第六話

「……そろそろ、行くか」


 妾はそう呟き、広場を後にした。

 子供たちはすでに別の遊びに戻っている。別れの言葉も必要なかった。


 竜性を付与し、空へ出る。

 風を掴み、半日ほど飛び続けた。目的地は定めているが、場所の名は必要ない。約束がある。ただ、それだけだ。


 やがて、裕福な屋敷が見えてきた。

 敷地は広く、塀は高い。門があり、外と内が明確に分けられている。人が長く権力の中枢にいた家だと、一目で分かる造りだった。


 妾は門へ向かう。


「止まれ」


 低い声が飛ぶ。

 門番だ。年齢は分からないが、感情を交えない目をしている。


「部外者は立ち入ることが出来ない。帰れ」


 説明はない。命令だけだ。


 妾は一歩引き、問いを投げる。


「名はなんと言ったか。……まあ、ここの主人だな」

「その前に、まだ存命しているか?」


 門番の眉がわずかに動いた。


「ふざけたことを言うな」


 それ以上、取り合う気はないらしい。


「君は、ドラゴンについて聞いていないか?」


 その問いには、即座に返答が来た。


「通報するぞ」


 短く、冷たい言葉だった。


 妾は黙る。

 力を使う理由はない。正体を示す意味もない。ここは、そういう場所だ。


 ——さて、どうしたものか。


 一瞬考え、懐に手を入れる。

 役所で受け取った、ドラゴンの便箋が指に触れた。


 妾はそれを取り出し、門番に差し出す。


「これを渡してくれ」

「妾が来たと、伝えればよい」


 門番は訝しげに見るが、受け取らない。


「危険はない」

「しばらくは、この街にいる」


 言葉を重ねる。


「明後日、また訪れよう」


 それだけ言って、妾は踵を返した。

 門の向こうから、呼び止める声はない。


 空へ戻ることはせず、歩いて離れる。

 この街に留まる理由が、一つ増えただけだ。


 竜は、すぐに会うものではない。

 約束とは、そういうものだ。




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