第10話「予定は大きく狂った」

 よくよく考えてみれば、とヴィルヘルミナは記憶を振り返った。


 ド・トゥール伯爵家は首都でも、それなりに歴史のある家門だ。デヴァル子爵家ほどではないにしろ、影響力はかなり大きい。これまで何度もお茶会を開く際に招待状を送ってきたが、ただひとり返事がなく、会ったことが一度もなかった。


「……あぁ、なるほど。だから出席しなかったのか」


「ご名答。でもキミが貴族嫌いだとは思わなかったよ。お茶会も頻繁に開くし、つまらないパーティにもよく出席していただろ? うわさは聞いてた」


 傍から見れば、孤児から養子に迎えられた、奇跡に救われた子爵令嬢だ。華やかに見えるだけの愚鈍な社交界の人間関係にも飛びつく、浅ましいどこにでもいる貴族令嬢に過ぎないというのが、アレックスの所感だった。


 だが、実際に目の前にいる令嬢は、想像とは雰囲気が逆の印象を与えてくる。貴族を身分ごときと見下している部分も大きな評価点になった。


「嫌いというと語弊がある。私は身分そのものは必要だと思っている。でなければ社会は均衡を保てなくなるだろう? 良くも悪くも先頭に立つ者は必要だ。だが、私という人間に関わるうえで身分を持ち出して来る奴に需要がない」


 そう言って、ヴィルヘルミナは再び歩き出す。呆気に取られているアレックスの腕をぱしっと軽く叩いて前を進み────。


「私に関わることを許可する。あとは好きにしろ」


「あっ、待って待って。じゃあつまり友達で良いんだよね?」


 慌てて追いかけ、隣に並んで歩くアレックスが尋ねた。


「……ヴィルヘルミナ。私の名だ、覚えなくても結構」


「そう言わないでよ、ミナ。私と友達になろう」


「弟子は取らない主義だが?」


「いや、弟子じゃなくて。ほとんど同年代なんだから仲良くってことさ」


 ヴィルヘルミナには、およそ友人と呼べる人間はいない。話す相手はいつも殺し合っているか、あるいは弟子に取った数名だけ。仲良くと言われても、どうしたらいいか分からないので適当に聞き流した。


「道案内。正確に頼む、遅刻はしたくない」


「ああ、それなら大丈夫だよ。キミ、勘違いしてるみたいだけど、」


 制服の袖を捲り、腕時計が見える。小さな針を指差して言った。


「入学式ならもう始まってる。私たちは大遅刻組さ!」


「……は?」


 いや、そんなはずはない。だって屋敷をでるときに時計を見たのだから。到着する時間から逆算して正確に睡眠をとって起床。そこから許容される時間まではアメリエと紅茶を飲みながら時間を潰して────。


「くそっ、時計が狂ってたのか。急ぐぞ、遅刻しても顔を出さねば」


「それはその通りだね。じゃあ、ちょっと急ごうか」


 楽しそうに先を走っていくアレックスを追い掛けながら、ヴィルヘルミナは背中に声を掛けて文句を口にする。


「なぜ遅刻していると分かっていながら、のんびりしていたんだ」


「いやあ、遅刻したからって急いでも結果は変わらないだろ」


 自身の行いの悪さにもけろっとしているアレックスに、こいつに聞いたのが馬鹿だったと思わざるを得ない。とはいえ結果が変わらないと言われたことには、それなりの理解はあった。どのみち、遅刻している。命に係わることでもないかぎり、そうまでして急ぐ理由があるのかと言われれば、自分の体裁くらいなものだ。


「ああ、だけど、私たちの寮がどこになるのかは聞いておかないと困るなあって、今ちょうど思ったところだ。去年、私の姉が遅刻しすぎたせいで自分の寮がどこか分からなくなって先生に尋ねにいったとかなんとか」


「お前の家系は遅刻することが家訓にでもなってるのか」


 とんでもないのと関わってしまったかもしれないと僅かな後悔を抱く。


「なぜそこまで怠惰なくせをして魔法学院に通うんだ。ド・トゥール家ともなれば魔法を学ばずとも、生きる道は他にもあっただろう」


「好きなんだ、魔法って奴が」


 さっきまでの飄々とした雰囲気はなく、いたって真面目な言葉を呟く。


「私は生まれつき魔力も殆ど持たない。だけど好きだから通うことにした。お父様は反対したけどね。家門の面汚しになるだけだってさ」


 ほんの数秒、沈黙が支配した。ヴィルヘルミナは思考の中に周囲の音が入り込む隙間すらない。目の前の若い娘の魔法が好きだという真剣に愛する微笑みが、前世の自分を思い起こさせた。


「私も若い頃はそうだった。魔法は退屈を忘れさせてくれる」


「今でも十分若いだろ。何歳の話だい、それ」


「さあな。とにかく、お前とは気が合いそうだ。よろしく頼む」


 魔法の真理に触れたい探究心。己の欲望を満たすための道具。魔法の神秘は、それほど軽率なものとして扱われていいものではない。あらゆるものを極めてきたヴィルヘルミナの中で、魔法は何よりも尊い存在だった。


 だから、認めた。欲望を満たすのではなく、ただ愛する者を。


「それで入学式の会場はどこになるんだ?」


「町の中央にある、でっかいお城みたいな建物のある敷地だよ。あの中にある、第二校舎に併設された屋内訓練場に集まるんだって」


 厳かさと華やかさの織り成す美しい建造物。もうすぐそこまで来て、アレックスが指差す。ヴィルヘルミナはジッと目を細めて────。


「よくもあんな趣味の悪い学び舎を建てられたものだな」


「ぶっ……はっはっは! 言えてるかも~!」


 隣で大爆笑するアレックスを見て自身も何となく、愉快な気分になった。

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