第2話 カルナ/慈悲② 盗掘者と機械オウム        再度問ウ。汝、何のために戦ウ

 スンが生まれる少し前から、トゥクバでは機械兵の生産体制が安定し、人間の仕事は減っていた。

 職業訓練校に行った同年代の多くも仕事にあぶれ、やがて神学校へ「推薦」されてきた。


 そのほとんどが、神前戦士候補として、命をリシクル神に捧げることになった。

 自分の意思でここに来た者はほとんどいない。


「……戦士としての栄誉のためだ」


「否。戦士は死ヌ。栄誉など無意味ダ」


 熊が立ち上がり、鉤爪の前足を振り上げる。


 来る——そう思って身構えるより一瞬早く、熊は飛びかかってきた。

 

 反射的に槍の柄を盾にして攻撃を受け止めたが、勢いはすさまじく、踏ん張り切れずに背後に吹っ飛ばされた。


 「がはっ!」

 

 壁に背中を打ち付け、肺から空気が押し出される。

 倒れそうになるのを歯を食いしばってこらえ、槍を支えに身体を起こす。

 

 痛みも、死も、訓練の中でとうに味わいつくしてきた。

 ここで倒れるわけにいかない。

 

 熊は仁王立ちのまま、こちらを見降ろしている。


「再度問ウ。汝、何のために戦ウ」


 熊の両肩のパッチが開き、突起が突き出す。

 銃口だ。

 誤った答えを言えば、たちまち蜂の巣にされるだろう。


 神前戦士の数はスンの世代が最大だ。


 荒野の訓練場で仲間と槍を交えながら、丘の上の豪邸を見上げるたびに、「なぜ自分たちだけが」と思ったこともある。

 しかし、過酷な訓練の中で、それらはいつも一過性の雑念となり、教官の号令や仲間たちの掛け声にかき消された。

 

 自分たちが盾になれば、トゥクバの子供たちの未来を守れる。

 この苦しみも、きっと報われるときがくる。


「トゥクバの未来、そして、リシクル神の栄光のためだ!」


「試練、続行」


 銃が肩の中に格納される。

 

 熊は再び四つん這いになり、床を蹴って突進してきた。


 背後は壁。逃げてもやられるだけだ——直感がスンを突進させた。

 床を蹴り、大きく立ち上がった熊の腹の下の制御装置に照準を合わせる。


 「うおぉぉぉー!」


 振り下ろされる鉤爪を、紙一重で身を捻ってかわしながら、槍を突き立てる。

 ばちっ、と手のひらにしびれが走る。

 反動で押し戻された。

 距離を取らざるを得ない。

 熊はまだ倒れない。


 一旦間合いを開けようとした、そのとき——

 

 ばしゅん。

 

 空気が裂けるような音が響いた。

 熊の動きが一瞬止まり、赤い双眼センサーがちらつく。

 鉄の巨体が硬直し、腹をさらして立ち尽くした。


「……今のは?」


 考えている時間はない。

 スンは再び腹下へ飛び込むと、硬直した胴体めがけて槍を突き刺し、連打する。

 制御装置のある二つの丸いユニットに、青い火花が散った。


 最後の一突きで、玉が床にぼたりと落ちる。

 熊は、今度こそ前のめりに倒れた。

 

 全身から力が抜ける。

 大物を仕留めた達成感と、生き残ったという安堵と、それでもまだ終わっていないという緊張が胸の中で混ざり合う。

 

 ぱち、ぱち、ぱち。


 場違いな拍手の音が、静まりかけた部屋に響いた。


「すごいね。さすが、トゥクバの神前戦士だ」


 どこからともなく現れたのは、砂色のローブをまとった旅人風の青年だった。

 

 前髪が長く、表情はよく見えない。

 都会的な雰囲気のある、女のように整った顔立ち。

 背はスンより少し低い。

 腰には警備兵が使うスタンガン銃を下げている。


 肩に乗ったオウム型のペットロボが、ばさりと銀色の羽根を広げた。


 鳩ほどの大きさのその鳥は、銀色のボディに黄色い顔、頬にはオレンジ色の丸。

 頭に一本立った寝ぐせのように反り返るトサカが滑稽だ。

 一見すると生きた鳥だが、目はつやのない黒いレンズで、感情の代わりにセンサーが光る。


 前に市場で見たオカメインコという鳥に似ている。

 あまり美味くはないと聞いた。


 「部外者がどこから入った。試練の邪魔をしないでほしい」


 スンが槍を構え直すと、青年は両手を上げて見せた。


 「悪かった。私はアキラ・ユダ。¦MAAR《マール》っていうシステムを捜しているんだ」

 

 盗掘者——。


 スンはその単語を思い出す。

 各地に点在する旧時代の生成システムや人工知能を掘り起こして売りさばいている賊たち。


 かつてこのトゥクバには大規模なロボット工場があり、工作用ロボットを世界中に供給する製造拠点として繁栄していた。

 今も小規模ながら製造ラインが稼働しているが、放棄され眠っている生成システムも多数残存する。

 この男はそれらを狙っているのだ。


「マールってのは、このあたりで稼働していた生産管理システムで——」


「聞いたことがない。機械兵に見つからないうちに立ち去れ」


「このリサイクル工場のどこかにあるはずなんだ」


 アキラは倒れた熊の前足に腰かけ、手の中の黒いタブレットを操作した。

 建物の立体図のホログラムが浮かび上がる。


 平べったい円錐台の中央に、地下に続く立て坑がある。

 現在地を示す赤い点は、建物の地階部分の端にあった。


「八十年ほど前、周辺地域の干ばつでトゥクバへの移民は年々増えた。移民の多くは兵士や肉体労働者になった。三十年前に機械兵の量産システムが復旧してから、なぜか人口増大は止まり、代わりに君たちの『試練』がはじまった」


「なにが言いたい」


「年に一度の儀式の日だけ、その生産管理システム——マールのコアに至る道が開く」

「リシクル神をハッキングする気か」

「やっぱり知ってるんじゃないか。マールがその『リシクル神』を名乗り、君らに試練をやらせている」

「試練を愚ろうするのか」


「試練ノ先ニ何ガアルンダ?」


 甲高い声でしゃべったのはオウム型のロボットだった。


「話すことはない」


「アキラ、コイツダナ」

「こら、バガス。失礼だぞ」


 スンはアキラとバガスから顔を背け、奥の扉を見る。


 熊を倒したのにまだ開かない。

 その違和感に背筋がざわついた。


 はっ、と気づいた瞬間——


 ずごっ。


 鈍い音がした。


 アキラの背後で倒れていたはずの機械の熊が頭をもたげていた。

 大きな口を開け、アキラの頭を噛み砕こうとしている。


「アキラ、危ナ——」


 気付いたバガスの警告に、アキラが振り返る。


 その頬をかすめるように、スンの槍はまっすぐに飛んでいた。

 青い残光を引きながら、穂先は熊の大口を貫き、頭部を破壊する。


「——試練者番号6968、第二試練、合格——」


 よくやく自動扉が開き、その先の薄暗い廊下が見えた。


「アララ、危機一髪ダッタナ」


 バガスが羽根をばたつかせる。


「だから、さっさと立ち去れと言ったんだ。死ぬぞ」


「あ、ありがとう」


 尻もちをついたままのアキラは苦笑いをする。


 一体、どうやってここまで入り込んだのか。

 儀式の日に内部通路のロックが緩むのを狙ったのだろうが、試練者に平然と話しかける盗掘者など、長生きできるはずがない。


「どうして、助けてくれたのかな」


 唐突な質問にスンは虚をつかれる。


「君たちの試練を邪魔して、システムを奪おうとしている私を」

「……熊はあんたを試練者と誤認した。誤りによる死は、正しい死ではない」

「試練による死は正しいのかい?」

「あたりまえのことを訊くな」


 スンはアキラの前を通り過ぎ、熊の大口から槍を抜き取った。

 槍は損傷なく、プラズマ光も安定して青く灯った。


「この日のために、私たちは生きてきた。たとえ、どんな結果になろうと——」


 受け入れる——と言いかけて、スンは言葉を止めた。


 はじめて会った部外者に話すようなことではない。

 それに、試練の栄誉やリシクル神の偉大さを説いたところで、この遺跡あさりの野蛮人に理解できるとも思えなかった。


「とにかく、はやく消えたほうがいい」


「オオ怖ワ」


 スンはアキラたちを振り返ることなく、扉を抜け、廊下へ踏み出した。

 自動扉が閉まり、アキラとバガスの放っていた場違いな空気も隔てられた。


 心のどこかがまだざわついていた。


 正しい死——か。


 そんな言葉が自分から出て来るとは思えなかった。

 試練や死に対する議論など赦される立場ではなかったからだ。


 戸惑いを振り切るように速足で短い廊下を進み、突き当りの自動扉を抜ける。


 そこはだだっ広い部屋だった。天井もこれまででいちばん高い。

 いくつもの階層が吹き抜けになっていて、天井付近を走るパイプや配電線が薄闇のなかにうっすらと見える。

 中央の最終試練室を取り囲む円形の巨大回廊だ。


 すでにたどり着いていた別組の試練者たちの気配がした。


 あちこちで、青い光が蛍のように舞っている。


 槍と槍が激しく打ち合う鋭い音と、短い悲鳴と、喉の奥から絞り出される雄たけび。


 そして、断末魔——。

 

 目が慣れてくると、数歩先に立つ何人かがこちらを見ているのがわかった。


「遅かったね、スン」

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