三 異変

 ところが、そんな私の願いに反して、一家を覆う不穏な空気はますます色濃いものになっていってしまう……。


 ある日の夕方、不安を感じながらもいつもの如く家を覗いていた私は、思わず目を見開いてガラス窓に張りついてしまった。


 橙色オレンジに色づく、夕闇の迫るその部屋の中では、酔った父親が手をあげて、殴られた母親が倒れ込む場面が展開されていたのだ。


 母親の背後には姉弟が怯えた顔で立っており、彼女が子供達を庇った状況が容易に窺い知れる。


 だが、唖然とする私を乗せて電車は走り去り、気になるその後の行末を確かめられぬまま、無慈悲にも家と家族は遠ざかっていってしまう……。


 いわゆる〝ドメスティック・バイオレンス〟というやつだ。


 最近、なぜか異様に酒量の増えていた父親……アル中になったあの父親が、酔っぱらって家族に暴力を振るいはじめたのである。


 とはいえ、こちらは一瞬、前を通り過ぎるだけの電車の中だ……ここからではどうすることもできない。


 いや、それ以前に私はあの家族と縁もゆかりもない赤の他人だし、見ず知らずの家庭の事情にどうこう口を挟めるような立場にもない。


 私にできることとえば、ただただ母親と子供達の安全を願い、早く父親が正気を取り戻してくれるよう、陰ながら祈ることぐらいがせいぜい関の山だ。


 もうこれ以上、事態が悪化しなければよいのだが……もし今後もあのようなことが続くようであれば、警察に相談してみるのも手かもしれない……。


 そんなことを考えつつ、何もできない自身の無力さにやるせなさを感じながらも、私は鬱々とした気持ちを抱いて、その日もそのまま家路へとついた──。

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