第23話 メウデウス/神よ① 海上都市ダイバ        スン、タコライスはシーフードじゃないよ   

 トクトクは波しぶきを上げて海原を進んだ。


 スンは後部車両の窓から身を乗り出し、風に髪をなびかせた。

 波の上に浮かぶ水上集落が徐々に近づいてくる。


 海上都市ダイバは無数のブイの上に鉄骨で組み上げられた巨大な人工の浮島で、アキブーの路地裏を海に浮かべたような無骨な集落だ。

 バラックの屋根が連なり、色とりどりの布がはためき、あちこちの煙突から煙が出ている。


「ほら着いた。今日はここに泊るよ」


 運転席のアキラが言った。


 スンやディヴァではなくバガスに言っているのだ。

 潮風が苦手な機械オウムは「モウダメダ、モウ限界ダ」とずっと譫言のように繰り返していた。


 巨大なクラゲのような浮遊ユニットの浮かぶ生簀エリアを通る。


 銛を持った漁師たちがジェットスキーで走り過ぎていき、漁網を装備したイルカが牧羊犬のようにそれに並走する。

 ブイに張り付けられたソーラーパネルが鈍く光る。

 潮流発電のタービンの騒音のせいでおのずと人々の声は大きくなり、漁師や船頭があちこちで叫び合うように情報交換をしている。


「潮風がベタつかなきゃ文句はないんだけどね」


 僧兵時代に飛空艇でフォーライへ行ったことがあるというディヴァもバガスと同じ肌質のようで、ぐちぐちと文句を言っていた。


「いいじゃない、ついでにダイバにも寄れるんだから」


 トキオでの三週間の研修を終えたアキラ一行への最初の指令は、フォーライへの抜き打ち監査だった。


 トキオ湾に水噴射で浮かぶ浮遊都市への通常のアクセス方法は飛空艇だが、空港着陸にはフォーライ政府への事前申請が必要で、抜き打ちでの訪問を実現するためには海路で向かうしかない。

 その途中にあるダイバで一泊する船旅となったのだ。


 アキラは最初にもらった交付金でトクトクを水陸両用に改造した。

 ジェットスキーのような推進装置を付け、防水仕様にした。

「ドローン機能をつけて飛べるようにしたらいいのに」というスンの意見は次回のボーナス時にもち越されることとなった。


 しかし、スンは結果船舶化されて良かったと思った。

 生まれてはじめて見た海と船旅はなかなかに情緒があった。


 わくわくしたのだ。


「ダイバについたら、ふたりとも気を付けなよ」

 ディヴァがそのわくわくに水を差した。

「治安はアキブーよりひどいから。入るのにIDチェックすらないのよ。フォーライの保護下っていうのが信じられない」


「おもしろそうだな。シーフードの店に行こうよ。タコライスっていうの食べてみたい」

「私の話聞いていた?」

「スン、タコライスはシーフードじゃないよ」


 トクトクは桟橋に近づくと減速し、弧を描いて入港した。

 小さな港には多くの小型船舶や飛空艇が停泊していた。

 真っ黒に日焼けした荷役夫や錆びた機械兵が荷卸しをしている。


 揺れる桟橋に降り立つと、海上とはまた違う潮の香りがした。


 振り返ると、はるか水平線のあたりでフォーライが蜃気楼のように白く揺らめいている。


「アキラ、荷物ドウスル?」

「とりあえず積んだままで。このあたりで適当な宿が見つからなかったら、反対側の港へ行く。まずは食事しよう」


 スンは槍を短くして、貴重品を入れたポシェットとともに腰に、プラズマジェットボードは小さくして左腕に装着した。


 港の端のドックに丸い縦長の巨大飛空艇が浮かんでいた。


「あのデンデンムシみたいな船はなんだ?」

 スンはその奇妙な飛空艇を指さした。


「フォーライノ輸送艇ダ。チナミニ、公式発表ニヨルト、オウムガイ型ダ」


「へえ、じゃあ、あっちの尖がった屋根はタニシ型の寺か?」


 スンはバラックの屋根の間からにょきりと突き出ている円錐形の屋根を指した。


「アノ形状ハ、タニシ型ト言ウヨリ、カワニナ型ダナ」


「あれはアフラ教の寺院だよ」

「アフラ教って、〈光の都ギフト〉の都教だよね。こんなところにもあるの?」

「ここは古くからの交易拠点だから、いろんな宗教施設があるんだ。シダール派とカシュア派の寺院もそれぞれあるはずだよ」

「たしかに、人種も色々だな。あっ、すごい。ピンクの肌の人がいる」

「あれはボディペイントよ。宗教的な意味があるのよ」


 桟橋から島の内部に進むと足もとの揺れは次第に少なくなっていった。

 廃材をつなぎ合わせたような継ぎ接ぎだらけの足場がだんだんとしっかりした床材になっていく。


 やがて飲食店が並ぶ人通りの多いエリアに入った。

 香辛料や魚の干物の匂いが充満していて、見たことのない果物が露店で並べられている。


 エビを焼く屋台の煙が鼻をくすぐり、ハチマキをした巨漢が四角い包丁大きな魚をさばいている。

 足もとを酒瓶が転がり、魚を咥えた猫が足もとを横切っていく。

 タービンの低音と油の跳ねる音が混ざり、子供たちの笑い声が暗い路地裏に響く。


「どの店も混んでるなあ」

「ここでいいんじゃない?」


 ディヴァが指した入口に提灯が垂れるレストランは店内も路面のパラソル席も満席だった。

 店員に訊くと、少しすればテーブルがひとつ空くというので、待つことにした。


「待ってる間、ちょっと散歩してくる」

「迷子になるなよ。バガス、ついてってやれ」

「鳥ヅカイガアライナ」


 スンはバガスを肩に乗せ、ダイバの路地を歩いた。


「すごいなあ、トキオよりも人がいっぱいいるみたい」

「ダイバノ人口ハ約七千人。トキオノ0.2%ダ」

「もっといそうだけどな。旅人が多いのか。あのオレンジの着物の連中はなんだろう」

「フォーライ人ダナ。彼ラハ〈ラッキーカラー〉ニコダワルンダ」


 飲食店や土産物屋のひしめく路地を抜けると、ひときわ賑やかな広場に出た。

 屋台が並び、観光客が大勢集まっている。

 大道芸人が機械兵と組み立て体操をしたり、火の付いた輪っかを持って踊ったりして、道行く人々の足を止めていた。


 スンは幼いころ見たトゥクバの祭りを思い出した。


 木でできたリシクル神の像を燃やし、その周りで輪になって大人たちが音楽に合わせて踊るのだ。

 両親に連れられてどこかへ出かけた記憶はそれしかなかった。


 今思えば、両親は厳しくはなかったが優しくもなかった。

 笑っている顔をほとんど覚えていない。

 まるで炊事や洗濯をするかのように、淡々とスンを育てた。


 家は質素な集合住宅だったが、食事だけはきちんと与えてくれて、病気になってもすぐに医者に診せてくれた。


 親は近所の人間から、アーベという苗字で呼ばれていたが、神学校でスンは「おまえに苗字はない」と教官にはっきり言われた。

 リナやユウムもそうだった。

 パスポートを偽造したときも苗字なしの「スン」にした。


 そういうものだと思っていたが、「アキラ・ユダ」や「ディヴァ・ディータ」と苗字まで名乗るのが一般的だと知って驚いた。

 神前戦士の多くは移民出身で、中には戦災孤児やもらわれ子もいる。もしかしたら、自分もそうだったのかもしれない。


「そこの悩み多きお姉さん、占いでもどう?」


 声に振り向くと、灰色のフードを被った若い女が露店のカフェの丸テーブルに座っていた。


 卓上には銀色のシートが敷かれ、その上にカラフルな十字架模様のカードが並んでいる。


「これは〈薔薇十字ロゼクロス〉という旧時代の占いカードよ」


 黒いマスクをした女は見た目の印象より低い中性的な声で言った。


「七十八枚のカードを組み合わせて未来を占うの。一局どう? 安くしとくわよ」


「へえ、おもしろそうだな」


 これから行くフォーライも〈風水システム〉という占いのようなアルゴリズムで都市を管理している。

 何かの参考になるかもしれないと思い、スンは向いの席に座った。


 占い師は微笑んだ。

 まつげが異様に長く、目の横に月と星型模様のペイントがあった。


「何について占う?」

「俺ハ占イナンカ信ジナイ」

「まあまあ、オウムちゃんもサービスで占ってあげるから」

「じゃあ、私たちの旅の行く末を占ってほしい」

「わかった。向こう三か月ぐらいの未来を視るね」


 女はカラフルに装飾された長い付け爪をした指でカードを混ぜると、器用にシャッフルし、機械のような手慣れた手つきで裏向きに五枚を十字に並べた。


 占い師は一枚目をめくる。

 十本のライフル銃を抱えた男の絵だった。


「過去は、〈銃の一〇〉の逆位置。ひどい重圧から解放された」


 スンはどきりとした。


 二枚目、三枚目がめくられる。


「現在、〈情婦〉の正位置。運命の出会い。近未来、〈宇宙ロケット〉正位置。思わぬ転機。あるいはアクシデント」


「なんだか不吉だな」


「あと二枚は、最終結果とアドバイス」


 占い師は残り二枚をつづけて裏返した。


「最終結果、〈デバイスの三〉逆位置。アドバイス、〈パンデミック〉逆位置」


 三人の若者が黒い携帯端末のようなものを掲げている絵と、病原菌に蝕まれて死にかけている女の絵だった。


「最終結果は、みんなの意見が食い違う。アドバイスは、腐れ縁や執着を手放せってところかしら」


「……この結果は変えられるのか?」


「もちろん。未来は変動するのよ。カードのメッセージを素直に受け取りつつ、自分の望む未来を引き寄せることが大事。オウムちゃんは一枚引きの〈一枚神籤(ワンオラクル)〉でいくね」


 女は山にしたカードから一枚を引き、表向きにテーブルに置いた。


 砲台の付いた飛空艇の絵。逆さまだった。


「〈飛空戦艦〉の逆位置。墜落、交通事故、猪突猛進。暴走による破滅に気をつけて」


「オイ、コンナノ出鱈目ダ!」


 バガスは羽根をぱたぱたして抗議した。


「あら、占いなんか信じないんじゃなかったの?」

「馬鹿馬鹿シイ、マッタクモッテ、ナンセンスダ、行クゾ、スン」

「まあまあ、バガス。あんたの暴走なんていつものことじゃないか」


 スンはバガスをなだめつつ、プリペイド・チップを取り出した。

「ありがとう。いくらだっけ?」


「一〇ギガ」


「はあ?」

「ハアァ?」

「そ、そんなに持ってない!」


 女は目を大きく見開き、きゃはははははと嘲笑した。


「冗談よ。最初に料金を確認しないとこうなるの。特別に〇・五ギガにしてあげる」

「ソレデモ高イ!」


 結局、少し値切って〇・三ギガを払った。


「またきてねえ」という声を背に、スンはため息をつく。


「いやな未来を見せられて、官舎食堂のチキンドリア六食分もとられるなんて」

「六・二五食分ダ。ココハ職員割引ハナイカラナ」


 店に戻ると、二階に張り出したテラス席からディヴァが身を乗りだして、手を振ってスンを呼んだ。


「どこ行ってたのよ、もう料理きたよ!」


 二階に上がると、円卓には皿に盛られたシーフード料理が並んでいた。


「あんたの分、タコライスはなかったから、タコ丼っていうの注文しといたわ」


 どんぶりに盛られた白米の上に小さな茹で蛸がたくさん載っていた。


「美味しそう……」

「あ、そう? てっきり怒るかと思ったわ」

「私のヒトデの生姜焼き一口あげるから、一匹くれないか」とアキラ。

「いや、遠慮しとく。それはまずそう」


 昼時がだいぶ過ぎていて、ほかのテーブルの客は徐々にはけていった。

 テラス席も客はスンたちだけで、そこから広場が一望できた。


 まだ夕方前だというのに、祭りの夜のように賑わっている。

 水路を水上ボードで滑っていく子供たちの笑い声が響く。


 平和だが、混沌としていて、なにかが起こりそうな不穏な空気が充満している。


「フォーライのテンソン神について、データに目を通してくれたと思うけど、補足があるんだ」

 アキラが言った。


「海洋都市には致命的な天候予測の外れや、その他インフラの不具合が多発している。これまでのテンソン神だとありえないミスばかりだ」


「そういう案件だったら、エンジニアを派遣するか同行させるべきだったんじゃないかしら」


「そのエンジニアからの匿名の内部告発なんだ。陰陽庁というAI神を管理する部署のシステム担当らしい。外部からも専門家を呼んで調べたけれど、予測エラーの原因は不明で、遠隔的なサイバー攻撃でもない。内部に入り込んだスパイによるテロの可能性もあるそうだ」

「ただの故障でも悪戯でもないってわけね」

「来る前に、クウカイがプレアデスの話をしてくれた」


 プレアデスと聞いてディヴァはピンときたようで、表情を変えた。スンはなんのことだがかわからなかった。


「占術都市プレアデス——二年前までトキオのすぐ東にあった特別自治区よ」

「あったってことは、もうないの?」


「クウカイが無期限捕囚をして、トキオが補助金を打ち切って閉鎖されたよ。もともとはスピリチュアル系の仮想現実サイトで、ラボー業務大臣が打ち出した〈実験都市構想キャンペーン〉の補助金を使って、拡張現実技術で構築された実験都市だった」

「彼らの言葉だと〈現実に引き寄せ〉たってことだったわよね」


「三柱のAI神が司法、立法、行政をそれぞれ担当していたけれど、おかしな法案や裁定が連発して都市が機能不全に陥った。AI神は外部から干渉できないから、内部で人為的に仕組まれたテロじゃないかって噂された。復旧させることなく一度の不具合で閉鎖に追い込んだってことで、トキオ政府は批判されたよ。巡礼団が差別主義だっていう声もそのころから大きくなった」


「多額の補助を出したのにあんな不具合を起こして、なかったことにしたかったんでしょうね。火消しのつもりが、裏目に出たんだわ」


「フォーライの話に戻るけど、テンソン神は〈風水システム〉というアルゴリズムで都市を運営している。プレアデスのような根拠不明のお告げではなく、統計にもとづく未来予測だと主張されているけれど、トキオからしたら同種案件だ。クウカイが言っていたよ。技術的な不具合なら即捕囚できるけど、問題は、捕囚したあとに、単に未来予測を外しただけで誤差の範囲だったと連中に主張されるからやっかいなんだって」


「そうか。テンソンの失策がテロ工作によるものだってことが証明できたら、差別主義でも誤差でもないって堂々と言えるってことだな」


「そういうこと。単にテンソン神の不具合調査じゃないってことだ」


 ケハラがハナモンでアキラを利用したことについてスンは腑に落ちた。

 トラブルが起これば神狩りの言い訳が立ちやすい。

 テロ工作だとすればなおさら回収しやすいだろう。


 食後のデザートが運ばれてきた。

 アキラはカニみそアイス、ディヴァは白子アイス。

 スンはつぶつぶの混じった緑褐色のシャーベットだった。


「これはなんだ?」

「ああ、スンの分、何がいいかわからないから、適当にモズクアイスたのんどいたわ」


「美味しい……」

「あら、てっきり怒るかと思ったけど、美味しいならよかった」

「私のカニみそアイス一口あげるから……」

「いや、いい」


 空いたテーブルにまた客が入りだした。


「港のあっちのほうはきれいな建物が多いな」


 店や寺が立ち並ぶエリアの向こうは理路整然とした低層ビルが並んでいた。

 壁には落書きもすす汚れもなく、手前の広場や歓楽街のような喧噪はなさそうだ。


「あっちは高級ホテルがあるんだ。金持ちエリアだよ」

「でも、中ではカジノに麻薬の取引き、いかがわしいパーティーも催されてる。セレブがハメをはずす場所よ。この島を仕切ってるのは漁業ギルドとギャング団。だから闇取引も多いんだけど、フォーライもトキオも黙認しているわ」

「黙認? なんで?」

「政治家に献金する資産家がこういう場所を必要としてるからよ」

「ディヴァ、まわりに聞こえるよ」

「ここじゃこんなのただの世間話よ。誰も聞いちゃいないし」


 そのとき、スンは視線を感じた。

 まわりを見渡して視線の主を捜していると、テラスの手すりの上にいた大きな黒猫と目が合った。


 黒い毛には異様に艶があり、目が赤く光っている。


 機械の猫?——と追ったとき、テーブルの上に座っていたバガスがむくりと立ち上がり、猫を見つめたまま固まった。


「オ、オオ、オギ……」


「どうした、バガス?」


「オギノの仇!」


「なに?」


 バガスは口を開いて衝撃派を出そうとした。


「よせ!」


 しゅばっという音とともに、衝撃派で手すりがへこんで変形する。


 機械猫はかわして手すりから手すりへ飛び、テラスの下へ飛び降りた。

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