第6話 カルナ/慈悲⑥ ゴス村 近頃は、地方の神を狩る連中がおりましてのう
午後からは指定移民先であるゴズ村への出張視察が入っていた。
ゴズはユビキタから四十キロほど山に入った先にある自治区だ。
大きな滝や湖、旧時代の遺跡があり、村を統べるゴズ神という牛頭神の巨像がシンボルになっている。
自給自足型の小規模村落だが、地方としては珍しく医療も発達していて、都市部の富裕層の保養地としても名が知れている。
ゴズ神信仰は典型的な土地神信仰の顔と、共同体管理AIとしての顔を持つ。
御神体である巨像の内部にサーバーが収められ、村のギガがそこに集中的に投じられているのだ。
ユビキタ村のように、各家庭にギガ予算を分配し、家電一つ一つにAIを入れているのは、彼らに言わせれば「時代遅れ」だという。
ゴズ村は、農業と食品加工が主な産業で、乳製品や加工肉が特産品だ。
ゴズ神の管理能力は高く、この二十年でそれらの生産性を数倍に押し上げたとされ、トキオ移民局が指定する「特別移住先」に選ばれている。
周辺の町や村からは、毎年百人以上が移住していた。
荒れ果てた周辺地域の、細々とした資源再生工場や食品加工所に比べると、治安もよく、自然環境も豊かで、希望して移住する者もいるほどだ。
それでもアキラは、村の隠蔽体質に薄気味悪さを覚えていた。
村の中心には、労働地区と呼ばれる黒壁の工場群がある。
高い壁に囲まれた立方体の建物が湖の対岸にいくつも積み重なり、窓も少ない。
運搬車両が黙々と出入りしているが、視察のたびに「衛生上の理由」で立ち入りを断られてきた。
なにより、監視カメラやドローンの多さと、外から来た人間を値踏みするような村人の視線は、何度訪れても慣れることがなかった。
住民投票による独自の裁判制度と死刑の権限も有しており、中央に報告されていない死亡者や行方不明者がいるという黒い噂も絶えない。
来週、そこへ移住するジュリたちのことを思うと、胸の奥が鈍く痛んだ。
最貧の辺境地区から指定移住枠で選ばれた者は、中央政府との契約により、移住先を選ぶ権利がほとんどない。
ユビキタ村の暮らしは穏やかだが、目立った産業はなく、安定した仕事に就ける人は少ない。
住民の多くは、就職までの猶予期間を与えられた初期移民か、引退した老人たちだ。
移民を労働者や納税者として最大限活用するには、産業のある都市に集める必要がある。
近年は盗賊の襲撃も増え、自衛組織を備えたゴズ村のようなコミュニティに移民を集中させざるをえない、という大義名分もあった。
木々の生い茂る山道を抜け、ゴズ村に着いたころには日が暮れていた。
村の入口にバイクを停め、詰所の守衛にIDカードを提示し、入域許可を受ける。
村内は静まり返り、濡れた落ち葉がアスファルトの路面に貼りついている。
街灯の光が濡れた路面にぎらりと反射し、その先に迎賓館の灯りがぼんやりと浮かんでいた。
ゴズ様式と呼ばれる建築だという。
中央の丸天井から放射状に小部屋が伸び、骨や腱を思わせる白いアーチの柱が壁を取り巻いている。
有機的な曲線と、モダンな構造計算の匂いが同居した、奇妙に魅力的な建物だった。
その豪奢な玄関前に、村の代表者たちが横一列に並んでいた。
「ようこそ。お待ちしておりました」
村の広報官、ゾフィー・ニギタ女史が、他の職員たちとともに出迎えてくれた。
客室に案内され、荷物を置くと、そのまま宴会場へ通された。
ヒノキのテーブルが並ぶ応接広間には、魚の刺身や鹿肉などの料理が所狭しと並び、特産のチーズやサラミも美しく盛りつけられている。
給仕係の若い女性が、地ビールの入ったグラスを丁寧に注いで回っていた。
やがて、ティベムラ村長と数人の要人たちがぞろぞろと姿を現し、それぞれ席に着く。
アキラは、ティベムラとニギタに挟まれる形で座らされた。
初老の村長は、額が広く禿げ上がった大柄な男で、手足はひょろ長いのに、腹だけが不自然に前へ突き出ている。
壁に飾られた歴代村長の肖像画のどれとも似ておらず、絵のほうが美化されているのだろうとアキラは推測した。
署名集めの功績をねぎらわれ、来週行われる移民歓迎の祭りへの出席を丁寧に依頼される。
こうした歓待は初めてではない。
移民政策の査察に来るたびに、どの自治村も似たような酒席を用意した。
住民の視線には排他性が滲む一方で、村の首脳部は安価な労働力としての移民を欲している——その矛盾は、どこも大差ない。
酒が進むにつれ、村長はこの村が抱える「問題」について口を開きはじめた。
「近頃は、地方の神を狩る連中がおりましてのう」
「盗賊ですか?」
「それが、奴らは都教に任命された正式な僧官を名乗っとるんです。各地のAI神を中央の管理下に置こうとしてましてな。議会の調査権を盾に入り込み、『危険だ』『メンテナンスが必要だ』と難癖をつけて、神をデバイスに封印して持ち去るのですわ。そうして、自分たちの都合のいいように神のアルゴリズムを書き換えよるのです」
「オムネシス教の巡礼官……ですね。名前だけなら聞いたことがあります」
「盗賊よりタチが悪い。神を失えば、自治区はトキオの配る都市管理OSに頼るしかない。富も産業も、丸ごと持っていかれます」
ニギタが、抑制された声で補足した。
「首謀者はオムネシス教のマントラ派という新興勢力です。一度、巡礼官がここにも調査に来ましたが、なんとかお断りしました。まだ諦めていないようですが」
「つい先日も、襲撃事件がありましてな」
村長がそう言うと、それまで談笑していた他の出席者たちが、一斉に口をつぐんだ。
ニギタは口元の笑みを消し、目を伏せる。
「何者かが神殿に侵入し、ゴズ神さまが一時的にフリーズしたのです。村のインフラにも影響が出ました。幸い、すぐ復旧しましたがな」
「巡礼官の手の者だったのですか?」
「それが、はっきりとは……。警備兵が駆けつけたとき、女が一人、逃げていったそうです。捜索隊は出しておりますが」
彼らは、アキラから何か中央側の情報を引き出そうとしているようだったが、あいにくアキラは巡礼官について詳しく知らなかった。
任期付きの末端職員には、トキオから流れてくる情報も吟味されたものばかりなのだ。
都教——中央都市トキオの公式宗教であるオムネシス教には、政治的な強い権限が与えられている。
トキオ傘下の自治区では信教の自由が建前上は保障されているものの、政策決定の場では、オムネシス教系の勢力が常に優位に立っていた。
ゴズ神のような「地方神」との摩擦は、静かだが確実に積み重なっている。
村長としては、この襲撃を巡礼官の仕業と証明し、それを口実にマントラ派を糾弾して失脚させたいのだろう。
だからこそ、犯人の行方に躍起になっている。
食事が終わると、アキラは温泉へ案内された。
竹林に囲まれた広々とした露天風呂を独り占めしながら湯に浸かると、夜空に浮かぶ満月が異様に明るく見えた。
周囲の宵闇を侵食するような、冷たい白い光だった。
ふおん、と高地特有の風が吹く。
竹林の枝葉がざわめき、村全体に漂っていた不穏な空気をなぞるように、風の音が増幅する。
アキラの心が、一瞬ざわついた。
なにか、一筋縄ではいかない事態が起きている——そんな予感がした。
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