第14話 ナタラージャ/舞踏の王③ ハナモン          小帝都へようこそおいでくださいました

 翌朝、ケハラと駐車場で別れた。


 彼女は別の町で用事を済ませてからトキオに向かうということだった。


「マントラを狙ってることは警察にバレないようにしなよ。ノードが見つからなかったらAI神本体を捜せ。顕現状態で〈ナタラージャ〉を唱えればダウンロードできるはずだ」


「いろいろありがとう。君も気を付けて」


「ケハラ、私たちがトキオに着いたら連絡してもいい? またいろいろ教えてくれ」


「ああ、そのとき私がトキオにいたらね」


 ケハラは背嚢を背負い、群衆の中へと歩き去った。孤高の旅人は賑わう朝の喧噪の中に溶けるように姿を消した。


 トクトクは道なりに走り、ハナモンを目指して西へ向かった。


 左右に荒野とも畑ともつかないだだっ広い平地がつづき、遠くに見える山々が大地を守るように重たく連なっている。

 渡り鳥が群をなして飛び、草原には黒い牛——どこかゴズ神像を思わせる——がぽつぽつといて、優雅に草を食んでいる。


 小帝都ハナモンが見えたとき、その姿にスンは息を飲んだ。


 遠目には、小山のような巨城に見える。

 人工の台地の上に築かれた城塞都市。

 台地と一体化した基部は黒く、外壁は古びた重厚な風合いをまとっていた。

 上層部には無数の尖塔が林立し、空を突き刺さすように天へ伸びている。


 町のふもとには平屋が密集しており、石垣を取り囲むように城下町を形成していた。

 その一角から上層部へと続く長い斜路があり、石垣に沿ってらせん状に登っていく。

 外壁の途中が割れ、そこが城内の入口になっていた。


 スンはガイドブックでハナモンの情報を確認する。


・人口 約七万人(登録市民二万人、周辺の準市民・労働者五万人)

・面積 城塞部:約八・五平方キロ、周辺自治区含め最大十二平方キロ

・通貨 セン(1セン≒0.01ギガ)

・政治 世襲議会制貴族制+AI神による神政

・産業 観光、金融、工芸品、旧時代技術に関する教育・研究

・特徴 〈ハナモン〉を頂点とする厳格な身分制度


 身分制度の分類は、こうだ。


 華門 ハナモン :高僧、政治家

 宮者 グウシャ :僧、軍人、上級官吏

 平者 ベイシャ :下級官吏、商人

 衆者 シュウジャ:労働者

 外徒 ガイト  :移民、奴隷、罪人


「身分制度か……。私たちはどこに当たるんだろう?」

「外国人は基本〈ガイト〉で、その中の上位扱い。けれど、ビザを買えば、期限付きで〈べイシャ〉の身分を得られる。トキオの高官や学者なんかは〈グウシャ〉らしいけどね」

「それでも〈ハナモン〉にはなれないのか」

「もともと財閥が築いたカジノ都市で、はじめは闇取引で回してた国さ。観光地化してからマシになったとは聞くけど、差別は根強いよ」


 近くまで来ると、上層部の建物の年季と荘厳さがより強く感じられた。

 苔むした銅屋根と風見鶏が幾層にも重なっている。

 塔と塔を繋ぐ鉄骨の歩廊には赤いランプが灯り、まるで機械仕掛けの寺院が岩山に張り付いたような光景だった。


 城下町は多くの車両が行きかっていた。


「ここは正式には都市の外で、家賃が払えず城内に住めないシュウジャやガイトの貧民街さ。ここから周辺の農場や工場、城内の職場に通ってるんだろうな」


「この辺りの雰囲気はクスカに似てるな」


 簡易テントの露店に野菜や衣類などの物資が並んでいる。

 路上で娼婦が旅人や行商人に声をかけ、ボロを着た少年が籠に積んだ弁当を売っている。


 平屋の掘っ立て小屋が続いたあと、石造りの幾分頑丈そうな建物が城壁に貼りつくように建っていた。

 あっせん屋や商人ギルド支部、宿泊施設があるという。


 やがて建物が途切れ、石垣の裂け目に通じる斜路の入口が見えた。

 尖がった黒屋根の詰所があり、黒い軍服に身を包んだ衛兵が警備している。


 トクトクを城門前の広場に停めると、詰所でアライバル・ビザの購入を求められた。

 二十分ほど列に並び、二ギガで二人分を購入。

 パスポートカードにビザ情報を書き込んでもらった。


 スンは衛兵の検札をどきどきして見守った。

 最悪の場合、逮捕されて〈ガイト〉扱いになる。

 強制労働させられるかもしれない。

 

 それは杞憂に終わった。

 パスポートを戻されると、検査機器で荷物とバガスをスキャンされ、入域許可が出た。


「やれやれ、通れたね。君の槍も没収されなかった」

「私は顔や服をじろじろ見られたけどね」

「差別ノ町ダカラナ。俺ナンカ、荷物リストに〈玩具おもちゃ〉ト書カレテタゾ。ヒドイ話ダ」


 スンは吹きだした。


 坂道をトクトクで登り切ると、高い石塀に囲まれた駐車広場があった。

 街の中は塀で見えないが、外に対しては見晴らしがよく、城下町とその外の平野を一望できた。


 駐車場には車両や運搬用の機械兵がたくさん停まっていて、人々が行きかっていた。


 街への入口は、外側に跳ねた屋根付きの門があり、「小帝都へようこそ」と書かれた看板が掲げられている。


「アキラ、馬車だ。はじめて見た」

「私もだよ。まさに観光地だね」


 黒馬が二頭、大きな車輪のついた黒塗りの車両を曳いている。

 観光客を乗せた馬車は門をくぐり、大通りへ向かってかっぽかっぽと優雅に走り去った。


 白シャツに中折れハットの係員に誘導され、トクトクを駐車場の端に停めた。


「宿はお決まりでありますか?」


 まだだと答えると、係員は携帯端末で宿のリストを提示した。

 どれかを選んでチェックインするよう指示された。


「空室があります宿は、こことここだけであります」

 

 表示されていた宿泊施設は二つだけ。

 料金はそれぞれ、一泊三ギガと一ギガだった。

 アキラは安い方にしてほしいと言った。


 パスポートを提示して、宿の予約を代行してもらった。


 二人で迎えの乗り合い馬車に乗ろうとすると、スンだけが引き留められた。


「お嬢様はこちらであります」


 スンはもっと立派な装飾の付いた別の馬車へと案内された。


「グウシャのお客様は、ベイシャ用の宿にはお泊りできない決まりであります」


「グウシャ?」


 スンは自分のパスポートを見る。

 写真に触れると、取得したばかりのビザの情報が表示される。


 そこにはたしかに〈グウシャ〉と記されていた。

 上から二番目の身分だ。


「そうか……なるほど」

 アキラが気づく。

「スンのパスポート、職業欄が」


「あっ」

 スンは思い出した。

 偽造のとき「なるべくえらい身分で」と注文し、〈上級僧官〉にしてもらったのだ。


 アキラはIDカードの情報に基づいているので、ビザも平民の〈ベイシャ〉だ。


「なにか問題がありますか?」係員はいぶかし気な顔をした。


「いえ、何でもないです。スン様、あとでここで落ち合いましょう」

「お、おう。承知した。くるしゅうない」


 係員にせかされ、アキラとバガスは質素な馬車に乗せられた。


 スンは槍と砂色の背嚢を持ち、明らかに場違いな格好で豪奢な馬車に乗り込んだ。


「わあ」


 革製の座席はふっくらしていて、これまで座ったどんな椅子よりも心地良かった。


 そのとき——スンの服装が変わった。


 本で見た「着物」というやつだ。

 袖の長い白い袈裟、胸の辺りできゅっと結ばれた太い帯、裾の広い赤い袴。

 ショートブーツはローファーに変わり、後ろ髪を結っていたゴムひもは淡い桃色のリボンになっていた。


 スンが戸惑っていると、御者が微笑んで言った。


「よくお似合いでございますよ。ハードライトによる外観投影でございます。街の景観を統一するための、ちょっとしたからくりです」


 ハードライト——触れられる光。

 槍と同じプラズマ技術の応用だろう。

 布が肌を擦る感触も襟から袖に抜ける通気もリアルだった。

 

 これこそが、記憶のマントラ〈ナタラージャ〉の効果なのかもしれない。


 あまり驚くと怪しまれそうで、「なるほど、それは気の利いた仕組みだ」と答えた。


「お気に召され、光栄にございます。小帝都へようこそおいでくださいました」


 スンは自分のトゥクバ訛りの強い喋り方が相手に尊大な印象を与えるとハギノに指摘されたことがあるが、今回ばかりは、それらしい貴族風に聞こえているようだ。


 御者が鞭をふるい、馬車がゆるりと動き出す。

 車輪の振動とともに伝わってくる石畳の凹凸。

 健やかで小気味よい蹄の音。

 それらすべてが夢の国への来訪を祝福しているようにスンは感じた。


 町の中心へ続く石畳の道路には銅製の水路が這い、蒸気を噴き出す通風孔から甘い香りの湯気が立ち昇っている。


「これが、旧時代、帝都の街並み……」


 道端には白塗りのポストと蓄音機付きの公衆放送塔があり、聞いたことのない古めかしい音楽が小さな音量で流れている。

 電子音ではなく、弦楽器や吹奏楽器を人が演奏している。

 ノイズ混じりだが、温かみのある音だ。


 日傘を差した女性たち。

 赤い袴に市松模様の帯、真珠のイヤリング。

 

 男性はマントに細身のズボン、編み上げ靴を履いている。

 袴姿に下駄の青年もいる。

 

 共通しているのは、誰もがちょっと気取った帽子を被っていることだ。


 大通りから横丁に入り、坂を上る。

 身分が高いほど高台に住むのだろう。

 建物の雰囲気もだんだんと豪華になり、壁や屋根の装飾が凝っていく。

 窓にカラフルなステンドグラスを擁した尖塔、鮮やかな色の花やつる草が飾られたバルコニー。

 毛のもこもこした気取った白猫は首にきれいな鈴をつけている。


「到着いたしました」


 宿は想像していた以上にずっと大きかった。

 中庭のある屋敷は、トゥクバの寄宿舎がすっぽり入りそうな広さだ。


 馬車を降りると、フリルのたくさんついたメイド服の女中が出迎えてくれた。

 通された二階の部屋を見てスンは目を丸くした。

 広々としており、天井も高かった。

 一人で寝るには大きすぎるベッドに、木製の上等なテーブルと椅子。

 化粧台まであり、まるで貴族の部屋だった。


「さすが、三ギガの部屋だな」

「はい、現在、キャンペーン期間中でして、割引価格でのご奉仕になっております」

「そ、そうか。割引で三ギガ……」


 第二身分のグウシャでこれなら、最高身分のハナモンはどんな生活をしているのだろう。

 スンは想像もつかなかった。


 女中が去ったあと、スンはベッドに勢いよく身を投げた。


 ふとんはふわりとスンの身体を受け止め、ほどよく反発する。

 ひんやりとした清潔なシーツが肌に心地いい。


 白い天井を見上げ、大きく息を吐いた。


 ——こんな世界もあるんだな。


 天井のシャンデリアの複雑な装飾。

 棚や机、窓枠、調度品の精巧さ。

 窓の外の異国情緒溢れる風景。

 

 リナにも見せてやりたい、と思った。

 

 トゥクバの裕福な子息たちはきっと、こういう世界を子供のころから知っているのだろう。


 外の世界を知らなかった自分たちは、試練が世界のすべてだと信じていた。

 何が敵で、何と戦うべきかもわからないまま。


 騙されていた、隠されていた——という気持ちは、意外と湧いてこなかった。


 ただ、これまで、この世界のありようを知ろうとしなかった自分の「狭さ」が胸に刺さった。


 世界は、自分から求めていかなければ、本当の姿を見せてくれないのかもしれない。


 きっと、世界はもっと広くて、その広さを知ることができたなら、みんな、今よりもう少しマシに生きられるのではないか。


 リナも、このベッドの感触を知っていれば、トゥクバから出る決心をしたかもしれない。

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