第18話 アガペー/愛② サンダーゲート ロンパ、ロンパ、ロンパ、ロンパァ!
トラックが数台通れそうな大きな石造りの門がバリケードのように封鎖されていた。
その隙間に、オーバーサイズのストリートファッションに身を包んだ若者たちが列を成し、強面の門番たちが入場チェックをしている。
「リストバンド見せろ。なければ0.2ギガ」
左手首に巻いたリストバンドを見せると、愛想の悪い巨漢は中へ通してくれた。
ここに来る途中で鉄パイプを振り回す暴漢に襲われ、槍でぶん殴って返り討ちにした。
彼らはボルツではなかったが、締めあげたらサンダーゲートに入るためのリストバンドをよこしたのだ。
中は石瓶に囲まれた境内めいた砂地の空間だった。
中央にテントが並んでいて、軽食や飲み物を売っている。
その奥に古風な反り屋根の大本堂がある。
境内では、いたるところにひとだかりができていた。
二人が向かい合ってなにやら交互に言い合っている。
それを聴衆が取り囲んで囃し立ている。
軽快な音楽が鳴っており、二人はリズムに乗せて相手を罵っている。
「説法バトルというのはあれだな」
スンは聴衆の後ろで観察した。
ひとしきりの問答が終わるたびに、間奏が入り、一旦仕切り直す。
そして、また互いにお決まりの掛け声を言いあってからバトルに入る。
「サムスン、サムスン、サムスン、サムスゥン!」
「ロンパ、ロンパ、ロンパ、ロンパァ!」
「欲捨てろ、怒りを捨てろ、すべては無! マイクも煩悩、握った瞬間もうオーノー!」
「マイク捨てたら説法止まる、オーノーどころか、そりゃノーショー! おまえの無もまたでっかい欲だ!」
「無が欲? そりゃ矛盾! マイクも無、オレも無、無限の無駄な、無限大ループ!」
聴衆は盛り上がり、拍手や賞賛の声が上がる。
屁理屈ですらない、噛み合わない言葉の応酬にしか聞こえない。
スンは首をかしげるしかなかった。
「落語といい、説法といい、トキオ人の感覚にはついていけない」
中庭の中央には鉄パイプで組まれた野外ステージがあり、大きなスピーカーがいくつも並んでいた。
ステージ前は観客で埋め尽くされていて、多くは若者だが、中には子供や赤ん坊を抱いた母親もいる。
ステージ上では、マイクを持った髭面スキンヘッドの司会者が野太い声で横一列に並ぶ出演者らを紹介していた。
「つづいて、今回の優勝商品はこれだ!」
司会者が高く掲げたのは、黒いタブレットだった。
「あれ、まさか!」
「こいつは〈神託のタブレット〉! メンバーがクソ巡礼官から巻き上げた、非売品の超レアなデバイスだあ!」
聴衆がひときわ盛り上がる。
みな一様に貧しそうな身なりで、生活困窮の怒りや鬱屈をこの集会にぶつけているように見えた。
「よし、さっそく見つけたぞ」
スンは槍を握りしめ、ステージへ向かった。
しかし、人ごみの勢いがどんどん増していき、ステージに近づけない。
観客は熱狂的に説法者たちの名を叫びながら我先にとステージ前へ押し寄せる。
スンは観客にもみくちゃにされた。
前後左右をふさがれ、身動きがとれない。
もがいていると、スンは自分と同じように人垣に潰されそうになっている子供に気づいた。
坊主頭の少年は出ようにも出られず、苦しがっている。
「おい、おまえたち、この子を出してやれ!」
スンの声は歓声にかき消され、肉の壁の圧迫はますます強くなるばかりだった。
スンは手を伸ばして少年を助けようとするが、どんどん遠ざかっていく。
「くそ、仕方ない」
スンは槍を上に掲げ、力を込めた。穂先がプラズマで青く輝く。
異変に気付いた周りの観客が槍を見てどよめく。
「道を開けろ!」
観客たちは後ずさり、スンの周りにスペースができる。
スンは転んで土まみれになっている少年の手を取って立たせてやった。
「てめえ、なんなんだよ!」
ガラの悪そうな男がスンに突っかかってきた。
「どうしたどうした、さっそく喧嘩かあ——?」
と司会者がマイクで煽るように叫ぶ。
スンが槍の柄で男を殴り倒そうとしたとき、誰かが後ろからスンの肩に触れた。
「ありがとう、あとは私が」
女が滑るようにスンの前に歩み出た。
ローラーブレード付きのブーツを履いていた。
耳が見える短めのくせのある赤髪。
丈の短い赤いジャケットとスパッツという軽装で、格闘用グローブのような大きな手袋をしている。
スパッツに包まれた尻は大きく、それでいて体は引き締まっていて、ふくらはぎは逞しく張っていた。
粗暴な観客たちは彼女を見ると一瞬でおとなしくなった。
「ごめんなさいね、警備員の私がちゃんと見てなかったもので」
女はスンに向かってにこりと笑った。
少年を安全なところまで連れて行くと、ほっかむりをした見るからに貧しそうな母親が飛んできて、何度もスンに礼を言った。
スンが服の砂を払っていると、赤髪の女警備員はジュースの入った紙コップを差し出した。
「私はディヴァ。ディヴァ・ディータ。あなた、黄色いリストバンドしてるけど出場者? はじめて見るわ」
「あ、ああ。私はスン。実は、出場者じゃないんだよ。ちょっと別の用事があって、
ここにははじめて来たんだ」
ベンチで座ってジュースを飲んだ。
ステージでは何事もなかったかのように説法バトルが再開している。
その中の一人を、スンは見たことがあるような気がした。
「あの説法者、デバイスセンターの……」
ボルツの情報を教えてくれた背の高いニット帽の男だった。
「彼はイッ
「あいつら、みんなボルツなのか?」
「司会者とほかの出演者はボルツだけど、イッQは無所属。いまや説法バトルはチームを越えたトキオの文化になりつつある。バトルのスター選手はテレビに出て有名になれる。貧しくても実力で成り上がれるのよ」
「だから、子供たちも多いのか」
「あなたは移民? 話し方からしてトゥクバの人かな?」
「わかるのか」
「私は元僧兵でさ。作戦で列島中を旅したからね」
「ディヴァ、頼みがあるんだ。私はあの優勝賞品のタブレットを取り戻しにきた。あれ、さっきボルツに盗まれたんだよ」
「え?」
「イベントの邪魔をする気はないし、なるべく穏便に取り戻したい。手伝ってほしんだ」
ディヴァはスンの話を聞きながら不気味に微笑んでいる。
しかし、目は笑っていない。
「そうか、あなたが、タブレットを取り戻しに来るっていう巡礼官ね。差別主義者の、レイシストの、グローバリストの」
「え? いや、巡礼官ってわけじゃ。グローバ……? え?」
「ノウマク・サマンダ……」
ディヴァがなにかを唱え始めた。
「……バサラ・ダン・カン!」
マントラか、と思った次の瞬間、ディヴァの全身がぼわっと光り、全身に筋肉がみなぎりはじめた。
彼女の赤い前髪がふわりとそよぎ、額の古代文字の紋章が光る。
スンは危険を感じて飛び退いた。
——イグサと同じディゼクタの赤い紋章!
「——
叫びとともにディヴァの変身は完了した。
身体は一回り大きくなっていて、筋骨隆々の戦士になっていた。
両手のグローブが装甲化し、ほのかな熱気を放っている。
スンはプラズマジェットボードを地面に投げ、飛び乗った。
「差別コロス!」
ディヴァの拳の一撃をかわしたその場所には、爆発したような大穴が開き、砂煙が巻き上がった。
「おおっとー、ここで天兵様の降臨だあーっ!」
司会者が声高に叫んだ。
「前回の格闘イベントの優勝者、ディヴァ・ディータ様ご乱心! てことは、あのボード乗りのおねーちゃんが、このタブレットを取り返しにのこのこやって来た巡礼官かあ?」
ステージを向いていた観客たちが一斉にこちらを向いた。
歓声とも怒号ともつかないどよめきの波が起きる。
狂戦士と化したディヴァはローラーブレードで地面を蹴り、突進してくる。
「きたーっ! パワーナックルがさく裂するかあ!」
スンはボードを踏み込み、逃げる。
「うおおおおおおおお」
ディヴァの雄叫びと観客の歓声がひとつのうねりになってスンを追ってくる。
「巡礼官を殺せ」
「やっちまえ」
「ぶっ潰せ」
「差別を許すな」
観客の憎悪がまるでマントラのように繰り返され、逃げまどうスンに降りかかって来る。
「どっちが差別だ!」
スンの叫びはかき消され、歓声と怒号に後押しされたディヴァが一層スピードを増す。その赤い目は爛々と輝き、飢えた野獣のようだった。
観客の合唱が会場に響く。
サムスン、サムスン、サムスン、サムスン!
ロンパ、ロンパ、ロンパ、ロンパ!
いつのまにか観客はふたりを遠巻きに取り囲み、円形の闘技場が出来上がっていた。
ステージは説法バトルではなく、スンたちの戦いの実況中継で盛り上がっている。
「さあ行け、我らが用心棒、レイシスト巡礼官なんかやっちまえ!」
——巡礼官はずいぶん嫌われている。ケハラたちのせいだな。
ステージ上で、イッQは両手を挙げてお手上げのポースをしている。
「やっぱりあいつの罠だったのか!」
しかし目的はなんだ? 巡礼官を見世物にしてボルツ信者の生贄にするため?
ディヴァはすごいスピードで追いすがって来る。
――逃げてもすぐに追いつかれる。迎え撃つしかない。
スンは腰を落として体をひねった。
後ろ足に体重を乗せ、ドリフトターンでディヴァに向き合う。
砂塵が舞う中、前傾姿勢のまま槍を構え、突進してくる狂戦士に槍先を向ける。
全体重をボードの前方に預け、一気に加速する。
「うわああああああ!」
「うおおおおおおお!」
がいいいんという金属音が響き、青い火花がはじける。
半拍ずらしてディヴァの拳を狙った槍の一撃は見事に命中し、攻撃をパリィした。
一瞬、バランスを崩すディヴァ。
スンが返す刀で薙いだ槍の柄がディヴァの脛に命中する。
転倒させた気でいたが、ディヴァは倒れなかった。
地面を蹴って舞い上がり、くるんと宙返りして着地した。
そして、すぐにまた地面を蹴って突進してくる。
スンはボードを急発進させ、ぎりぎりで攻撃をかわす。
——強い。今まで戦った誰よりも!
一進一退の攻防に、会場は湧いていた。
「すごい戦いだあ! 果たして巡礼官は逃げ切れるのかあ?」
——逃げ切る? そうか!
スンはディヴァの動きが徐々に精彩さを欠いてきていることに気づいた。
スピードも落ちている。
体力を消耗しているのだ。
狂戦士になるのはそれだけ負荷が大きく、いつまでももたない。
ディヴァ自身もそれをわかっているから一気に決めようとしてくるのだ。
「かわしつづければ、いつか勝てる!」
スンはディヴァのほうを向いて、槍を頭上でぐるぐると回して見せた。
「ほら、時間切れになる前に仕留めてみせろ!」
スンの挑発に乗って、ディヴァがまた突進してくる。
スンは斜め後方に逃げ、旋回して攻撃を紙一重でかわしつづける。
繰り出されるパワーナックルの衝撃が次々に地面をえぐり、爆風とともにぼこぼこと穴を空けていく。
ディヴァはラストスパートをかけてきた。
スピードが上がってきている。
反撃しないと背中をやられる——と思ったそのとき、スンは観客の最前列にいた少年と目が合った。
さっきスンが助けた坊主頭の少年だ。
怯えた目をしてこちらを見ている。
その視線は、スンの槍ではなく、その背後に迫っていたディヴァの渾身の力を込めた拳に向けられていた。
装甲グローブが赤い光を放ち、エネルギーが集中していた。
スンは回避せず、攻撃に向き合った。
なぜスンがそうしたのか、ディヴァも一瞬で理解したようだった。
——かわせば、この子に当たる!
ディヴァの目はたしかにスンの背後の存在に気づいていて、攻撃を止めようとした。
しかし、すでに攻撃態勢に入っていた拳は止まらなかった。
そのとき、映像がスンの頭によぎった。
一瞬だった。断片的な映像。
劫火のような炎が立ち上がり、吹き飛ばされる平屋の家々。
泣き叫ぶ子供たち。焦土と化す大地——それらがフラッシュバックした。
がおおおんんん。
赤い衝撃。
槍で防御したが、拳の勢いはスンを背後に吹き飛ばした。
「うわあっ!」
砂煙と熱気の中、スンは意識が飛びそうだった。
しかし、痛みはほとんどなかった。
ふわりと浮いて、とすんと尻から地面に優しく落ちた。
スンはボードから投げ出され、地面に倒れていた。
砂煙が晴れてくると、拳を突き出したまま跪いているディヴァの姿が見えた。
動きを止め、目を見開いている。
青い文字列のホログラムがディヴァを取り巻いている。
——誰かがマントラ——〈カルナ〉を使ったのだ。
スンが起き上がろうとすると、さっきの少年が手を取り、引っ張ってくれた。
「マーヤー! 一石二鳥じゃぜんぜん足りねぇ、オレの流儀は一石三鳥!」
音楽が止まった無音の中、マイクを持ったイッQがステージの下でステップを踏んで歌っていた。
「計算ずくの導き、予定外の事態、転んでもただじゃ起きねぇストーリー!俺の仕込み、偽店員も、ジャンク屋も、天兵も!
みんな知らずにオレの脚本演じるエキストラ! 失敗すらシナリオ、偶然は必然!」
観客たちはみな茫然としている。
ステージ上の司会者も呆けたように突っ立っている。
様子がおかしい。
「……なぜ、その子をかばった?」
ディヴァが両膝をついてうなだれたまま、上目遣いでスンに訊いた。
マントラによる変身は解け、体躯は元に戻っていた。
スンは少し考えてから、言った。
「私には……生贄の儀式から命を救ってくれた恩人がいる。その人の守護者になるために生きるって決めた」
スンを見つめるディヴァの瞳から、ひとすじの涙がこぼれる。
「……守るために生きているのに、目の前の子供を見捨てて、なにが守護者だ。うまく言えないけど、そう思ったんだ」
スンの言葉を聞き終えると、ディヴァは静かに泣き崩れた。
地面に手を突き、嗚咽を漏らす。
イッQは能天気にまだ歌い続けている。
「逮捕されても、ボード乗ってても、ディヴァが泣いても、全部オーケー! この盤上、このステージ、俺が遊ぶ曼荼羅チェス!」
イッQがおどけるようなステップで近づいてきて、タブレットをスンに差し出した。
「アキラ代理のあんたが優勝。マーヤーの効果が切れる前にずらかるぜ!」
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