第22話 アガペー/愛⑥ トキオ議会 これがあるから、前に進んでいけるんだ
都市を包むバリアは上空に向かって一点に収束していく。
頂上の盃型の発着場は小さく、陽光でかすんで見える。
ドローンや飛空艇が離着陸しているのが見えた。
「……美しすぎる景色は檻でもあった。
「なんだそれは?」
「詩のコンクールがあるんだ。それに出そうと思って」
「アキラにそんな才能があったなんて、従者として応援するわ」
「今ノ詩、才能アルカ?」
「ディヴァ、なんであんたがいるんだ。ジムとエステはどうした?」
「スンこそ、食堂にチキンドリア爆食いしにいくんじゃなかったっけ?」
「まあまあ、研修や巡礼がはじまったら議会なんかなかなか見学できないんだし。みんなで観に行くのはいいことだよ」
「私は研修科目がほとんど免除だから、ジムやエステなんかいつでも行けるのよ」
「いいなあ。私なんか、毎日朝から晩までびっしりだよ。いきなり課題もあるしさ」
とアキラが言ってため息をつく。
「私は楽しみだけどな。とくに護身術の訓練」
「スンガ無茶シナイヨウ、アキラハ注意スルンダゾ」
三人と一羽は参拝者でごった返す大聖堂の中を横切り、階下の議事堂に向かう傍聴者用通路に向かった。
壁に沿った螺旋状の階段を下り、議事堂を見下ろすテラス席にたどり着いた。
議事堂は吹き抜けの広々とした空間で、足音や声が反響している。
すでに多くの議員席が埋まっていて、がやがやと騒がしい。
みな、法衣姿か機能的なスーツ姿で、服装はほとんどがモノトーンだ。
ネクタイやスカーフで宗派ごとの差し色を入れている議員もいた。
シダール派は緑、カシュア派は水色。
それ以外の色は中道の諸派。赤はいなかった。
あらかじめ予約した傍聴人テラス席に三人並んで座った。
各席に備え付けられていたモニターに触れると、座席表が表示され、二四八人の議員のプロフィールが確認できた。
議席に向かって並ぶ閣僚席には、法皇、総務大臣、業務大臣だけが座っている。
内務大臣と外務大臣は欠席だった。
ダリオ・ラピダドス法皇はスキンヘッドに金色の丸帽子を被った小柄な老人だった。
顔はごつごつしていて、肌が浅黒い。
いろんな人種の混血のようだ。
スンはアーカイブで見た「引退までのわずかな時間を無難な政策でやりすごそうとする凡庸なシダール派の長老」という評論家のコラムを思い出す。
たしかに、法皇にはアウグス参議ほどのオーラを感じない。
逆に、それがないことが政治家としての彼の強みであり、老獪な処世術が彼を法皇にしたのだろう。
二期もやっていることから、諸派も彼があの席にいるほうが都合がいいのだ。
でっぷっりと太った色白の中年男性はレオ・チャイニー総務大臣。
ひょろりと背の高い壮年女性はマリア・ラボー業務大臣。
いずれもシダール派。
二人とも大柄で、威圧感は法皇に勝っている。
内閣席の下手の少し高い位置にある議長席に座る小柄な男はカシュア派総裁のオーネン・ルター参議。
アウグス参議以上に開祖の姿に忠実な長髪で、長い顎髭をたくわえている。
彼は仕草がどこかおっとりしている。
コラムには「穏健派で、民衆の声を聞く議員だと評価されている」とあった。
その議長の合図で、キンコンと鐘の音が鳴った。
ラピダドス法皇が口火を切る。
「諸君、第一の議題は周知のとおり、ミラ派によるゴヤの軍備拡張の件である。ラビスタン周辺における過激派の動きも無視できぬ。しかし、ここで軽率に動けば我らが国力を疲弊させる。慎重な対応が求められるところだが、それぞれの意見を伺いたい」
手元の文面を読み上げているようだった。
コラムは的を射ているなとスンは思った。
議席が一度ざわついたあと、シダール派議員が挙手ボタンを押す。
「慎重ですと? 過激派の連中はすでに連盟領域内の各地に多くの拠点を築き、周辺住民を恐怖で縛っている! ミラ派は今にも隣国のセトやグェロに攻め込む準備ができている。彼らを放置すればトキオの繁栄は一夜で瓦解しますぞ。軍拡こそ唯一の答えだ!」
次に、カシュア派議員が発言する。
「武力で民を救うなど欺瞞です。僧兵団の強引な作戦で、守られるはずの民が何人死んだ? 同じ轍を踏むのですか? 我らの使命は対話と救済だ!」
カシュア派の議員席から拍手が起こる。
同時に「空論、空論!」「平和ボケ!」「目を覚ませ!」などという地声の野次が飛び交う。
マイクを通じた発言は一度に一人までとなっているようだ。
閣僚に意見を求めたいとの声が挙がり、ラボー業務大臣が挙手する。
「私は自治区も移民も関係なく、民を愛し、民を第一に考えています。ただ、医療を守るにも、食料を供給するにも、まずは僧兵団による抑止力が不可欠です。現場を知らぬ理想論など、慈善の名に値しません」
そうだそうだという賛辞と、だから戦火が絶えないのだという批判がまたぶつかり合う。
スンはプロフィールを確認する。
「業務大臣って、経済、産業、医療、福祉、自治区管理……か。守備範囲広いんだな」
「移民局の元締めだから、あの大臣のことは知ってるけど、どうもうさんくさいんだよね。いろんな団体から献金を受けているし、自身も色々運営しているらしい」
とアキラがぼやくように言った。
カシュア派議員が挙手する。
「シダール派の軍拡は結局、辺境のレムナントを盾に使う。命の軽重を秤にかけているのは誰か! それが秩序の名に値するのか!」
カシュア派議員たちが沸き立つ。
数で言えばシダール派の半数程度だが、政権批判をすることに慣れているようだ。
巨漢のチャイニー総務大臣が口を開く。
「秩序なき自由はただの無法だ。辺境のレムナントに統治能力があるというのか!」
「あんたに言われたくないんだよ!」
と甲高い声でカシュア派の議員が叫ぶ。
野次と怒号が飛び交い、シダール派の中からも、大臣それは言い過ぎでしょうと声が上がる。
「あの言い方は差別だよね」
とアキラが小声で言う。
「わざと煽ってるのよ」
とディヴァ。
「企業や団体の組織票に守られてるしね」
ここで、マントラ派が挙手をする。
アウグス参議だ。
「感情的な非難は不要です。問題は、感染が広がっているか否か。それを検知し封じ込める技術があれば、戦争は不要。予算を軍拡に使うより、マントラ研究に回すべきだ」
野次は収まったが、あちこちでざわめきが起こる。
感染がどうのこうのと口々に言っている。
「感染って?」
スンはディヴァに訊いた。
「もともとはAI神のウイルス感染のことだけど、今は他国からのスパイ工作全般を指しているわ。中央連盟の各都市はセキュリティが甘いところも多くて、スパイ天国って言われる都市もある」
「なるほど。巡礼団が結成された背景が見えてきたよ」
アキラはそう言って、座席表の議員プロフィールをぱらぱらとスワイプした。
「オムネス派は全員欠席か……」
「議論はシダール派に任せて、のうのうとしてるのよ。少数派なのに閣僚は固定ポスト」
「いや、いるじゃない。一人」
スンは閣僚席の隅に座る大臣を指さす。
スマートグラスをかけたインテリ風の男。
「ほんとね。スピン・ザッカー内務大臣。誰かの秘書官かと思ってたわ」
スンはプロフィールを確認する。
「内務大臣は教育、警察、税務を所轄か」
「裁判庁や検察庁、AI神の管理もオムネス派の受け持ちよ。つまり、治安の番人。あそこも法曹関係者の組織票が多い」
「なんだか、地位ががちがちに固まってる感じだな。議論や野次も茶番に見える」
「シダール派は汚職のオンパレード。カシュア派とマントラ派はガス抜き要員。オムネス派は組織票で既得権益を死守。その他の有象無象は調整弁ってとこね」
中道派とされる少数派閥〈レムナント連合〉の議員が挙手をした。
「両者の言い分は理解する。軍拡をしないと、民兵組織が暴走するかもしれない。かといって全面戦争は賛同できない。折衷案が必要だ」
チャイニー大臣が鼻で笑う。
「折衷? 腰抜けの方便だ」
また野次と怒号。
チャイニーはそれを楽しんでいるようにも見える。
「汚職の権化に腰抜け呼ばわりとは、地獄絵図だな」
とスンは小声でつぶやいた。
そのとき、閣僚席近くの議員出入口の扉が開き、黒ずくめの法衣を着た男が入ってきた。
議場が一瞬ざわめき、そして静かになった。
長身の男は大股でずかずかと歩き、遅刻を咎めるカシュア派議員の野次を気にするそぶりもなく、閣僚席にどかりと座った。
顎の細い精悍な顔つきの中年男性。
ジョガー・コンスタン外務大臣だ。
「失敬、自治区での会談が長引いたのだ。だが、議事経過は把握している」
「さっそくだが、本件の主務大臣から意見をいただこうか」
とルター議長が言った。
「結論は出ている。これ以上ゴヤが軍拡を進めるのは、もはや中央に対する侮辱であり、冒涜だ。僧兵団の軍備増大について異論の余地はない」
場内にどよめきが起きる。
シダール派が拍手、カシュア派は怒号。
ディヴァが立ち上がる。
「……やっぱりジムとエステに行くわ」
「え、まだ議題が残ってるのに?」
ディヴァはアキラに返事することなく、ぴったりしたパンツに収めた大きな尻を揺らして、すたすたと行ってしまった。
外交と防衛を所管する外務大臣は軍拡の意見を曲げず、反対派との間で物別れのような形で議論は締められた。
「クウカイが言っていたよ。ハナモンのマントラ消去の件に関しては、アウグス参議が外務大臣に根回ししてくださって、大事にはならなかったって。検察がわりとあっさり引き下がったのも、それがあるみたいだ」
「ジョガー・コンスタンか。シダール派で元僧兵団長官。……ディゼクタなんだな」
「軍人はディゼクタが多いけど、議員ではめずらしいね。よほどやり手なのか」
そのあとは、テロ対策、自治区の移民政策について議論がなされた。
また同じように、保守的な意見、批判的な意見、折衷案のような意見が出され、野次と怒号が飛び交った。
いずれも結論らしい結論は出ずに、次回に持ち越されることになった。
終わりを告げる鐘と同時に、議員たちがぞろぞろと退室していく。
「もっと実のある議論がされてると思ってた」
スンは言った。
「シダール派は傲慢、カシュア派は文句を言うだけの現実逃避。マントラ派やほかの議員は数字ばっかりで、民のことを見ていない」
「そういうものだよ、政治なんて。議論がなされるだけましってもんさ」
議事堂を出たところでバガスが飛んできてアキラの肩に止まった。
「どこ行ってたんだい?」
「偵察ダ。イイデバイス屋ヲ見ツケタ。欲シイ塗装用品ガアルカラ行コウ」
「しょうがないなあ。スンはどうする?」
「私は行きたいところがあるから、ここで」
「そうか、じゃあまた明日、研修で」
スンは官舎とは別方向の連絡橋を渡った。
ウォッチのナビ機能をたよりに、塔内のエレベーターで地下へ降りる。
民間の住宅施設や商業施設、室内農業エリアやインフラ設備のフロアを過ぎ、関係者以外が入れないフロアへ。
従者登録を受けているので、チェックポイントも素通りだった。
いくつかのゲートを過ぎ、ひとけのない無機質な廊下を進んでいく。
着いたのは、〈地下神殿〉——礼拝や儀式のための施設ではなく、捕囚したAI神を封印する格納庫だ。
巡礼団は許可も申請もなく職権で出入りできる。
中は議事堂よりも少し狭い程度で、まるで天井の高いボイラー室のようだ。
わずかな照明で歩ける程度の明度が保たれていた。
部屋にはモニターと操作パネルの付いたセラミックの柱が等間隔に七十二本立っている。
一本に一柱の神が封印できるようになっており、入居中の柱のモニターは青く、空の柱は白く光っている。
入り口手前にあった案内モニターで検索し、目当ての神を捜す。
五十二番の柱の前で立ち止まる。
〈リシクル神〉
モニターには「メンテナンス中」と表示されている。
昨日、アプリのアーカイブで見たとおり、封印されたのはスンとアキラがトゥクバを脱出してバンドゥに着いた頃だ。
モニターに表示された封印者の名は——。
「まさかこんなところで再会するなんて」
振り返る。
戦闘服を着た金髪の女がタブレット持って近づいてくる。
つば付き帽子は被っておらず、額には緑色の紋章が見える。
クウカイと同じ文字だ。
「ケハラ……」
ケハラ・ディーンはスンの横を通り過ぎると、手に持っていた紺色のタブレットを五十三番の柱の操作パネルに接着させた。
不敵な笑みを浮かべ、鼻歌を歌いながら、手慣れた様子でタブレットを操作して処
理を施していく。
「ハナモン神を封印するのか」
「ああ。なんか彼と話したいことある?」
「いいや」
「〈ナタラージャ〉のことは悪かったよ。まさか、あんたらが本当にあそこまでたどり着けるとは思わなかったんだ。けど、おかげで、捕囚の口実が出来た。どさぐさ紛れでも、狩っちまえばこっちのもんさ。これで、あの身分差別の町も少しは改善されるだろう」
「リシクル神を捕囚したのもあんただよな。名前があった」
「トゥクバでニセ巡礼官が出たって通報があってね。忙しいクウカイの代わりに私が行って、機能不全のリシクル神を捕囚した。あんたらのおかげで今週の財布はあったかいよ。ゴズ神まではさすがに無理だったけどね。あそこは議員への献金が多くてさ。おっと、口が滑った」
「それで……トゥクバの神前戦士とは話したのか? リナとキリカは生きているか?」
「さあ。名前は知らないけど、アキラの治療を受けて死んだ子もいれば助かったのもいたらしいよ。だから、トゥクバの連中はアキラの件についてあんまり怒ってない」
「そうか……」
「混乱してたけど、代わりのインフラ管理AIを置いてきたから、とりあえず町は動いてる。工場も稼働してるよ」
「……よかった。ありがとう」
「あんた、やっぱり変わった子だね。てっきりブチ切れられるかと思ったよ」
スンは自分でも違和感があった。
騙され、利用されたことについて怒るべきかもしれない。
リシクル神の神狩りも、故郷を征服されたようなものだ。
けれど、ケハラの仕事で救われた人がいる。
自分とアキラができなかったことを彼女はしてくれたのだ。
「アキラが正式に巡礼官になって、私も従者に登録されたんだ」
「ここにいるってことはそうだと思ったよ。よかったな。これで同僚だ」
「また、色々教えて」
「はいはい」
ケハラは決まりが悪そうに苦笑いし、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。
そのあともほかの柱をチェックして、メンテナンス中の神々の様子を見ている。
スンが別れを告げて立ち去ろうとすると、ケハラは「スン」と呼び止めた。
ケハラは煙草を吸い、そして、ふうっと煙を吐き出した。
「教団や巡礼団が全員味方なんて思わないほうがいい。私やアウグス参議を含めてね」
「え?」
「なにごともまずは疑ってかかれってことさ」
「……そうか」
「ところで、おでこのバンド、取らないんだね」
スンは額のデバイスバンド触る。
固い金属の感触。
神経と結びつき、消せない過去のように貼り付いている。
「これは……私が犯した罪の印……。でも、これがあるから、前に進んでいけるんだ」
エレベーターで上階へ。
官舎のある階ではなく、途中の地上階で降りた。
庭園は広葉樹が生い茂っていた。
林を抜けると芝生の丘があり、つづら折りの遊歩道を歩いた。
花のいい香りがした。
芝生は太陽光で白く照らされ、草の先が風になびいている。
空気を吸い込み、伸びをした。
芝生の適当なところを見つけて座った。草が心地よかった。
薄い虹色のバリアが張られたトキオの淡くかすんだ空を見上げる。
塔の頂上の発着場から飛び立つ飛空艇が雲のなかにゆっくりと消えていく。
アキラが詠んだ詩を思い出す。
たしかに、ここは檻の中かもしれない。
美しさでごまかされた悪意の箱庭かもしれない。
戦うべきか、わかり合うべきか、なにが正解かもわからない。
けれど、過ちを犯しながらも、必死に前に進もうともがく人たちがいる。
偽善だろうが打算だろうが、その力に救われる人もいる。
額のデバイスバンドは烙印であり、地図だ。
これを道しるべに、自分がやれることを、トゥクバのみんながやれなかったことを、やるんだ。
スンは目を細める。
零れ落ちそうな涙を瞼にとどめ、もういちど木々の枝葉のすきまの水色を見上げる。
訓練の合間にみんなで抜け出して、丘の上で空を仰いだときのことを思いながら。
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