第9話「新たな日々の始まり」
◇◇◇
あれよあれよと時は過ぎ、気付けば入学の日はやってきた。
思えば、らしくない失敗を重ねてしまったと顔は不安に彩られる。
「うむ……。こんなつもりではなかったのだが」
出来る限り大人しくするつもりだった。魔法使いの中でも、前世の頃から引き継いだものがあまりにも巨大だ。知られたらどういった処遇を受けるかも分からないのだから、無闇にひけらかすのはやめておいた方が得策だと隠すつもりだった。
にも関わらず入学試験当日に、盛大にやらかした。魔力計測器を粉微塵に破壊した挙句、魔力の操作精密度を測る試験では、用意された風船の的が遠くに設置されていたものを全て、極めて最小限の魔力で正確に撃ち抜いた。それが大人でも難しいことだと分かったのは、終わった後のことだった。
「(試験官共め、そういう大切なことは先に言ってくれれば良かったのに。私とて基準が分からねば正確にできるはずもない。……いや、計測器を壊したのは流石にまずかったが。久方ぶりで、つい気が緩んでしまったか?)」
たかだか十五歳の小娘がやることにしては派手な挨拶じみていた。それもこれも、ヴィルヘルミナの前世における魔法使いたちが非常に高水準に保たれていたのもあると言える。自身の時代から、どれほど進めば、こんなにも衰退してしまうのか? 思わず考え込んでしまいそうになった。
「考えすぎても仕方ないか。所詮は子供だ、少し生意気なくらいが丁度いい」
貰った地図に従って町を歩く。首都から離れた場所にある、高い城壁に囲まれた賑やかな町。他と違うのは、学院の関係者でなければ過ごすことの許されない、魔法使いのための魔法使いによる魔法使いの町であることのみ。
「(……城壁が高い意味あるのか?)」
生活に関わる技術以外で大した魔法もないのに、と不思議そうに首を傾げる。魔法という神秘を秘匿するためには壁も無駄ではないが、ヴィルヘルミナからすると無用の長物でしかない。低レベルな町だな、と退屈そうに息を吐く。
新たな魔法の開拓と現時代への適応と言う意味では来た意味もあるが、思惑通りの結果を得られるかどうかが不安になってきて、頭が痛くなりそうだった。
「にしても流石に広いな……。ほとんど都市だと聞いてはいたが、私はどこに行けばいいんだ。まさか道案内もしてもらえないとは」
一見、何もかも完璧に見えるヴィルヘルミナだが、地図を見るのは得意ではない。実際に見て歩く方が頭の中で整理して覚えられる。おかげで縁のない道具というのもあって、時間に間に合うかどうかが怪しくなってきた。
「もっと早くに出発しておくべきだったな。アメリエとの時間を取り過ぎた」
足下に置いたトランクに腰掛ける。どう行くのかをじっくり見つめて悩んでいると、背中をとんとん、と叩かれて振り返った。
「こんにちは、可愛いキミ。その制服、魔法学院に行く途中だよね?」
真っ黒の髪。明るい雰囲気のある顔立ち。穏やかな深碧の瞳がヴィルヘルミナを優しく映す。にっこりと笑うボーイッシュな少女が、続けて問いかけた。
「私なら道案内できるけど一緒にどうかな?」
「頼みたい。私は地図を見るのは嫌いだ」
「あははっ、愉快な子だなあ! キミ、歳はいくつ?」
立ちあがったヴィルヘルミナは、トランクを片手に、地図をくしゃくしゃと丸めて近くに見えたゴミ箱の中に放り込んだ。
「十五歳。魔法学院に通う年齢と聞いた。お前は違うのか」
同じ制服を着ているのだから自分と変わらない新入生だと思った。実際、その通りなのだが、少女はくすっと笑って────。
「私は十六歳。君よりひとつだけ、お姉さんだね。十五歳から通うというのは半分正しい。正確には『通える』ってわけさ。去年は忙しくて遅らせたんだ」
「……なるほど? 規則についてはよく知らない、悪い言い方をしたな」
少女はけらけら笑って、愉快そうに謝罪を受け入れた。
「いいよいいよ、そんなの気にしないから。続きは歩きながらどうだい」
「実に的確な提案だ。受けよう、入学式に遅れるなど間抜けが過ぎるだろ」
それもそうだと少女は頻りに頷き、ヴィルヘルミナより半歩前を歩く。
「キミはどこから来たの、マックスウェル?」
「……ええと」
「首都の名前だよ」
「それならマックスウェルだ、デヴァル子爵家の支援を受けてる」
会話が淡々としているなあ、と少女は苦笑いする。キャッチボールのはずが、一方的にボールを投げるよう指示されている気分だった。
「デヴァル子爵家と言うと、魔法使いでも名門だね。前に孤児院から子供を養子にしたって聞いてたけど、キミが噂の子爵令嬢というわけだ」
「知らん」
ばっさり切り捨てるような言い方をされると戸惑いもしたが、少女はそれもヴィルヘルミナから感じる愉快な部分だと平然と受け入れる。せっかくなら友達になりたいと思って声を掛けた相手が、ここまで面白い部類とは思わなかった、と。
「私はアレックス・ド・トゥール。ド・トゥール伯爵家の娘だ。同じ高貴な身分を持つ者として、キミとは良い友達になれそうだね。キミの名前は?」
ぴたっ。と、ヴィルヘルミナの足が止まった。
「……身分ごときに興味はない。魔法学院を社交場と勘違いでもしてるのか」
対立的な姿勢を示すヴィルヘルミナに、アレックスは一瞬の驚きを感じたものの、人差し指をぴんと立てて口元に当てながら────。
「おや、意見が合うね。内緒だけど私も身分なんて大嫌いだ。やはり、キミとは良い友達になれそうだよ。名前をお聞かせ願えるかな、マドモアゼル?」
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