L'homme-poisson du lac noir 〜 黒い湖の半魚人

平中なごん

Ⅰ 怪物の捕獲には怪奇探偵を

 聖580年代末。エルドラーニャ島サント・ミゲル……。


「──水かき? ……なんっすかこれ? バカデカいカエルの手とか?」


 大帝国エルドラニアが新天地(※新大陸)で初めて造った植民都市の一角、裏通りの本屋の二階に設けた事務所の中で、俺は奇妙な代物を見つめながら小首を傾げる。


 それは黒色の石の中に埋もれた人間の手の骨のようなもので、男の言う通り指と指の間には水かき・・みてえな線が確認できる。


「いや、それはカエルではなく、むしろ人間・・に近い存在の化石だ」


 俺の疑問に、その珍品を持ち込んだ当の本人はニヤリと笑いながらそう答えた。


 その男はカーキ色のジュストコール(※ロングコート)を着た黒髪巻き毛の中年エルドラニア人で、レンズの小さな丸メガネを鼻にかけている。名をウィリアーノ・カルル・マイラといい、メガネをかけてるだけあって生物学者であるらしい。


「化石?」


「太古の昔にいた生物の骨が石に変化したものだ。時として神はそんな戯れをなされる」


 聞き慣れねえ単語に俺が聞き返すと、そのウィリアーノだかいう学者は続けてそう説明する。


「へえ〜骨が石にねえ。いわゆる奇蹟ってやつっすね……んでも、人間に近いってわりにゃあ水かきがあるってどんな生き物っすか?」


 骨が石になるとは俄かに信じられねえ話だが、作り物にしちゃあ精巧すぎるし、学者先生が言うんだから、ま、そんなこともあるんだろう。


 だが、水かきのある人間ってのがよくわからねえ。いくら大昔だからって、んな生きもんいるもんなのか?


「〝半魚人〟とでもいえばいいのか……つまりは魚と人間の合いの子だ。原住民の間では古くから言い伝えられており、実際に目撃したアングラント人探検家は〝ギルマン〟と名付けた。アングラント語で〝エラ人間〟という意味だな」


 俺の心中を読んでいるかのように、学者先生はさらに説明を続ける。


「私はこの化石がそのギルマンのものだとみている。これを売っていた骨董屋は原住民の見つけたものを買ったと言っていた。で、その見つけた場所というのが〝黒い湖〟──今もギルマンの目撃情報の聞かれる場所だ……この意味がわかるかね?」


「意味? …といいますと?」


「つまり、この半魚人は太古の昔より実在し、今も生きながらえているということだ。『聖典』に記された悪魔〝ダゴン〟もこの生物と同種であり、今いるギルマンはその末裔かもしれん……」


 『聖典』ってのはプロフェシア教の根本経典だ。俺は不信心なんで読んだことねえが、神さまがこの天地を創造した大昔のことも書かれてるんで、そんな魚っぽい悪魔も出てくるんだろう。


「そこで、君に頼みたいのはそのギルマン捕獲の手伝いだ。生捕りに…いや、死体であっても手に入れることができれば、私は後世に名を残す大学者となれるに違いない」


 学のねえ俺が「へえ…」とか「はぁ…」とか相槌しか打てないでいると、学者先生はようやく本題を口にする。


「君はそうした魔物関連の専門家だと聞いた。総督府からも仕事を請け負ってるそうじゃないか」


 なるほど。それを耳にして俺の所を訪ねてきたわけか……確かに俺はそっち・・・系の依頼を専門にしてるし、総督府もお得意さまの一つだ。似たとこじゃ人魚を捕まえる手伝いなんてのもしたことあったな……。


 ああ、申し遅れたが俺の名はカナール。この新天地…いや、世界一ハードボイルドな〝探偵デテクチヴ〟だ。


 探偵──エルドラニア語の発音だと〝デテクティヴェ〟だが、こいつは最近できた新しい商売で、まあ簡単にいやあ、人探しや内密の調べものなんかをする、いわば私的な衛兵みてえなもんだな。


 浅黒い肌に碧の眼の外見からもわかる通り、俺はフランクル人移民の父と原住民の母の間に生まれたハーフで、しかもフランクルはエルドラニアの敵国ときてる。


 そんな俺がエルドラニアの幅をきかせるサント・ミゲルでろくな仕事につけるわけもねえ……そこで考えたのが、この新しい職業〝探偵〟だったというわけだ。


 それも、競合相手がいねえよう、魔物や幽霊なんかの怪奇現象を専門に扱うニッチな〝怪奇探偵〟を売りにしてる。


 そのために下宿してるここの本屋のオヤジから、泣けなしの大枚を叩いて魔物退治に特化した魔導書『シグザンド写本』(巻末付録『サアアマアア典儀』)も買った。


 エルドラニアみてえなプロフェシア教国だと魔導書グリモワーの無許可での所持・使用が固く禁じられてるが、闇の市場マーケットじゃあ非合法な写本が普通に流通してるし、こうして俺も手に入れることができたって寸法だ。


 ま、当局にバレりゃあ火炙りにもなりかねねえ危険と背中合わせの商売だが、ハードボイルドな俺様にとっちゃあ、お似合いの仕事ってもんだろ。


「ギルマンの標本を手に入れれば、私の成功に伴い莫大な金も入ってくる……どうだね? 報酬も弾むぞ?」


 俺が返事をするのも待たず、ウィリアーノは早々に金の話もし始める。生物学的大発見だかに興味はねえが、金になるんならたいへん魅力的だ。


 魚人間なんて胡散臭えもん、ほんとにいんのかもわからねえ代物だが、ま、学者なんてだいたい実家は貴族や金持ちだったりするし、手間賃はきっちりぶんどってやるぜ。


「わかりやした。そういうことならお引き受けしやしょう」


 金払いの良さそう客に、俺は一も二もなく了承した。


「では、交渉成立だな。これで我々も百人力だ」


「ところで、その黒い池だか沼だかはどこにあるんすか? そこへ捕まえに行くんでしょう?」


 顔色を明るくするウィリアーノと握手を交わしながら、そういえば聞いていなかったその仕事場所について俺は尋ねる。


「この島の中央部に広がる密林ジャングルの中だ。明朝出発するんで用意しといてくれ」


「……え? 密林ジャングル? ……てか、明朝!? ──」

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2026年1月18日 06:00
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L'homme-poisson du lac noir 〜 黒い湖の半魚人 平中なごん @HiranakaNagon

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