鏡の中のピエロ

ねえサンゴ

鏡の中のピエロ

いつもの空き地の横を通り過ぎようとした時です。旧町の文化センターは、市町村合併にともなって取り壊され、広い空き地になっていました。放課後ともなると、サッカーやゲートボール場としてみんなに使われている場所に、今日は巨大なテントが張られています。

(何だろう?)

そう思った和也はテントの中をのぞいてみました。すると後ろから、

「ねえ。」

と、呼ぶ声がしました。和也は心臓が飛び出てしまうのではないか、と思うくらいにびっくりして振り返りました。みると、同じくらいの年の少年が立っていました。

「学校の帰り?」

少年は、和也のランドセルを見て、そんな事を聞いてきました。うなずくと、

「何年生なの?」

「6年生だよ。」

と和也が答えると、うれしそうに、

「僕も6年生だよ。ここは、サーカス場なんだ。僕も出るんだよ。良かったら、このチケットあげる。」

と言い、サーカスのチケットを1枚渡してくれました。

「ありがとう。」

和也はにっこりとして、そのチケットを受け取っていました。

「僕はもう練習に行かないと。絶対に見に来てね。待ってるからね。」

と少年は手を振って、走りながらテントの中に入って行きました。

サーカスは今週の日曜日です。わくわくして、なかなか寝つけません。

やっときた日曜日、あの巨大なテントのある空き地へと急ぎました。会場は、人でごったがえしています。なんとか席を見つけて座りました。

突然、照明が落ち、真っ暗になった会場内はざわつきます。そして、七色の光が会場内を飛びかい、その光はしだいに線となってゆきかいました。光がステージを照らして一点に集められた時、にぎやかな音楽とともに、チケットをくれたあの少年が、キラキラ光るボールにのって現れました。そしてサーカスの始まりを告げました。次の瞬間、少年はピエロに変わりました。ボールに乗りながら、ステージ上をゆっくり歩きます。和也の近くまで来たとき、手に持っていたスティックで和也を指しました。自然とピエロと目が合います。白い顔が不気味に思えて恐ろしくなり、すぐに視線をそらしてしまいました。再びステージ上に目をやった時には、もうピエロはいなくなっていました。ほっとしたような、あの子に悪い事をしてしまったようなそんな気持ちになりました。しかし、すぐに上の方に照明があたり、あの日のぞいて見た、空中ブランコが始まりました。丸い光に照らされた人が、ブランコからブランコへと飛びうつっています。すぐに夢中になり少年の事などすっかり忘れていました。



家に帰った和也は、さっき見たサーカスの光景を思い出しながら、居間でのんびりと棒付きのアイスを食べていました。すると玄関の方から、

「こんにちは」

と言う声が聞こえてきました。

「こんにちは」

また声が聞こえてきます。

「お母さん。お母さん?」

少し面倒くさそうにお母さんを呼びましたが、返事がありません。

(さっきまでいたはずなのにな。仕方がない。)

和也は、まだ半分も食べていないアイスを皿の上にのせると、玄関に急ぎました。すると、そこにはサーカス会場で出会った少年のピエロが立っていました。

「君、あの時の子だよね?」

「私は、夢かなえ人といいます。君の夢をかなえにきました。」

とピエロは微笑み、ゆっくりとした口調で言いました。

「夢をかなえる?」

和也は顔をしかめて、首をかしげました。ピエロはまた、ふっと微笑み、

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。君にたのまれて来たのですから。」

そう言って、一通の手紙を渡してきました。

『このピエロに何でも願い事をして。』

それは和也にあてられた手紙で、和也の字で書かれたものでした。そんな手紙は書いた覚えがないので、気味が悪くなった和也は、

「夢なんてないよ。早く帰ってよ!」

と、怒鳴るように強く言いました。しかし、次の瞬間、その透き通る目にすいこまれるようにピエロの顔をじっと見つめていました。しばらくして我に返ると、お母さんに言われた事を思い出していました。

「今度テストでこんな点数をとってきたら、家庭教師をつける事に決めたからね。」

この間、テストで30点を取ってきたらお母さんは怒ってしまい、僕の意見も聞かずに強行手段にでようと決意していました。さすがに、来年は中学生という事もあり不安です。しかしそれ以上に、今遊んでおかないと遊べなくなります。まわりの友達のほとんどが塾に通い始め、その大変さは話を聞いて痛いほどよく分かっています。家庭教師などつけられたら学校から帰ってきても、好きなゲームやパソコンが出来なくなるばかりか、サッカーの練習にも行けなくなります。なんとしても、これを阻止しなければいけないと。

「絶対に今度は百点を取ってみせるよ。そしたら、家庭教師なんていらないでしょ。」

なんて調子のいい事をいって切りぬけたけれど、あの日以来、何の勉強もしてきませんでした。しかも明日は、自分の運命を決めるテストがある事に気付きました。

「明日算数のテストがあるんだけど、試しに百点をとらせてくれる?そしたら君の言う事の半分くらいは信じられるかもしれないよ。それとも、こんなちっぽけな夢じゃかなえられないかな?」

和也の口から、自然とこんな言葉が出ていました。それを聞いたピエロは、

「はい。お安いごようです。それでは、これを。」

と言って、自分のかぶっていた先のとんがっている帽子を渡してきました。

「これを寝る前にかぶって下さい。きっと願いはかないます。」

そう言ったかと思うと、和也の前からピエロはすうっと姿を消しました。

どこにいったんだろう?キョロキョロあたりを見回しましたがどこにもいません。

(今のは何だったんだろう?)

と思いながら、ピエロにもらった手紙をズボンのポケットの中に入れました。

居間にもどると、さっき食べていたアイスは皿の上でとけていました。何だか損した気分になり、明日のテストの勉強でもしようかと部屋に戻ろうとしましたが、ちょうど見たいテレビ番組が始まりました。すぐに夢中になりテストの事もピエロの事もすっかり忘れてしまいました。

寝る時になってようやくテストの事を思い出しました。もうどうする事も出来ずに、ただあせるばかりです。すると、昼間ピエロが置いて行った帽子が目にとまりました。とりあえず、何もしないよりいいや。かぶって寝てみよう。本当は全く信じていませんでしたが、その時はわらをもすがる気持ちでした。



キーンコーン カーンコーン…チャイムの音が、3時間目の授業の終わりを告げました。

「今日のテスト自信がないよ。」

「勉強してないよ。やってきた?」

そんな声が飛びかいます。

(ピエロのやつ、あんな事を言ってやっぱり何も起こらないじゃないか。うそつきだ。勉強しておけばよかった。)

素直にそう思った時には、4時間目を告げるチャイムの音と共に、先生が教室に入ってきました。

「さあ、テストを始めるぞ。本やノートをしまって。」

と言いました。みんなザワザワしながら、ノートをしまっています。テスト用紙が前の方から配られはじめました。さっきまでとは違って、教室内はシーンと静まり返っています。それが余計に和也を緊張させます。自分の所にテスト用紙がきた時には、心臓のドキドキはピークに達していました。

「はじめ。」

先生の声が教室内に響きわたります。とりあえず名前を書きました。しかし、問題は解けないものばかりでした。

(どうしよう、あと5分しか残っていない。家庭教師は確実だ。)

と思った瞬間、眠りからさめたように、問題がスラスラと解けはじめました。

(僕は何をしていたんだ。でたらめな答えをかいて。)

消しゴムで消しては、次から次へと新しい答えに書き直していきました。

「はい、やめ。」

先生の声と同時に答えを書き終えました。何とか全部答えがうまり、ほっとしました。

数日後、あのテストが返ってきました。まず始めに先生が、

「和也、よく頑張ったな。このクラスでたった一人満点だ。」

と言いました。和也は耳を疑いました。あんなに勉強していなかったのに、一番であるはずがありません。しかし、確かに答案用紙には百点と書かれています。後ろの席の祐樹が、

「和也すごいじゃん。まさか、お前まで塾行くとか言ってサッカーやめるんじゃないよな。最近練習にも顔出してなかったから心配してたんだよ。」

と話しかけてきました。

「サッカーの練習に来てないって?」

和也はつぶやくように聞きました。

「そうだよ。練習に来ないで勉強してたんだな。俺はキャプテンになりたいから、練習ばっかりしてたよ。今日がキャプテン決める大事な日だから、河川敷に3時に遅れずに来いよ。」

和也はそんな話は知らないと、首をかしげながら祐樹の顔を見ると、

「やっぱりな、何か忘れてる気がしたから。」

そう言われて、いくら考えてもサッカーの練習に行ってない時間を思い出せませんでした。

学校が終わって、急いで家に帰りサッカーに行く準備をしていると、お母さんが部屋に入って来ました。

「テストは返ってきた?」

和也は答案用紙を差し出しました。お母さんは、目を丸くして、

「信じられない。本当にこんな点数が取れたの?」

「クラスで一人さ。」

少し得意気になって答えました。

「頑張れば出来るのね。いい家庭教師の先生を探したんだけど。」

「もう、家庭教師いらないでしょ。それより、今から大事なキャプテンを決めに行かなきゃならないから。」

と、もうお母さんの話は聞かずに家を飛び出していました。



何も練習していなかった時間はかなりきついと、あせる気持ちで走り出しました。すると偶然にも、あのピエロとすれ違いました。和也は呼び止めました。

「あの、この間はありがとう。おかげで家庭教師をつけられずにすむよ。」

というと、ピエロはゆっくりと微笑んで、

「いいえ、私はただ仕事をしただけですよ。」

と言いました。

「今からサッカーのキャプテンを決めるんだけど練習してないから。もう行くね。」

「その夢、かなえましょうか?」

「本当に?」

「はい。お安いごようです。この靴をスパイクの上からはいて下さい。」

と言って、先のとがってあがっている、ピエロの靴を渡してきました。

「嫌だよ。そんなのはいたらボールはけれないし、おかしいよ。」

「大丈夫です。他人からは見えません。」

和也が試しにはいてみると、ピエロは手鏡で足元を映しました。確かに鏡には映っていないし、はいている感覚もありませんでした。

「このボールをあなたのボールと交換して下さい。このボールでければ、どんな球でもゴールに入ります。」

と言って、ピエロがのっている、キラキラしたボールを渡して来ました。和也が受け取ると、普通のサッカーボールに変わりました。

(これなら、人に分からないな。)

と思って顔をあげると、またピエロの姿はありませんでした。

もう時間がないと、ピエロから渡されたボールと靴のまま河川敷に急ぎました。もうみんなは集まっています。キャプテンを決めるテストの内容が、張り出されていました。

『シュートの本数を多く決めた者。ダッシュのタイムが一番早かった者。』

どちらも、和也は苦手でした。シュートのテストから始まりました。すぐに和也の番になり、ピエロと交換したボールを地面に置きました。しかし、緊張からか足が全く動きません。次の瞬間、強い風が後ろから吹いて和也の足はボールをけっていました。ボールはゴールめがけて一直線です。テストが終わって、10本中10本は和也だけでした。

「今日は何だかすごいな。でも今度は、負けないぞ。」

と、祐樹が話かけてきました。ボールのおかげだなんて絶対に言えません。靴だってインチキです。そんな事が分かったらと思うと、和也は怖くなりました。しかし誰にも見えていないようです。それに今日だけだからと、自分に言い聞かし和也はダッシュのタイムを計りました。

 スタートした瞬間、また強い風が後ろからふいてきて和也の体を押しました。風に乗っているように、何だか足も軽いのです。あっという間にゴールに着くと、信じられない記録が出ていました。和也はやっぱり一番でした。

「キャプテンは和也にする。」

練習終了後に言われた時、

(一生懸命練習していた祐樹に悪いな。)

と思い少し戸惑いましたが、うれしい気持ちがかき消していました。




しかし、何日か過ぎると、やっぱりいつもの和也でした。テストの点数は再び悪くなり、しかられる事も増えてきました。サッカーでも肝心な所でゴールを外したりと、失敗ばかりしています。あの日以来、ピエロに全く出会えません。和也はピエロを探しに出かけました。町のいたる所を探しましたが見つかりません。家に帰る途中、巨大なテントがはってあった場所は、元の空き地になっていました。空き地に入ると、後ろから、

「ねえ。」

びっくりして振り返ると、あの時のピエロが立っていました。今までの事を全部話すと、フッと微笑んで、今度はピエロの着ていた服を和也に渡してきました。

「これで、全てがうまくいきます。」

和也は自分の服の上から、ピエロの衣装を着てみました。靴と同じ様に、人には見えないようです。全てが順調です。怒られる事など、全くありません。ノートを広げれば、勝手に宿題の答えが浮かんできます。答えを書き間違え、消しゴムを探して机の引き出しを引っ張りだしました。すると、引き出しのおくから手鏡が出てきました。

(僕のじゃない。でも見覚えがある。)

と思いながら、鏡をのぞくと、鏡の向こうで自分が勝手に動いていました。サッカーに行く途中に、ピエロが僕にみせた鏡だと思い出しました。

(鏡にうつっている僕は誰だ?今どこにいる?この世界は何だ?)

たくさんの疑問が浮かんできます。どこかおかしい所はないかと、和也は部屋中を調べました。すると時計の針は反対に動いています。置いてある全ての物が反対です。押入れをあけると、きちんとたたまれたピエロの服とあのキラキラ光るボールが置いてありました。ズボンのポケットには、あの日、ピエロから受け取った手紙が入っていました。

『このピエロに何でも願い事をして。』

和也はピエロと自分が入れ替わった事に、ようやく気が付きました。

自分の世界に戻るには、自分もピエロと入れ替わるしかないと考えた和也は、ピエロの衣装に身をつつみました。鏡にうつる自分はきっと元に戻りたいと思っているはずだと信じました。この手紙を見ればきっと気が付くだろう。そして元に戻れるだろうと願いをこめて、和也は玄関に立っていました。

「こんにちは。」

夢をかなえにまいりました…。


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