除夜の鐘
壱原 一
昨年末は大学時代の友人宅で年越ししました。時折オンラインで歓談する同窓生グループの内の1人で、当方の居住地近くへ中期出張中なので一緒に年越ししようと誘ってくれたのです。
友人宅アパートの最寄り駅で久し振りの対面を喜び、酒やつまみや年越し蕎麦なぞを買い込んで宅飲みへ雪崩れ込みます。
打診された時に薄ら予感していましたが、飲み進めて酔いも話も深まり切った頃合に、同棲していた恋人と別れたと打ち明けられました。
そこそこ長く交際し
友人は底の抜けた
淋しい淋しいと
地上3階から望む住宅街の明かりを前に、丁度乾いて凍てついた深夜の
酒気と
鐘の音はたっぷり間を置いて繰り返し音波を寄越します。お陰で
けれど丸剥けの
と抽象的かつ感傷的にぼうっと煙草を吹かした所、恐らくお寺はあの辺りと察せられる左斜め前の遠くから、群衆の
不測の事態を窺わせる揺らぎや乱調は無く、
年明けには少し早かったので祝賀の声では無さそうです。
*
どこどこ、ぞろぞろ、わさわさと、かなり大きく素早くて低く、とても密やかに籠った音です。夜中に遥か屋内で聞く道路工事の轟きに似ています。
その
防音室越しめいた、はたまた耳が詰まった時めいた、
5、60の歳の頃の、男と見受けられました。
発芽したての豆が、芽を引いて走っている風な
路面へ横たわる首の側面と顎下とに無数の足が生えています。それらの足で走る巨頭が、苦み走った呆れ顔で、落胆した両目を伏せ、力なく大口を開けて水っぽい舌を覗かせています。
顎の付け根や
目撃し、暫し処理できず、漸く何だあれと
それで一刻も早く落とし処を見付けたがっていた脳が、除夜の鐘だなと判じました。
あれはきっと除夜の鐘だな。あの
除夜の鐘と共に走り回り、衆生の108の煩悩を払って下さっているんだな。
徐々に近付く頭から目を離し、お寺の方へ目を向けると、近隣各所に同様の影が蠢いているのが見て取れます。
目を戻せば例の頭が下の通りへ差し掛かっていて、支離滅裂な落とし処に泰然と落ち着ける訳も無く、その場へ留まるのは
どこどこ、ぞろぞろ、わさわさと、
内の1本が泣き疲れて熟睡する友人の
友人は無反応で寝ています。
出されているのは煩悩でしょう。
煩悩だな。
煩悩だろう。
お坊様が払って食べてくれる。
煩悩だよなと硬直し、口を干上がらせて見ていました。
その隙に当方の蟀谷にもせかせか無遠慮に手が触れて、生温くぺっとりとした皮膚の薄そうな触感に、肝を潰して声も無く己が腕を振り回して拒みました。
手はあっさり引き上げました。
それなら友人の方の手も
友人から払われた煩悩は、多分お坊様に食べられた。
どこどこ、ぞろぞろ、わさわさの音が遠ざかる部屋の中で、友人は相も変わらずすやすやと眠っていました。
数秒立ち竦んでそれを眺め、途中で無意識に火を消してずっと指に挟んでいたらしい煙草の吸い殻を携帯灰皿に仕舞い、所在なく時間を潰す内に寝入って元日を迎えました。
*
起きるなり
年明けの朝日が注ぐ部屋で賑やかなテレビ番組をお供に気の抜けた挨拶を交わして黙々と蕎麦を
こうした朝に
当方が我ながら涙ぐましく涎を垂らして待ち続けた合図です。
しかし当方の情動は波1つ立たず平穏で、口に芳醇な蕎麦を含んでいたため鼻からふふっと笑いました。
*
これはやはり大晦日の夜に来た除夜の鐘と見込む巨頭の影響を排しては語れない変化と思いますが、あれに煩悩を払われたゆえ変化があったとするならば、手を
片やの蟀谷に触れた分を避けたものの、後ろ頭や反対から友人がされたのと同じ様に手繰り抜かれていたのでしょうか。
ではなく
とまれ焦がれる相手としての友人にはすっかり未練がなく、今は大学以前振りに、のんびり
元日に蕎麦を食べたあと友人と初詣に行きました。
先はご想像に違わず友人宅アパートのベランダから見て左斜め前の方に建つお寺で、言わずもがなの事ながら、何ら
終.
除夜の鐘 壱原 一 @Hajime1HARA
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