二 変化

 それからというもの、出勤時も帰宅の時も、電車がその辺りへさしかかるたびに、私はあの家の中を無意識に覗き見るようになっていた……。


 電車が思いのほか速く通り過ぎたり、また、私がうっかり見過ごしてしまうようなことももちろんあったが、通り過ぎるその一瞬に窓から中を覗くと、いつもそこに家族達の姿を見ることができた。


 と言ってもなんてことはない。両親と姉弟が食卓を囲むだけの、どこにでもある一般家庭のごくごくありふた日常の光景である。


 だが、その切り取られた日常の一コマが、淋しく一人暮らしをしていた私にとってはなんだかやけに眩しかった……今から思うと、そんな家庭的な空気感に癒しを求めていたのかもしれない……。


 それはそうと、毎日、同じ時刻の電車に乗る朝はともかくとして、帰りは残業などもあって時間はまちまちなので、毎度、私が覗くたびにダイニングへ集まっているというのもなんというタイミングの良さだろう。


 それとも、みんないつも一緒に過ごしているような、ものすごく仲のよい家族なのだろうか?


 いや、それにしたって、父親は仕事の都合で帰りが遅くなることもあるだろうし、母親には夕飯の片付けなど家事があるし、子供達もお風呂に入ったり、宿題をしたり、時にはゲームをして遊ぶなど、それぞれやることがいろいろとあるはずだ。


 それなのに、まるで私のスケジュールにでも合わせるが如く、横を通り過ぎるたびに皆が一部屋へ集まっているというのは……そういえば、朝も父親はだいぶ遅くまで家にいるようなのだが、いったいなんの仕事をしている人なのだろうか?


 そんな、そこはかとない疑問を私が抱くようになっていた頃、ごくごくありふれていた一家の日常にわずかながらにも変化が現れはじめた……。


 最初は、よほど注視していないと見過ごしてしまうような、ほんとに些細な変化だった……食卓の上に置かれているビール瓶の数が、なんだか急に増えたのだ。


 それまでは晩酌をしているような時であっても一本あるかないかくらいだったものが、ニ本、三本…と日を追うごとにだんだんと増えてゆき、さらには日本酒の一升瓶もテーブルの上に置かれ始めると、そうした状況が毎日続くようになったのである。


 父親の方を覗えば、目に見えてグダグダに姿勢も崩れ、なにやら酔っぱらって大声で喚きたてているといった感じだ。


 あまりの剣幕に対面の席に座る姉と弟は、蛇に睨まれた蛙の如くその身体を硬直させ、となりにいる母親はどうにかこうにかなだめすかしているといった様子である。


 何か嫌なことでもあったのだろうか? どうやら父親の飲む酒の量がここのところ急激に増加したらしい……。


 通り過ぎる一瞬の光景にそんな変化を感じとった私は、この家族の行く末にぼんやりとした不安を感じ、何事も起きないでいてくれることを心の中で密かに祈った──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る