第3話 カルナ/慈悲③ 最終試練への扉 あんたが私に勝てるわけがない
リナだった。いつものつり目の挑戦的なまなざしをスンに向けている。
親友は短めの髪をツインテールに結っている。いつか慰労会の巨大スクリーンで観た都会の「アイドル」を模しているのだ。
小柄なので、スンのものと同じ長さの試練の槍がより長く見える。
その周りにも、同輩の男女がいた。みな、スンを見ている。
「リナ、キリカ、アズマ、……ユウム」
子供のころからスンに対抗心を見せていた女傑のキリカ、去年の格闘大会の決勝でスンが倒した巨漢のアズマ。二人とも、槍に関してはスンとリナに次ぐ実力者だ。今日こそはという覚悟に満ちた目をしている。
少年の面影を残す華奢なユウムだけは悲しそうな表情だ。スンが見返すと力なく目線を落とした。
リナが一歩前に出てきて、槍の切っ先をスンに向けた。
「仲間を一人以上倒せば合格。最終試練への扉が開く」
「なぜ、私を待っていたんだ」
スンはわかっていたが、あえて訊いた。
「槍の試練はこれが最後だ。最強のスンを倒してこそ、真に選ばれし戦士となれる」
リナの槍の穂先が青く光る。
スンははじめて彼女を棒で打ち負かし、泣かせたときのことを思い出した。
あのときは二人とも泥だらけ、アザだらけになって、はじめて口や鼻から血を流した。でもそのあとは、一緒に手当を受けて、一緒に湯を浴び、寝て、次の日も、その次の日も、お互いの技についてあれこれ言い合い、技術を磨いてきた。
そう、すべては、このときのために——。
スンはリナに向かって槍を構え、短く息を吐く。
リナが一瞬だけ目を曇らせたように見えたが、考える間もなく、二人は同時に床を蹴った。
薄闇を斬り裂くように、二本の槍の先端が青く輝く。薄闇に尾を引く残光は、まるで槍が涙を流しているようだった。
正面から飛んでくる切っ先が頬をかすめる。肌をえぐる鋭い痛み。生暖かい血が頬を伝う。
大きな目を見開いて技を繰り出すリナの息遣いと、これまでに何度も感じた彼女の間合いと気迫。攻撃と防御のくせ。悲しいほどに、訓練の成果が生きている。
リナの動きが手に取るようにわかる。
カウンターでリナの腹を貫いたとき、とうとう私は熊や機械兵ではなく人を殺すのか、と思った。やけに冷静だった。
現実感がなかった。まるで自分の仮面をつけた機械兵になって、リナの仮面をつけた機械兵と闘っているようだった。
相手が傷を負って弱っていくのが感じられた。
徐々に動きが鈍っていくリナ。
彼女が血を吐いて自分の太ももにすがりつくように崩れるまで、自分が刺し貫いていた相手が苦楽をともにした親友であることを思い出せないでいた。
「——試練者番号6968、第三試練、合格——」
遅れて感情の揺らめきのようなものがこみあげてきた。
嗚咽をもらしそうになり、もう戻れないことを実感しながら、間髪入れず飛びかかってきたキリカの胸を槍で貫いていた。
床に膝を付いたキリカがうつぶせに倒れ、血だまりができる。
キリカの額のデバイスバンドが光り、何かの印のように点滅し、沈黙した。
続いてアズマの大振りの槍をかいくぐり、長い脚の蹴りをかわし、彼の首すじを一閃して倒す。口から赤い血を床にぶちまけながら、巨体が前のめりに崩れる。
最後に、静かに観戦していたユウムがゆっくりと立ち上がり、槍を構えた。
「スン、おれが勝ったら……約束してほしいことがある」
ユウムの声はかすかに震えていた。
スンは肩で息をしながら、相手の目を見た。はじめて人を殺した。しかも三人。自分の強さを実感できた高揚感と、一線を越えてしまった絶望感。
ゆらめく視界の中で、自分とユウムの持つ槍先の青い光がふらふらと揺れる。それは、絡みあうように舞う二匹の蝶のように蠱惑的だった。
あの光の向こうに——目指すべき未来がある。
「この試練が終わったら、結婚してほしい」
まっすぐにスンを見つめてくるユウムは、怯えたような、それでいて覚悟に満ちた目をしていた。
「おれは、なんとかして試練をくぐり抜け、おまえを守る」
以前から彼の想いには気づいていた。しかし、儀式に命を捧げる神前戦士にとって、恋愛も結婚も無縁の話だ。
「ああ——けれど」
急所を外して突いてきたユウムの槍をかわすと、槍を回転させ、彼の足を払った。床に組み伏せ、馬乗りになる。
青い切っ先をその眼前に突き付ける。
「……あんたが私に勝てるわけがない」
「ああ、だよな——」
ユウムは安堵したかのように目を閉じた。
「試練は終わった。殺すなら、殺してくれ」
そのとき、ユウムの額のデバイスバンドがかすかに光った。
直後、目を見開いたユウムの表情が固まり、血の気が失せていく。同時に、デバイスバンドから漏れ出る光がユウムの顔面を侵食するように、額から目、鼻、口に向かって幕を下ろすように覆っていく。
白いデスマスクが作られていく。
スンはユウムから体を離し、生きながら試練放棄を宣言した者の末路を見届けた。ユウムの顔は白い仮面で覆われ、ぴくりとも動かなくなった。
機械兵の仮面は、こうして作られていたのだ。
デバイスバンドに記録された試練のデータが機械兵の行動パターンをかたちづくる。肉体が機械に置換されたあとも、試練者は働きつづける。死んで灰になるか、奴隷になるか。その二択しなかったのだ。
第一試練で倒した機械兵たち——あれらは、機械の身体を与えられたあとも、なお悪夢のように戦わされていたのだ。
そんなおぞましい事実を目の当たりにしてなお、スンは歩き出した。自分でもわからない何かが彼女の足を動かし、最終試練場へと向かわせた。
最後の扉を抜けたとき、あまりの熱気に一瞬めまいがした。
仲間たちの血がこびりついた槍の柄を回して蓋を開け、仕込まれた錠剤を取り出す。それを唾で飲み干すと、すべての感覚が膜で覆われたようになった。
ちりちりした熱風が、ぼわっとした温風に変わる。耳鳴りが強まり、デバイスバンド経由の音が、地鳴りのような低温に混ざっていく。
ようやく部屋の光景が目に入ってきた。
夕陽に似たオレンジの光。部屋の中央に穿たれた巨大な大穴から吹き出してくる熱気。鉄をも溶かす、旧時代の巨大溶鉱炉だ。
大穴の上にはリシクル神の姿が浮かび上がっている。訓練場で何度も見た姿だ。しかし、今、目の前に現れたその立体映像はそれらとは違う。
身体を押し返してくる熱風と目をくらませる光を伴っている。存在が五感に迫ってくる。それはデバイスバンドが見せている拡張現実かもしれない。炎の輪郭を増幅し、神像の背景を過剰に輝かせている。
炎を擬人化した男とも女ともとれない美しい容姿。強烈な後光を放つその神々しさはスンの心をとらえた。いますぐに、その手の中に飛び込みたくなった。
『選ばれし戦士たちよ。さあ、最後の試練だ。我とひとつになり、新たな生となるのだ!』
声が直接、頭蓋の中に響く。
恐ろしかったが、それ以上に、歓喜があった。
これまで修行に費やしてきた日々や、ここまでたどり着けなかったキムやリナやユウムたちのために、町を守るこの偉大なるリシクル神とその繁栄のために、命を捧げることができるのだから。
輝く溶鉱炉に向かって、試練者たちが何かを叫びながら次々に身を投げていく。
そこには栄光が待っている。機械兵となって醜態をさらすことはない。額のデバイスバンドを残し、それ以外は燃えて消しくずになるのだから。
「あ、あ、あああ……」
涙があふれるが、すぐさま熱気に吹きとばされ、蒸発する。声はうなり声のような溶鉱炉の爆音にかき消される。
自分の感情も自我も、すべてが熱に呑み込まれ、主神とひとつに混ざり合っていくようだ。
「待て、行くな!」
背後から男の声が聞こえた。
振り向くと、アキラがいた。服がぼろぼろで、返り血を浴びたのか、汚れている。肩のバガスの羽根にも煤がついていた、
「あれは神なんかじゃない。マールの作り出した拡張現実、幻影だ」
わかっている——だからなんなのだ。
「マールは、ロボットの資源再生プロトコルを流用して、生贄システムを組み上げた。戦士を殺しつづけた。神の名のもとに、人口抑制と、死を恐れない戦士の育成データ採集のために。育成計画の結果を検証して軍を精鋭化するデータを蓄積するために。そんなもののために君が犠牲になることはない」
——本望だ。
戦闘技術と忠誠心を極限まで磨きあげ、そのデータがトゥクバの防衛に役立てられる。あの溶鉱炉に還ることで、私の人生は完成する。
スンの額のデバイスバンドが熱を帯びる。
リシクル神の光背の縁に、見知らぬ単語が一瞬だけ浮かんでは消えた。
〈MAAR CORE〉〈RESOURCE RECYCLE〉〈OVERPOPULATION CONTROL〉
スンは槍を捨て、ゆらゆらと渦を巻く熱気に向かって走り出した。
「おい、待て!」
「アイツモ、ホカノヤツラト一緒。説得ナンカ無理ナノサ」
部外者の声を振り切るようにスンは走った。何度も転びそうになりながら。まるで母の胸に飛び込む幼子のように、黄金色に輝く主神に向かって。
アキラの静止する声はもう聞こえない。
スンは、神への賛辞を叫びながら、赤いマグマのような燃え盛る海へ身を躍らせた。
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