シキソクゼクウ
下永聖高
第1話 カルナ/慈悲① 試練の槍 汝、何のために戦ウ
青い槍の穂先が機械兵の股間を貫いた。
くしゃりという装置の潰れる小気味いい感触が、掌を通じて腕まで届く。
「……腹減った。……めし……かあさん」
白い仮面の機械兵は不気味に唇を動かし、ぶつぶつと
正解は股間攻撃だった。
同じ組の試練者二十人のうち、いま立っているのはスンだけだ。
農作業や町の防衛を担う機械兵が剣を振り上げて試練室に押し寄せてきたとき、試練者の多くはその頭部を狙ったが、機械兵はなかなか倒れなかった。
逆に彼らに囲まれ、次々に斬られていった。
背後から風切り音。
剣で襲ってきた別の機械兵の攻撃をかわし、股間を突く。
前のめりによろめいた機械兵が倒れかかってきた。
そのシリコンの指が、カーボンの胸当てに覆われたスンの乳房に触れ、白い太ももにすがりつく。
「離れろ」
ひとふみで蹴り離す。
スンの攻撃意思を掌から吸い取るように、槍の穂先にプラズマが灯り、青く光る。
切断力を増した刃で機械兵の首元を一閃した。
葦の茎のような細い金属パイプとコードでつながった首が焼け切れる。
白い頭部がメロンのように転がった。
見た顔だった。
昔、同じ寄宿舎に住んでいた年長の女だ。
いつも眠そうにしていて、スンが夜に抜け出したときに見逃してくれたことがある。
転がった頭は川岸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくと動かし、
「……わたしの……ベッド、だめ……」
と呟いていたが、すぐに静かになった。
かつては工場の資材部屋だったと思われる無機質な部屋。
ほとんどスン一人で倒した機械兵の残骸が散乱し、それらの間で試練者たちは血を流して倒れている。
儀式用の胸当てと簡易な腰巻にサンダルという無防備な装いの男女。
死にきれず、傷を押さえてうめく者もいた。
とても助からないほどの量の血が床を赤黒く染めている。
残る機械兵は三体。
いずれも、すでにほかの試練者の反撃で満身創痍だ。
かつての試練者の死に顔をかたどられた無表情の仮面が、ぶつぶつと、生前に話していたのであろう意味のない言葉を呟いている。
滑稽であり、哀れだった。
黄泉の国から連れ戻された先輩たちは痛々しい足取りで、横たわる試練者の身体を乗り越えながら、スンに向かってくる。
スンは突進した。
手前の二体の股間を二連撃で撃ち抜く。
最後の一体——その仮面は幼馴染みのキムに似ていた。
スンがまわりと衝突するといつもかばってくれた兄弟子だ。
半壊した股間の装置はちりちりと火花が散っている。
「キム!」
思わず名を呼ぶが、機械兵は答えない。
確かなことは、振り上げられたセラミックの剣が自分を狙っていることだ。
やらなければ、殺される。
そのとき、キムの顔をした機械兵は、なにかに躓いたのか、よろめいて前のめりになった。
まるで首を差し出すように。
「ごめん」
すぱっ——。
軽い手応えとともに首が落ちる。
額に装着したデバイスバンドから淡々とした機械音声が流れた。
「——試練者番号6968、6975、第一試練、合格——」
奥の自動扉が音もなく開く。
「……だから……おれはこわい……なくて……それでも……スン……」
キムの仮面が唇をわななかせて動きを止めるまで、スンはその顔を見つめていた。
もう一人の生き残り、番号6975の男は機械兵の残骸の中で座り込んでいる。
腕やわき腹を切られているが、まだ動けそうだ。
男は自分が切り落とした機械兵の頭部を抱えている。
その仮面も、誰かの顔をしている。
「行くぞ」
男はうつむいたまま首を振る。
「……おれはいい。……棄権する」
スンは一瞬、説得の言葉を探しかけて、やめた。
ここは勇気が試される場所だ。
前に進む意思が折れたとき、試練は終わる。
スンは次の試練の間へと進んだ。
背後で自動扉が閉まろうとしたそのとき、男のうめき声がした。
振り返ると、閉まりゆく扉の隙間から6975がうつ伏せに倒れているのが見えた。
試練はあと三つ。
ほかの組も別ルートから建物中央の最終試練室を目指している。
最後に何が待つのかは知らされていないが、トゥクバの神前戦士として、最高の栄誉と誇りがそこにあるはずだ。
試練に臨む前に、三百人あまりの試練者は〈栄光の広場〉で血の誓いを立てた。
槍の穂先で自らの額に横一文字の切り傷を付ける。
滴る血を吸った槍がプラズマモードを解放し、
そして、試練官から手渡された白銀〉のデバイスバンドを額に装着した。
真ん中の縦の切れ目から、ひやりとした感触が流れ込み、皮膚と一体化して脳神経に接続された。
「——試練者認証。試練者番号6968付与——」
機械音声が頭蓋の内側で鳴り響いた瞬間、不安は静かな覚悟に変わった。
六歳で町はずれの神学校に入学し、戻ることのなかった家。
夕暮れの訓練場で倒れ、二度と起き上がらなかった同級生。
野外訓練での熊の襲撃、遭難、溺死、転落死、懲罰死。
脱走して追いつめられ、崖に身投げした者もいる。
そんな志半ばで散っていった仲間たちの命を背負って、いまここに自分は立っている。
途中で倒れることも、立ち止まることも許されない。
続く部屋は先ほどよりひとまわり狭い正方形の空間だった。
天井は建物二階分ほども高く、照明の灯りがまぶしい光を落としている。
その天井のハッチが開き、大型の機械兵がクレーンに吊るされて降りてくる。
拠点防衛用の熊型機械兵。
儀式用に白く塗装され、神々しい迫力をまとっていた。
前の試練での生き残りがいれば共闘できたが、一人で倒さなければならない。
その爪や牙の一撃をまともに食らえば、そこで試練は終わるだろう。
「キム、みんな……力を貸して」
狙うはやはり股間の制御装置。
攻撃をかいくぐって一撃でも入れられたら勝機はある。
クレーンの爪が外れる。
床に解き放たれると同時に、熊の目が赤く光り、スンをロックオンした。
「汝、何のために戦ウ」
熊が問いかけてきた。
男女の声が混ざったような合成音声だ。
「何の……ため」
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