくもって不可解です」
視察の前に打ちあわせを兼ねて昼食をはさむことになった。
フォーライ陣営は退席し、控室に庁舎食堂から料理を運んでもらった。
料金はきちんと支払い、特段の必要性がない限り接遇者と飲食はともにしないというルールをアキラは徹底した。
玉ねぎと卵の入った炒め飯、ひき肉を小麦の皮で包んだ肉饅頭、甘辛スープと煮込んだ肉と野菜が入った麺料理、魚のすり肉のから揚げを食べ、フルーツの香りのする黄色い茶を飲んだ。
「本場のフォーライ料理は美味しいね。ダイバとはえらい違いだ」
「ところで、あのセーマンって感じ悪いね。ドーマンをいじめてそう」
「けど、セーマンみたいなタイプが出世するんだよね。総務責任者の彼が現場官僚のトップだ」
「そういうのがおかしいのよ。善人はいつも損をする」
「内部にスパイがいるとしたら、やっぱりセーマン?」
「それに関することでヒントになるかどうかわからないけど、昨日したプレアデスでの事件の話だけどさ」
アキラはタブレットを操作した。
ホログラムが浮かぶ。
AI神と思しき神の像だ。
半裸の中性的な少年神、頭が星形の筋骨たくましい男神、そして厳格そうな顔をした長い顎髭の老人の神。
少年神の影像がにょきりと大きくなる。
「三権分立の三柱の神が狂わされたわけだけと、まずこの行政神ソウルメイトがおかしな行政判断をするようになった。警察が市民を冤罪で逮捕したり、凶悪犯を釈放したり、許可や認可が不当に取り消されたり」
ソウルメイトがひっこみ、今度は星頭の神が大きくなった。
「次に立法神スターシードが意味不明な法案や予算配分をつぎつぎに出すようになった。ソウルメイトほどの錯乱ではないけれど、議会が混乱した」
スターシードがひっこみ、老人の神が大きくなる。
「最後に裁判所を所轄する司法神オラクル・シモーネが法律を無視した裁定を繰り返すようになった。まるで自分で法律を作って自分で裁くように、無茶苦茶な判例が次々に生まれた。捕囚して調べたところ、誰かがサーバーにナノウイルスを仕込んだ形跡があった。ウイルス自体は消されていて出所は不明。ラボー業務大臣の意向で捜査が打ち切られて、犯人もわからずじまいだけどね」
「三柱それぞれ症状が微妙に違うから、対立する各陣営が互いに別のウイルスで攻撃しあったという噂もあったわよね。今回のフォーライも同様の内部分裂の可能性があるわ」
「たしかに、セーマンとドーマン、見るからに対立してそうだもんね」
とスン。
「システム担当のドーマン陣営を陥れるためにセーマンがなにか仕込んだ?」
「でも不具合が出たら総務のセーマンはもっと困るわよね。都市運営全体がめちゃくちゃになるんだから。逆に、ドーマンが権限を利用してなにかした?」
「それはありえない」
アキラは小声で言った。
「実は今回の情報をうちにくれたのはドーマンなんだ。スージーの護送のついでにす
んなり監査に入れたのも、彼の取り計らいだと思う」
「セーマンハ俺タチヲ嫌ヤガッテルケド、ドーマンハ協力的ダシナ」
「じゃあ犯人は別の誰かってことね」
「あと、これはフォーライと関係ないけど、スンが見たっていうスージーの二人の仲間について調べてみたけど、指名手配犯の中にそれらしき人物は見当たらなかった。ただ、額に赤い紋章のある小柄な女性だけど……」
「天兵の生き残りの可能性があるってことよね。スンが見たっていう女の特徴から思い当たる人物もいるにはいるけど……ありえない。みんな死んだはずよ」
「いずれにせよ、また襲ってくるかもしれない。スージーがトキオに護送される前に、彼女に聞き取りをしてみよう」
ディヴァは複雑な表情をしている。スンは彼女の心情を思い測った。
自分が軍事作戦で滅ぼした村の生き残りがテロリストになり、それに命を狙われるなんて、やりきれないだろう。
「もし生きていたらだけど」ディヴァは躊躇を振り切るようにはっきりした声で言った。
「カーリー……という天兵かもしれない。六年前の西方戦線でマントラ圏外での作戦を余儀なくされ、ゾーンヌル軍の爆撃で全滅した歩兵部隊の隊長で、私の指導教官だった」
「西方戦線は遺体が発見されていない殉死者も多い。生き残っていた可能性もゼロではないね」
「もしそうだとしたら、彼女に会っても絶対に戦ってはだめ。天兵の恐ろしさを詰め込んだ怪物……。白兵戦は無敵よ」
ディヴァはカーリーの話をすること自体に怯えているように見えた。
スンは思い出す。
たしかに、あの自信に満ち溢れた雰囲気はただ者ではなかった。
あのとき彼女を避けて路地に逃げ込んでいなければ、今頃どうなっていただろう。
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