第20話 アガペー/愛④ 採用面接             ディヴァが怒って変身したらアキラは殺されるぞ

 翌朝、イッキュウの案内で通されたのは窓のない狭い控室だった。


 スンは支給された官服を着ていた。

 身体の線が浮かび上がるタイトな黒いツナギにヒールのあるショートブーツ。

 丈が短く肩幅の広い紺色のジャケットを羽織っている。

 襟は空いていて、白いスカーフが首元を飾る。

 軽くて動きやすく、磁力を帯びているような不思議な手触りの素材。

 電磁保護膜が施されているのだ。


 クウカイは昨日とは一変し、ごてっとした僧衣を着ている。

 シルクのような艶のある布地に、白く光るホログラフの文字が袈裟周りをゆっくり旋回している。

 衣服までも技術の粋が籠められたデバイスなのだ。


 イッキュウはクウカイよりも軽装で、動きやすそうな道着のような僧衣だ。


 クウカイはスンが持っているプラズマ槍を一瞥したが、なにも言わなかった。


「実は、ちょっと厳しい状況なんだ。面接試験に検察官が同席することになった」

 クウカイは悲痛な顔で言った。


 イッキュウも重たい表情だ。


 昨日もあのあと業務があったのか、二人とも疲れている様子だった。


「あの逮捕はやっぱり待ち伏せだったんですよ」

 イッキュウが悔しそうに言った。

「シダール派の議員による巡礼団潰しです」


「検察は密かに取り調べも兼ねるつもりだ。アキラはハナモンのマントラ削除だけじゃなく、偽巡礼官の容疑まである。有罪になれば、巡礼団の制度見直しについて口実を与える。アウグス参議……うちのボスのごり押しで、なんとかアキラの採用試験は前から決まっていたということにできた。合格すれば遡って免責されるんだけどな」

「合格にできないのか」

「試験内容と採否条件を事前登録したあと、検察官が拘留を解く条件として試験の立ち合いを要求してきた。それに……やつらは事前に面接官にも接触してる。なにか取引を持ち掛けているようだ」

「あんたが面接するんじゃないのか」


「もう試験がはじまります」

 イッキュウがホログラフのパネルを操作すると、壁の一面がスクリーンになった。

 二十人ばかりが座れそうな会議用の円卓にアキラがぽつんと座っている。

 顔色は悪くなく、元気そうだ。


「アキラは検察の前で言えないことだらけだ。ゴズ村でのことまでばれたら、合格しても免責できないかもしれない。ケハラの策略についても、巡礼団にとっては話されるとまずい。地雷を避けて面接を切り抜けられるかどうか」

「それ以前に、面接官が抱きこまれてたら、厳しいですね」


「……もし不合格だった場合だが、彼を救う手立てがひとつだけあるかもしれない」

 クウカイがスンに耳打ちするように言った。

「スン、君が私の従者になるんだ」


「なんだって?」


「そうすれば、アキラの犯行は君を介した私の指示だったということにして、彼の罪を軽減できるかもしれない。私には大きなバックがついているからどうとでもなる」

「アキラをあんたの従者にできないのか」

「不合格になるような人材はいらない。私が欲しいのは君だ。スン」


 スンはクウカイの射抜くような目に一瞬どきりとした。


 アキラとは違う匂いがした。香水なのか抹香なのか、頭がくらりとしそうだ。


「わかった……約束する。アキラが不合格のときはあんたの従者になる。アキラを助けるためだ」


「ユビキリゲンマン」


 クウカイがそう唱えると、彼の持つ紺色のタブレットの表面がほのかに光った。

 彼の額の紋章も緑色の光を放っている。


「契約のマントラだ。必ず従ってもらうことになる」


 約束を破ったらどうなるかは聞かなかった。

 スンはもう戻れないと思うと、覚悟が決まった。

 あとは、アキラの試験を見届けるだけだ。


「面接官が来たぞ」


 試験室の自動扉が開く。

 現れたのはディヴァだった。


「なぜ、ディヴァが?」


 ディヴァもスンに似た官服を着ていた。


「昨日実現しなかった二人のご対面だよ。アキラは彼女を従者にできれば合格」

「ディヴァを従者に? あんなに巡礼官を嫌っているのに」

「だから、双方ともにいい試練になると思ったんだ。昨日言ったろ、私のポリシーは一石三鳥だって。アキラの採用試験とディヴァの社会復帰、そして、だめだったときはスンの獲得」

「ディヴァが怒って変身したらアキラは殺されるぞ」

「そのときはマントラですぐ止めるさ。それに、今は装甲グローブもローラーブレードもない。服は人を変えるんだよ」


 たしかに、ディヴァは昨日の狂戦士の面影はまるでなく、それどころか清楚可憐な雰囲気すらあった。

 軍人というより、優秀な事務官に見える。


 つづいて、黒い法衣を着た険しい顔つきの中年男が現れた。

 検察官だ。


 ディヴァはアキラから少し離れた席についた。

 検察官はその隣に座る。


「ディヴァにはなんて伝えてあるんだ?」

「アキラが巡礼官に相応しいかどうか採用面接しつつ、彼の従者の採用面接を受けてほしいと言って、アキラのプロフィールを提供した」

「ややこしいな」

「はじめは反発したけど、私の顔を立てるために来てくれるってさ。この面談の結果で、アキラの処遇がどうなるかはルール上彼女に言えないんだけど、検察官からハナモンでの一件は聞いているはずだし、かしこい彼女のことだ、勘づいているだろうな」


 検察官の狙いはアキラを不合格にして拘留、有罪にして、巡礼団制度の弱みを作ること。

 巡礼官を憎むディヴァとは利害が一致している。


「シダール派が彼女にどんな条件を持ちかけたかですね」

 検察官は無表情で、終始無言だ。

 アキラの挨拶には反応すらしなかった。


「アキラの従者になることを断れば好条件で復職ってところだろうね」

「従者なんて軍時代の役職よりはるかに格下なわけですし、蹴りますよね」

「普通ならね。初対面のアキラを助ける義理なんかないしな」

 クウカイはそう言ったが、スンには彼が絶望しきっているようには見えなかった。

 確信はないにせよ、なにかしらの勝機があると踏んでいるのではないか。


 検察官が口火を切った。

「では、面談をはじめてくれ。私は立会人で、採用の可否には関わらないが、簡単な質問をさせていただくこともある。二人とも、虚偽の供述だけはしないよう忠告しておく。また、ここでの話は公式記録に残ることを申し添える」

アキラとディヴァは頷く。

「なんで自分が検察官だって言わないんでしょうね」

「アキラが気づいていればいいが……」

 アキラは落ち着いている様子だが、相変わらず前髪が目を隠しているので、その心情は読めない。


 スンは固唾を飲んで見守った。


 いずれもが採用される側であり、互いに相手を試し、さらにアキラの取り調べも兼ねているという奇妙な構図だ。

 どんな面談になるのだろう。


「私の質問にふたつ答えてほしい」


 切り出したのはディヴァだった。


「ひとつめは、あなたが巡礼官になろうとする理由」


 検察官の手元の携帯端末に発言が文字起こしされていく。

 彼が都度承認しながら記録が作成されていくようだ。


「理由は、はっきりしています」

 アキラは間を置かずに答えた。

「助けたい人たちがいるんです」


 アキラは説明した。

 

 暴走したAI神を封印し、理不尽に傷ついている人々を救済のマントラで救いたい。

 神託のタブレットの所有者となった自分にしかできないことがあるのではないか。 

 そのために巡礼官としての職権が役に立つと。


 落ち着いて話すアキラの回答をディヴァは相槌なしにただ静かに聞いた。


「まずは、セーフだ」

 クウカイが言った。

「ただ、共感できる話ではあるが、ディヴァ説得の決め手にはならない」

「それでも、差別的でも排外的でもないことは伝わっていると思います。まずまずの滑り出しです」


 検察官が口を開く。

「神託のタブレットはどこで手に入れた?」


「知り合いから譲り受けました。旧時代の遺物ですが、その出所は知りません」


「知り合いとは?」


「移民局の仕事で接触した人ですが、私もその人のことはよく知りません」


 スンは拳を握る。

 

 質問を畳みかけようとする検察官を制するように、ディヴァは「次の質問にいきます」と言った。


「私は僧兵団にいたころ、罪のない民間人を大量殺戮したことがある」


 唐突な話に、アキラだけでなく、検察官も顔を挙げてディヴァの顔を見た。

 アキラへの尋問を忘れるくらいに驚いている様子だ。


「私は〈天兵〉という特殊改造をほどこされた僧兵だった」


 ディヴァは前髪をかきあげ、額の赤い古代文字を見せた。


 アキラが表情を硬くする。


「この紋章は消えない烙印。私はこの天兵の紋章に紐づいたマントラを使って、テロリストが逃げ込んだとされる辺境の村を丸ごと焼き払った」


 スンはディヴァとの闘いの中で見た記憶の断片を思い出す。

 焼き払われた村の子供たちの悲鳴と、燃え盛る劫火と爆炎の海。


「具体的には、私のマントラをトリガーに、同期した機械兵の小隊がナパーム砲で村を一斉攻撃した。警告を発して、村人を逃がすこともできたかもしれない。けれど、私は悩んだ挙句……奇襲作戦を実行した」


 トラウマの光景が脳裏をよぎったのか、ディヴァは苦しそうに息を吐いた。


「……標的のテロリストはとうに村から脱出していて、後日、別の町で捕縛された」


「補足する」

 検察官が手元の端末を見ながら言った。


「テロリスト潜伏は先見の巡礼官による誤情報だった可能性が高い。それにより三〇八名の非戦闘員が死亡。僧兵団史上、最悪の戦争犯罪のひとつとされている」


「立会人が喋りすぎじゃないかしら。規則違反よ」

「すまない。正確な情報が必要だと思ってね」

 検察官は悪びれる様子はなく、いたずらっぽく笑った。


 ディヴァは再びアキラに向き合い、話を再開した。

「僧兵団に批判が殺到すると、作戦当時の私の上官は——」


「おい」

 検察官が釘を刺すように言った。

「そこまでにしておけ」


 ディヴァは検察官を横目で一瞥した。

 覚悟を感じさせる、挑戦的な目だった。


 クウカイは表情を崩さず、画面越しにディヴァを注視し続ける。

 イッキュウも同じだ。


「私は職責に向き合わず、逃げるように退官した。そんな罪深き私が、あなたの言うような弱者を守る巡礼団の一員になる資格があるとは、到底思えない」


 検察官の険しかった表情がゆるんだ。

 勝ちを確信したかのように、軽快にメモを端末に打ち込みはじめた。


「これについてどう思うか、意見を聞かせて」


 アキラは視線を落としたまま、静かに、頭の中の文字をたどるように話した。


「……私も、あなたと同じ罪を背負っている。自己保身のため、ある人を犠牲にしたことがある。神託のタブレットはその人から引き継いだ。そのときに刻まれた認証の印がこれだ」


 アキラは自分の前髪をかき上げた。


 水色の古代文字の紋章。

 ディヴァやクウカイのそれと似ているが、形が違う。

 認証されたマントラデバイスによって異なるのだ。


 ディヴァがその紋章を見て、目を見開く。


 クウカイがそのディヴァの表情を見て、なにかを見つけたような顔をした。


「これは私の罪の刻印だ。けれど、この烙印(スティグマ)が、私にすべきことを教えてくれる。次に進むべき道を照らしてくれるんだ。過去の傷や罪は、今の私の地図に

なっている」


 ディヴァはアキラを見つめたまま、彼の次の言葉を待っている。


 検察官の表情が歪む。


「いいぞ」

 スンのとなりで、クウカイが静かに呟いた。


「あなたの罪や傷が報われるかどうかはわからない。けれど、一緒にそのための道を探す手伝いをさせてくれないだろうか。あなたの贖罪を私の巡礼の道しるべのひとつにしたい。従者として、私の巡礼についてきてください」




「スン、心配かけたね」


 控室に現れたアキラはそう言ってスンをねぎらった。


 彼の長い前髪の隙間から覗く瞳は喜びに満ちていた。スンが手渡したタブレットを受け取ると、満足気に微笑んだ。


「本当だよ。おかげで、またパンツ一枚なくしたぞ」


「パンツ?」と聞き返すアキラ。


 その肩の上でバガスが羽根を広げる。

「アキラトスンニシテハ上出来ダ。主力ノ俺ナシデ、ヨク踏ン張ッタナ」


「このオウムちゃん、可愛いね」

 ディヴァがからかうように言った。


「可愛イトハナンダ! マズ名ヲ名乗レ!」

 バガスは羽根をパタつかせた。


「これは失礼。私はディヴァ・ディータ。二十七歳おとめ座。元オムネシス僧兵団少尉。元ボルツの非常勤警備員。好きな食べ物はアボカドの入った料理。あらためて、よろしく」


「よろしく、ディヴァ。君の方が年上で先輩なのに気が引けるけど、従者を引き受けてくれて嬉しいよ。ありがとう」


「不束者ですが、よろしくお願いいたします。巡礼官様」


 洗練されたビジネス・スマイルを見せるディヴァ。


 筋骨隆々の狂戦士姿を見たらアキラは腰を抜かすだろうなとスンは思った。


「ディヴァ、なんで従者になることを承諾したの? あんなに巡礼官を嫌ってたのに」


 スンの問いにディヴァは頬に手を当てて考えるそぶりをした。


「そうねえ……アキラの言葉にぐっときたからというのもあるけど、決め手は、顔と声が好みだったからかな。昔好きだったアイドルに似てるのよねえ」

 そう言って、ディヴァは蠱惑的に微笑んだ。


 アキラが顔を赤くする。


 挑発するようにスンを横目で見るディヴァ。

 スンの握りしめた槍の穂先が青く光る。


「アイドルねえ……」

 クウカイはそうつぶやくと、ディヴァと目配せした。

 暗黙になにかを確認し合っているように見えた。


 彼は、ディヴァがアキラの従者になることを選ぶ「理由」があることを見抜いていたのではないか。

 根拠はないが、そう思った。


「アキラの獲得、ディヴァの復帰、そしてシダール派を出し抜いて巡礼団を守った。まさに一石三鳥。ところで、ディヴァは検察官にはなんて言われてたんだい?」


「アキラの従者を断れば、前よりいい俸給で復職できるって。けど、もうあそこにはうんざりだからね」


 ディヴァはそう言って苦笑いした。

 どこか自虐的なその笑みに、スンは彼女の本音を垣間見た気がした。


「ともあれ、これで目的にだいぶ近づいた」

 アキラは言った。

「巡礼団として合法的にマントラを集めて、ニギタやゴズ村の人たちを救う方法を探すことができる」


 クウカイが頷く。

「ロボトミー回復のマントラは見つかっていないし、自治区への介入はなかなか難しいが、まあ、我々もあの村のことはなにかと問題視している。協力はさせてもらうよ」


「けど、アキラのタブレットを検察に取り上げられてなくて助かったわね。きっと、証拠品だとか言って、返してくれなかったわよ」


「クウカイ、もしかして、そこまで見越してアキラのタブレットを盗んだのか?」


 クウカイはしばらく黙ったあと、スンの目をまっすぐに見て「もちろんだ」と答えた。


「ソレジャ、一石四鳥ダ」


「ポリシーに反するな。クウカイ」


「私は常に上を目指すのだよ」


 スンは嘲笑し、「ロンパ、ロンパ」と呟いた。

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