第五話

 役所を出ると、小さな広場があった。

 石畳の端に草が残り、木陰がいくつかできている。昼下がりの空気は穏やかで、仕事を終えた大人の気配よりも、子供たちの声の方がよく響いていた。


 妾はその様子を、少し離れたところから眺めていた。


 走り回る者、地面にしゃがみ込む者。

 木の枝を手に、何かを描いている子がいる。


「お姉さん、髪きれい!」


 突然、声をかけられた。

 振り向くと、数人の子供がこちらを見ている。好奇心だけでできた視線だ。


 妾は何も答えず、視線を逸らす。

 そのまま、地面にしゃがみ込んでいる子供の方へ歩いた。


 枝の先で描かれていたのは、ドラゴンだった。

 翼があり、胴があり、尾が伸びている。線は荒いが、全体の形は崩れていない。


「上手いな」


 そう言うと、描いていた子供は少し胸を張った。


「よく描けている」

「君たちは、ドラゴンが好きなのか?」


 問いかけると、周囲の子供たちが口々に答える。


「かっこいい!」

「強そう!」

「空飛ぶんだろ!」


 どれも単純で、迷いがない。

 恐怖を含んだ声は、ひとつもなかった。


 ……恐れられていないな。


 妾は、ふと昔のことを思い出す。

 かつて、子供たちの前で「ドラゴン」という言葉を口にした瞬間、泣き出されてしまったことがある。顔を歪め、逃げ出し、親の背に隠れた。


 あの反応が、まだ記憶に新しい。


「変わったな」


 小さく、そう思う。


 妾は枝を借り、地面に腰を下ろした。


「ドラゴンは、君たちを見ている」

「かっこよく描けば、喜ぶだろう」


 子供たちが目を輝かせる。


「コツを教えてやる」


 そう言って、地面に線を引いた。


 翼を描いたつもりが歪み、胴は妙に短く、尾は途中で途切れた。

 全体として、どう見てもバランスが悪い。


 描き終えた瞬間、子供たちは顔を見合わせた。


「なにこれ?」

「潰れた鳥みたい」


 笑い声が上がる。


 妾は、その絵を見下ろし、一言だけ返した。


「そうか」


 それ以上、何も言わなかった。




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