第17話 アガペー/愛① 電気街アキブー        全員ぶちのめしてでも奪い返す

「……天兵に出会ったが最後。伝説のエリート僧兵の真の姿を見た者は生きて帰れないってえ話だ。じゃあこの話は最初に誰がしたのかって? そりゃあ……殺されたやつの映像記録を見たやつだろう。じゃあそれを見せてほしい? そんなもんてめえ、天兵たちがその存在を隠すために回収して回ってるから、見れねえよ。なに寝言言ってんだい。なに? おめえはそれを誰から聞いたのかって? そりゃあ、誰からも聞いてねえさ。なぜなら、……おれさまがその天兵の生き残りだからだよ! がるるぅぅ。……てわけで、おめえさんたちは今日でおしめえだなあ。……おあとがよろしいようで」


 画面の中の観客たちは大笑いし、拍手喝さいが起きる。

 ガウンのような旧時代の着物を着たコメディアンは座布団から降り、下手へ退場する。


 スンは〈デバイスセンター〉のテレビコーナーでトキオの娯楽番組を見ていた。


「無茶苦茶な話だ。トキオ人は笑いの感覚も進んでるんだな」

「進ンデイルトイウヨリ、独特ナノダ」


 観客の笑い声がどこか不気味で、スンは寒気を覚えた。

 文化の違い、というものなのだろうか。


 十階建て商業ビルの四階はだだっ広い家電フロアだった。

 殺風景な物品倉庫に人が集まってあちこちで取引をしているという様子だった。


 ここはトキオ中心地区に近い電気街〈アキブー〉。

 貧民街の一部だが、ビルには身なりのいい者も出入りしている。

 入口に警備員がいて、治安が担保されているのだ。


 アキラが三階の通信機器フロアで神託のタブレットとマントラについての情報を集めている間、スンはほかのフロアを見て回った。


 フロアでは緑色の作業着を着た店員たちが忙しそうに仕事をしている。接客は低姿勢で、笑顔を絶やさない。徹底した教育と思想統制が図られているようだ。


「なあ、神託のタブレットってなんで神託なんだっけ?」

「タブレットノ起コス奇跡ハ〈オムネス神〉ノモタラス〈神ノオ告ゲ〉ッテコトラシイ」

「トキオのAI神か。どんな神?」

「マントラシステムト都市インフラヲ管理スル行政OSニスギナイ。オムネシス教ハ開祖デアル〈目覚メノ聖人シダール〉ト〈救済ノ聖人カシュア〉ヲ信仰対象ニシテイルカラナ」

「人間が主体なのか。だからこんなに自由に商売ができて、栄えているんだな」

「人間ガ政治ヲヤルト秩序管理ガ難シイ。汚職ヤ紛争ガ絶エナイ。過激派ヤ異端ガソノ例ダ」


「しかし、すごい人とモノの数だな」

 スンは見たことのない機械の数々と、その物量に驚いた。

 世界がこれだけ豊かでモノで溢れていることを知らされ、少なからず興奮した。


「トキオ最大ノデバイス市場ダカラナ。列島中ノ電子機器ガ集マッテル。最近ハ旧時代ブームデ、リバイバル商品モ増エテイルゾ」


「あれはなんだろう?」

「〈ルームランナー〉トイッテ、BMP値ガ法定基準ヲ超エタ罪人ヲBPM一六〇以上デ死ヌマデ走ラセル旧時代ノ拷問器具ダ」


「じゃあ、これは?」

「〈タコ焼キ機〉トイッテ、手首ヲ腱鞘炎ニスルタメノ旧時代ノ拷問器具ダ」


「あっちのくるくる回ってるのは、なんの拷問器具だ?」

「アレハ拷問器具デハナイ。〈扇風機〉トイッテ、旧時代ノ翻訳装置ダ。顔ヲ近ヅケテ、アーッテ言ッテミロ。機械兵ノ声ニナル」


「バガスは家電にくわしいんだな」

「当タリ前ダ。家電ノ国、ユビキタ出身ダカラナ」

「さすが、喋る家電だ」

「誰ガ喋ル玩具ダ! イヤ、家電ダ!」


 バガスはスンの肩の上で羽根をパタパタさせて抗議した。

 ハナモンの入域審査で玩具に分類されたことをまだ気にしているのだ。


「そろそろアキラに合流しようか」

 スンは怒るバガスを無視してエスカレーターで三階へ降りた。


 アキラはデバイス売り場のベンチに座ってうなだれていた。

 憔悴している様子だ。


「……このタブレット、市販品じゃないから仕様も不明だし、マントラについてもわかる店員がいないんだ。マントラ技術自体、政府に独占されたもので、このデバイス自体が違法所持になるから扱えないって」

「案外、トキオ人は真面目なんだな」

「取り締まりが厳しいんだよ」


「あのう、そのタブレット、よろしければ見てみましょうか」

 店員が話しかけてきた。

 緑の帽子を深く被って白いマスクをした若い男だ。


「修理部でお預かりさせていただければ、のちほどインディーズのマントラ・アプリもご案内できるかと」

「そんなのがあるんですか」

「ええ。抜け道はいくらでもあります。すぐ確認してまいりますので、あちらのマッサージ機のコーナーでお待ちください」


 背もたれに凸凹のついたマッサージ機に座って背中をごりごりされながら、スンはバガスに「これも拷問器具か?」と訊いた。


「ソウダ。旧時代ノ暗殺者ガ好ンデ押シテイタ〈秘孔〉トイウ神経ノ結節点ヲ刺激シテ、秘密ヲ吐カセルタメノ一種ノ自白装置ダ」


「気持ちいい、天国だあー」とアキラ。


「ホラ、アキラハモウ死ニカケテル。天国トハ人ガ死ンダラ行クトイワレル一種ノクラウド空間ダ」


「店員遅いな」

 三十分は経っていた。

「アキラ、聞いてきたほうがいいんじゃない?」


「もしかして……」

 アキラの顔が青ざめていく。スンはいやな予感がした。


「君たち、店員にここで待つよう言われたの?」

 スンのとなりでマッサージ機に座っていた男が話しかけてきた。


「さっき、君らが店員にタブレットを渡すのを見てたんだけどさ」

 派手な色のニット帽に黒いスマートグラスを着け、オーバーサイズのシャツを着た軽薄な雰囲気の青年だった。


「え、ええ。はい」

 とアキラが答えた。


「偽店員だよ。友達が前に同じ手口でやられてね。デバイス狩りをしてるんだ」


 アキラたちはマッサージ機から飛び起きると、カウンターに走った。

 店員に訊いたが、やはりさっきの男は偽店員だった。修理部など存在しないというのだ。


 頭を抱えてうずくまるアキラに、さっきのニット帽の男がやってきて、なぐさめるように言った。


「犯人は〈ボルツ〉っていう半グレ集団だよ。外のジャンク屋に訊いてみな。盗品が取引されてるから、なにかわかるかもしれない」


「アキラ、そうとわかったら行くぞ!」

 スンがうずくまるアキラの手を引く。


「神託のタブレットは高値で取引される。急いだほうがいいよ」

「ありがとう。なんとか探してみる」


 男はスンの言葉ににこりと笑って応えた。

 スンは違和感を覚えたが、考えている暇はなかった。


 スンはアキラの袖を引っ張っった。


「アキラ、とりあえず、この辺のジャンク屋ってのを、かたっぱしから訊いて回ろ

う」


 アキラはなにか腑に落ちない様子で、考え込んでいる。


「どうしたの?」

「……さっきの人、なんで〈神託のタブレット〉だってわかったんだろう」

 スンはひっかかっていた違和感の正体に気付いた。


「たしかに、怪しいな……あいつもグルか」


 そのとき、バガスが慌てた様子で飛んできた。


「アキラ、逃ゲロ!」


 直後、目の前に白い流線形の車両が停まった。

 天井にランプがついていて、ほかの車両と雰囲気が違う。

 通行人たちが避けて通り、みなが注目している。


 車両から制服を着た男たちが降りてきて、アキラに詰め寄った。


 警官だ。ハナモンで見たのとは出で立ちが違うが、すぐにわかった。


「アキラ・ユダだな。ハナモンでのテロ容疑で逮捕状が出ている。同行願う」

「ええっ!」


 警官はアキラの腕を掴み、車に乗せようとする。


「アキラ!」


 助けようとしたスンに向かって、アキラは手で静止した。

「スン、タブレットを追え!」


 頭上を飛んでいたバガスが足でスンの襟をつかんで引き離す。

「二人トモ捕マッタラオシマイダ!」


 アキラは車に詰め込まれ、ドアが閉まる。


「タブレットガアレバ、マントラデ助ケラレル!」


 サイレンの音とともに警察車両が遠ざかる。


「バガス、アキラを追って。私はタブレットを取り戻すから、あとで宿に戻ってアキラの居場所を知らせてくれ」

「ワカッタ。スンニシテハ、イイ判断ダ」


 忠実なオウムロボットは警察車両を追って飛び立った。


 野次馬のように集まっていた通行人たちはすぐに興味をなくし、通りはもとの猥雑

な街路に戻った。


 スンはあたりを見回す。


 街路は格子状で、ネオンと看板と電信柱が入り組んでいる。

 不法占拠され、無計画に増築された町という感じだ。同じような風景が延々続くので迷ってしまいそうだった。


 落書きの壁、むき出しの排熱ファンの下で片頬サイボーグの猫が眠り、〈アキブー焼き〉というなんの肉かわからない串焼きが屋台で煙を上げている。

 ローラーブレードの少年たちが光るマスクで人波を切り裂く——治安は、匂いでわかる類の悪さだ。


 〈ドージン〉とピンク色で描かれた怪しい看板があり、露出の多い服を着た女たちが赤い煙の出る煙草を吸っている。

 ぴかぴか光るマスクをした少年たちがローラーブレードで人ごみをすり抜けていく。


 デバイスセンターから離れるほど路上のごみも増え、治安の悪さが際立ってくる。

中古デバイスとジャンク品を売る店に入った。


 「ボルツ? そりゃあ、知ってるけど」

 バガスのトサカのような髪型の中年店員が言った。


「アジトを教えてくれ、大事なタブレットを盗まれたんだ」

「間抜けだなあ。教えてやってもいいけど、かわりにあれ買ってくれよ」


 店員が指さしたのは、壁に飾られていた細長いアーモンド形の白い板だった。

 値札には〈プラズマジェットボード 5.5ギガ〉と書かれている。


「今なら五ギガでいいぜ。こいつがあれば、街歩きは快適になる」


 そばで見ていた客の男が笑った。

「あれって、事故が頻発したやつじゃん。町中じゃ使用禁止だろ?」


「ここじゃあ、乗っても誰も文句言いやしねえよ。ボルツの連中はみんな乗ってるぜ」


「はは、今度はボード狩りに遭うぜ、ねえちゃん」


 スンはプリペイド・チップの残量を見る。4.1ギガしかない。


「このへんにパンツを買ってくれる店はあるか?」


 スンはドージン・ショップで履いていた下着を一ギガで売ると、中古デバイス屋に戻り、プラズマジェットボードを買った。


 ボードは薄く、持ち上げると折り重なって小さくなり、腕に装着することができた。

「こりゃいいや。盾になる」


「北東のドブ川沿いに〈サンダーゲート〉ってハコがある。そこの楽屋が今のボルツのアジトだよ」

「ハコってなんだ?」

「イベント会場さ。もともと公民館だったのを占拠して、毎日説法バトルのイベントをするようになった。ボルツは主催グループで、専用の楽屋を持ってるんだよ」

「バトル……試練のようなものか。説法ってなんだ?」

「音楽と宗教の融合さ。貧乏人の避難所みたいなものだ。行きゃわかるよ」


 道路に出て、ボードを路面に置いた。わずかに地面から浮いている。


 上に立つと、不思議な磁力のようなもので足裏に張り付く感触があった。

 前方の左足に体重を乗せると、ぐん、と少し前に進み、右足に体重を移動させると減速した。


 思っていたほど難しくはなかったが、加速が急で、人通りの多い町中ではたしかに危険かもしれない。


「死なない程度に転んで覚えろ」

 店員は他人事のように言った。


「転んでる暇はない」


 ——全員ぶちのめしてでも、奪い返す。


 スンは槍を両手で握りしめ、左足に全体重を乗せた。

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