第5話 カルナ/慈悲⑤ ユビキタ村          ゴズ村行きのバスがお迎えに上がります

 ——。


「では、この端末に指を当ててください」


 中年女性はしわがれた人差し指を小型端末のタッチパネルにそっと乗せた。


「これでいいのかしら」


 指先から生体データが中央クラウドに転送され、認証完了の表示が浮かぶ。


「これで移住の同意が登録されました。当日、ゴズ村行きのバスがお迎えに上がります」


 端末をしまい、スクーターにまたがった。

 エンジンをふかし、半球形のドーム住居が続く人影のまばらな田舎の大通りを抜けて、次の訪問先へ向かう。


「やっぱり、移住しなきゃならないの?」


 玄関先で、ジュリは悲しそうにタッチパネルを見つめる。


「それがこの地域の居住条件だからね。契約は、こっちじゃ、どうにもできない」

「アキラはどうするの?」

「調整官の任期があと一年ある。それまではユビキタに残る。ゴズ村には移住する予

定はないけど、いつかどこかへ割り振られるだろうね」

「そう……さみしくなるね」


 級友だったジュリの指紋認証を終えると、また食事しようと約束して帰路についた。

 その日は十五人のレムナント系住人から移民署名を取り付け、データを移民局に送信した。


「おとなりの爺さんが来てたヨ。また腰が痛いんだっテ」

 家に帰ると、郵便ポストのルドルフが投稿口をぱくぱくさせて言った。


「明日来てくれってサ」

「整骨院じゃないってのに」


 玄関のドアを開ける。電気釜のシュタイナーが「おかえリ」と言った。


「ただいま、飯はできてる?」

「今日は芋と鶏肉のごった煮だヨ。味は保証すル」


 アキラはテーブルに置きっぱなしにしていた、涙のような、あるいは胎児のような形をした〈勾玉マガタマ〉を手に取った。

 空中に小さな立体映像が浮かび、水色のインターフェイスにギガ残量がゲージで表示される。残りはわずかだ。そろそろチャージしなければならない。


 勾玉は治療用の制御デバイスだ。

 患部に当てることで、局所的にナノマシンが働き、自然治癒力が促進されるのだ。

 中央クラウドの医療ノードに接続されたナノ技術で、ユビキタ村で使えるのはアキラだけだった。


 才能は遺伝に刻まれたものだが、使用するには通貨である「ギガ」を消費する。

 ギガは、全国共通の電子通貨であり、同時に中央クラウドにアクセスするための計算資源でもある。


「ケイオグノムに生まれたかったなあ」


 勾玉を手のひらでもてあそびながら、アキラはつぶやいた。


 教科書どおりの分類が頭に浮かぶ。

 この世界には、ケイオグノム、レムナント、ディゼクタの三種類の「設計」がある。

 旧時代の人類育成プログラムの一環で、数世紀前の祖先の遺伝子に付与された属性だ。


 ケイオグノムは創造性と抽象思考に優れ、研究者や芸術家、政策立案を行う高級官僚に向く。


 レムナントは秩序を守り、規則に従順で、応用力が高い。技術者や看護師、そしてアキラのような下級官吏に向く。


 ディゼクタは戦闘と指揮のために特別設計された軍事型で、状況判断と身体能力に秀でる一方、情緒の不安定やサイコパス傾向を抱える。

 軍人やアスリート、企業経営者としては有能だが、独裁者やテロリストになりうる危険性を孕む。


 それぞれの特性は、専用デバイスを使用することで、中央クラウドのナノ技術と量子演算による〈人工奇跡〉と呼ばれる現象を起こすことができる。


 しかし、世代を重ねた結果、その特性は薄まりつつあった。

 気質としては残っても、能力を発現できる者は今や千人に一人もいない。

 勾玉のような専用デバイスも、ほとんどのレムナントにとってはただの装飾品でしかない。


「腰痛治療する0.2ギガ減る……金取らないと割に合わないな」


 五年前、通貨はギガに一本化された。

 勾玉を使えば、その分だけ自分のギガ口座からポイントが差し引かれる。

 誰かを「治療」するたびに、自分の生活費と演算資源を削っている計算だ。


「公務員は副業禁止ヨ」

 テーブルの脚に巻き付けられたネット対応のICタグ——キャロラインが、冷静に釘を刺した。


「わかってるよ」


 翌日、となりのオギノ爺の腰を勾玉で治療した。

 

 うつぶせになった半裸のオギノ爺の背中から腰にかけて意識を集中させた勾玉をゆっくり這わせていく。

 翡翠色の光が皮膚の下に沈み込み、炎症を抑える。


 移民労働者としてさまざまな仕事に就いたという老人の背中は古傷だらけで、火傷のあともあった。

 肩に彫られた魚のタトゥーはどこかの部族に認められて入れた紋章らしい。


 治療が終わったあとも、独居老人は話をやめようとしなかった。

 昔はレムナントの能力なんて珍しくなかったこと、歴戦の傭兵として列島各地を渡り歩いたことなど、どうでもいい武勇伝を延々と聞かされた。


「ゴヤにいたころ、ディゼクタと会ったことがあるが、あれはやばい。およそ人間じゃないねえ。目がぎらぎらしていて、まるで歩く機関銃のような殺気だったよ」


「アレ、ゴヤジャナクテジャナカッタッケ?」


 窓際の止まり木にいた機械オウムが一羽、口を挟んだ。


「年寄ハ記憶ガ曖昧ナンダヨ」


 少し違う声の別の機械オウムが言った。


「うるさい、おまえら」


「ウルサイ、オマエラ」


 三羽の機械オウムが声を揃えてオウム返しした。


「ふん、最後はいつも息の合ったオウム返しでごまかしよる」


 アキラは思わず吹き出す。


「なあ、アキラ。おまえさんもいつかここを出ていくんだろ」


「ええ、仕事が更新されたら別地域に配属でしょうし、更新されなかったら、ただの辺境移民です。トキオに配属されたら、市民権をもらえるチャンスはありますけど」


「年寄りばかりが置いてけぼりだ」


「また新しい人が入ってきますよ」


「人ならいいがな。最近は、機械兵のほうが人口より多いなんて村の話も聞く。治安も悪くなる一方だし、トキオや自衛団は一体なにをしてるんだ」


 たしかに、「宗教団体」を名乗る盗賊が地方都市を襲撃するニュースは増えていた。

 異教徒への粛清だと言い、改宗しない住民を殺す連中だ。

 

 トキオは自治区の防衛に、ほとんど戦力を割かない。

 

 自治区とは名ばかりで、もともと切り捨てられた辺境だ。

 巨大都市は都市だけで経済が完結してしまう。

 金にならない辺境民を守ることは、コストのほうが大きい。

 表向きには、移民局による人口調整や、産業局による技術供与、アキラのような「地元出身の駐在員」の登用など、支援施策も行われている。


 だが、それらは辺境を保護するためというより、新興勢力や独立運動を芽のうちに潰すためのシステムでもあった。

 ユビキタ村は周辺の村と自衛同盟を組んでいたが、軍備は小さく、すべての集落に兵力を行き渡らせる余裕などないのが現状だ。


「ジイサンニハ、俺タチガツイテル」


 機械オウムの一羽が胸を張って言った。


「だから心配なんだよ」


 オギノ爺は目じりにしわを寄せて、憎まれ口を叩き、それからふっと笑った。


 治療を終えると、アキラは残りの署名集めと報告書の入力を片付け、一度自宅に戻って荷物を荷台用のボックスに詰め込んだ。

 そしてスクーターを山側へ向けて走らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る