第13話 ナタラージャ/舞踏の王② トクトク      ほら、新しい下着も市場で買ったし

「かっこいい!」


 メンテナンスを終えたバイクを見て、スンは思わず叫んだ。


 後部車輪がひとつ増え、三輪になっていた。


 座席は屋根付きになり、荷物も積める。

 旧時代のタクシー型三輪バイク〈トクトク〉をモデルにした改造だという。

 ヤードには大昔のいろんな部品が眠っているのだ。


 運転席のハンドル上には操縦パネルがあって、ここに陣取れば彼自身が運転できる。


 バガスは得意げにバイクを走らせ、「ミッキャマオ、ミッキャマオ♪」とネズミ魔王の歌を合いの手のように歌った。


「じゃあ、気をつけてね。たまには連絡しなさいよ」

「ええ、着いたら手紙を送りますよ」


「メールは送れないのか?」とスン。


「もう公務員じゃないからね。一般の通信は、トキオとこっちじゃ妨害電波のせいで届かないんだ。紙の手紙がいちばん確実なのさ」


「妨害電波や盗聴ヲ飛ビ越エルニハ、〈特別プラン〉ニ加入シナキャナラナイ。紙ガ安上リナノサ」


 アキラはゴーグル付きのヘルメットをかぶって運転席に跨った。

 バガスは操縦パネルに陣取る。

 スンは荷物とともに後部座席に座った。

 

 槍は平常時に柄の部分を短く収納できるよう職人に改造してもらったので、ぎりぎり座席内に収まっている。


「じゃあ出発するよ」

「ジャア出発スルゾ」

「どっちが運転するか、はっきりさせたら?」


 バガスの運転でトクトクは走り出した。


 手を振るハギノや村人たち。

 その中に無表情で手を振るニギタの姿もあった。

 ニギタは口元が笑顔になっている。

 まわりに合わせているのだろうが、彼女なりに戦っているのかもしれない。

 スンはそう思った。




 舗装道路はすぐに砂利道になり、荒地の続く旧時代の国道跡を南へと下る。


 風の音とバガスの鼻歌を聴きながら、スンはハギノにもらったタッチパネル端末を開いた。

 トキオ圏内の事件や歴史、戦争や経済に関する電子書籍を読み、情報を頭に入れた。

 バガスの講義もいいが、本を読むのが昔から好きだったのだ。


「小帝都ハナモンに行ってみたい」


 ページをスライドしながら呟くと、アキラは振り返り、きょとんとした顔でスンの顔を見た。


「どうして?」

「旧時代の列島文化を再現してるって書いてる。トキオに行く途中にあるんだろ?」

「あそこは無理。パスポートが要る」

「じゃあ、トキオには入れるのか?」

「コア地区は無理だけど、そのまわりの市街部ならアライバル・ビザで入れる。保証人がいれば、お金で買える」

「トキオはゆるくて、ハナモンは外国扱いで厳しいってこと?」

「それと、あそこには少し……。まあ、いい。まずはトキオからだね」


 峠道を越えて平地に降りると、大きな川のほとりでハギノが持たせてくれたサンドイッチを食べた。


 川の向こうには草原が広がり、ここまでより緑が増えてきた。蝶が舞い、バッタが草から草へ飛び移る。

 川面で魚が跳ねる。

 遠くの田んぼで稲作用車両が動いている。

 あまりにものどかだった。

 旧時代はどこもこんなだったのだろうかとスンは思った。


「もう少し行けば村落がある。今夜はそこで一泊しよう。トキオは明日だ」


 道路沿いのクスカ村は、バンドゥより人が多かった。

 

 入口の駐車場で料金を払い、トクトクを預ける。

 守衛に聞いた安宿を目指し、アーケードの市場を抜ける。

 野菜や穀物、衣類や生活雑貨が並ぶ。

 露天商は機械部品や古いデバイスを売り、子供たちが走り回る。

 食堂からは名物のレンコン料理の香りが漂っていた。

 

 道すがら、アキラとスンはソフトクリームを買って舐めた。


「ここまで来ると、過激派もあまり入ってこない。北西のラビスタンから南では略奪はほとんどない」

「どうして?」

「おそらく、トキオ政府——というか、どこかの派閥と話がついているんだろうね」

「フーン」

「政治的思惑ガアルノサ。案外、裏デ、ミンナ繋ガッテイルノカモネ」

「おいバガス、めったなことを言うんじゃない」




 宿は想像以上にみすぼらしかった。

 築百年以上ありそうな二階建てのビル——というか廃墟を無理やり改造したようなゲストハウス。

 スンは受付で「本当にここ?」とアキラに二回確認した。

 部屋は男女別のドミトリーしか空いておらず、二人で一泊0.2ギガだった。


「じゃあ、六時になったら食事に行こう。それまで、私は少し休むよ」


 アキラは一階の男子部屋へ。

 昨日も遅くまで調べものをしていたらしく、眠気が顔に出ていた。


 スンは狭く暗い階段を上って二階へ上がり、二段ベッドが並ぶ部屋の隅に背嚢と槍を置いた。


 一人だけ先客がいた。窓際で煙草を吸っている金髪女性だ。


 筋肉質な腕には幾何学模様のタトゥー。

 軍帽のようなつばの短い帽子をかぶり、イグサが着ていたような戦闘服風のズボンにショートブーツ。

 短い金髪は癖が強く、後ろで無理やり束ねている。


 女はスンの槍を一瞥し、今度はスンの顔をじっくりと眺めた。

 そしてにやりと微笑んだ。


「こんにちは。よろしく」

「こ、こんにちは」


 どことなく、雰囲気がキリカに似ていた。

 昔からスンに対抗心をあらわにしてきた負けず嫌いの同輩だ。

 目つきの鋭さはリナにも似ている。


 つまり——戦士タイプ。


 ちがうのは、歳がリナやキリカより一回り上に見えること。

 そして、目の奥に積み重ねた修羅場の数が見えることだ、歴戦のつわものという感じだ。


「あんた、それプラズマ槍だろ」

 

 女が顎でスンの荷物を指した。


「え、ええ。そうだけど」

「珍しいモデルだ。私も、昔、軍にいたころ槍を使ってた」


 女はケハラ・ディーンと名乗った。

 仕事で列島中を転々としているという。


 スンはトキオに向かうついでに小帝都ハナモンに行ってみたいが、パスポートがなくて入れないことを話した。


「あそこは変わった町だ。ちょっと、差別がひどいぞ」

「行ったことがあるの?」

「仕事でね。なんであんなところに行きたい?」

「見聞を広めたい、から」

「見聞、ねえ。学生みたいなことを言うじゃないか」


 スンは考えた。

 少しでもいろんなものを見て、経験して、アキラの力になりたい。

 足手まといになりたくない。

 そのためなら、差別というものを受けてみてもいい。


「世界を知って、成長したいんだと思う」


 笑われるかと思ったが、ケハラは真剣な顔でスンの目を見返した。


「そうか」


「私、ついこのあいだまで、故郷の町から出たこともなかったから」


 ケハラはスンを見定めるように凝視し、煙をぷはあと吐いた。


「パスポート、手っ取り早く手に入れる方法があるよ」




 レンコンのひき肉詰めを一口かじったところでアキラは固まった。


 スンは市場で作ってもらった二人分の偽造パスポートを得意げにテーブルに置いた。

 表紙にトキオのロゴが入った二つ折りのカードで、触れると顔写真が浮かび上がる。


 アキラの頭に飛び乗ったバガスがカードをスキャンした。


「個人情報モキチント入ッテル。コレナラ、入域出来ル確率八九パーセント」


「ちょっと待って。私の分はどうやって作った?」

「寝てる間にIDを借りた。あ、返す」


「なんてこった」


 アキラは呆れ果てた様子で、レンコンを皿に落とし、テーブルに突っ伏してしまっ

た。


「大シタ行動力ジャナイカ。成長ダヨ」


 アキラは顔を上げる。眉間にしわが寄っていた。


「……偽造代、いくらした?」


「二人分で、たったの十ギガさ」

 スンの隣でビールを飲んでいたケハラがあっけらかんと言った。


「十ギガ? あの宿に一か月泊まれるよ! プリペイド・チップにそんな額入ってた?」


「金を作ったんだよ。私が知ってる店に連れてって、売った」

 そう言って、ケハラは肘でスンの豊かな胸をつついた。

 

 スンは驚いて顔を赤らめる。


 アキラは呆れ顔を通り越してフリーズした。

 箸から落としたレンコンがころころとテーブルを転がった。


「なに勘違いしてんだい? スンが売ったのは下着さ。ブラとパンツ。マニア御用達の商人がいるのさ」

「なんだ、そういうことなら……いや、よくない!」


「まあまあ、アキラ」

 スンが言った。

「これでハナモンに入れるんだから。ほら、新しい下着も市場で買ったし」


「み、見せなくていい!」

 今度はアキラが顔を赤らめた。


「それと——あんたたち、高位マントラを捜してるんだろ?」


 ケハラの言葉に、場の空気が固まった。


 スンはケハラに旅の目的を話していた。

 アキラに怒られるかもしれないと思ったが、パスポートを手に入れるのを手伝ってくれたので、それくらい話すべきだと思ったのだ。


「ハナモンにもそれがあるぞ。都市インフラを制御する専用マントラがノードっていう記録装置に格納されている。あんたのタブレットをノードに接続すればダウンロードできる」


「そんなマントラが、なぜインフラ制御に?」


「あそこは旧時代、トキオが〈帝都〉と呼ばれてた頃の文献や人々の記憶を掘り起こして、街を再現してる。そいつを管理するために特殊なマントラが常時使われてるってわけ」


 ケハラはレンコンを口に放り込み、もしゃもしゃと噛んだ。


「名前は、〈ナタラージャ〉。舞踏の王って意味で、破壊と再生の神の異名だ。記憶を司るマントラでもある。あんたらの目的に合ってるか?」


「合ッテル可能性六十七パーセント」


「都市インフラ用のマントラを、勝手に人間側からいじると、都市がバグることもある。だから本来は、管理AIかオムネシスの巡礼官しか使っちゃいけない代物なんだけどね」


 ケハラは、そこでふっと笑った。

 その笑い方に、スンは一瞬、底の見えない深さを感じた。


「アキラ、そのマントラ、ニギタに試してみていいんじゃない?」


 レンコンの穴に箸を刺し入れてぶら下げたまま、アキラは考える。

「……よし、トキオに行く前に、小帝都に行ってみるか」


「やった!」

「よかったな、スン」


 笑顔でグータッチをする二人。


「ハナモンは過去の幸福な時代を再現しているって本に書いてあったね」

「まあ、あそこの住人は、幸福な夢に閉じ込められているって感じだね」

「どういう意味?」

「行けばわかるさ」

「やけに詳しいけど、ケハラ、あんたは盗掘者なの?」

「まあ、そんなようなもんだ。情報屋でも、傭兵でも、なんでもこなすけどね」


「しかし、都市制御のマントラが効くかどうか……これは賭けだな」

「アキラ、レンコン冷エルゾ。ソロソロ食ベロ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る