第二章 揺らぐ境界 第三話 [第二章最終話]

※R15相当:本作品には、性的接触および暴力的な回想を含みます.

直接的な描写ではなく、情感と心理を中心に構成されています。

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シーン02-07 正江――混沌への予見


私があの子のこと、ずっと見とった。

そら、お母さんには勝たれへん。


けど、小学校から中学校にかけては――

だいぶ「お母さん代わり」で接してたんやと思う。


正也がだんだん男らしくなってきた高校の頃には、

私はもう家を出て、寮生活になってしもてた。


せやから――私の気持ちに気づくのが、遅れたんかもしれへん。


これだけ離れたら、姉弟の情は薄れそうやのに、

私らは逆に、もっと深うなった気がしとった。


最初は、帰省は長い休みを年二回にしよう思てた。

けど、年々増えてくる休みを使こて、

二か月に一回くらい帰るようになったんも――正也に会うためやった。


──


最初は、自分の気持ちがようわかってなかった。


正也の顔を見て、いつもみたいにいじって、ちゃんと笑って迎えてくれる。

それだけで嬉しかった。

それが、私にとっての“正也”やった。


学生の頃、ちょっとした恋をしたこともあった。

けど、どれも続かへんかった。


相手の人が悪いわけやない。

私の方が、どこかで線を引いてしまうんや。


自分でもようわからんのに、

「まだ心の準備ができてへん」とか、

「今は勉強に集中したいねん」とか。


……もっともらしいこと言うて逃げてた。


ほんまは違う。

――他の誰かに触れられたくなかっただけやと思う。


──


正也の笑う顔を思い出すたび、胸の奥が暖こうなる。

それだけで、心が満たされてた。


電話越しの声を聞くだけで、眠れん夜でも不思議と安心できた。

それが「恋」に似てると気づいたのは、もう少し後のことやった。


電話を切ったあと、どうしても眠れんで起き上がって、窓の外を見た。

正也のおる方を見てたら、胸がざわついてしもて――。


あの日は、大きな流れ星が落ちた。

目の前で燃え尽きて消えるまで、ずっと見てた。

燃え尽きる瞬間に、パッと強く光ったのは、忘れられへん。


──


最初に自分の気持ちに違和感を覚えたんは、

正也と沙織ちゃんが付き合い出したって、香織ちゃんから聞いた時やった。


あの子は、私が構いすぎたから年上に惹かれたんやろな、思た。

けど、ほんまは違った。


私が「姉」で止まってしもたからや。

ほんまは――私が足りてへんかったんや。


家に帰ってちょっとつついたら、赤い顔して、

「沙織さんと今度、神戸行くねん」って照れくさそうに言うのが、また可愛かってん。


その晩、布団の中で涙が止まらんかった。


──


沙織ちゃんはええ子やし、綺麗な子や。

正也が惹かれんのも当たり前やって、そう思いこもうとした。


けど、思わず小さい声で言うてしもた。

「……なんで正也に手を出したんや」


なんでか、涙が出とった。

悔し涙やった。


次の日、じっとしてられんようになって町に出た。

そしたら、正也が欲しがっとった靴が目に入った。


そんなこと考えてしもたお詫びに、

正也が欲しがってた靴を買うたった。


沙織ちゃんに悪態ついたお詫びさえ、正也にしか返したなかった。


――ちゃうねん。


ほんまは、あの靴、お揃いにしよって考えてたんや。

沙織ちゃんと出かける時に正也が嬉しそうに履く靴なんて、もう、私は要らんかった。


──


そのうち、詩織ちゃんも正也に目ぇつけたんがわかった。


「詩織ちゃん本気やで」って、正也に教えたった。

そして言うたんや。


――ちゃんとせんと、みんな壊れるで、って。


……私、わかってんねん。

この先、どうなるか。


そのこと考えたら、ちょっと笑ろてまうねん。


──


詩織ちゃんが来るで――。



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エピローグ 明日、行くから


明日の支度で、制服にアイロンかけとった。


私、部屋の床にぺたんと座り込んでた。

アイロン台の上にプリーツスカート広げて、

そっと手を置いたら、いつもと手触り違うようや。


机の上の招待券。

「Z学院文化祭 来賓招待券」


一昨日、お母さんから渡された。

ずっと行きたかった文化祭。

明日がその日。


アイロン入れたら、じわっと熱なって、

いつもの部屋が、ちょっとだけ違う場所みたいになる。


なんやろ。

胸の奥が落ち着かへん。


プリーツな、

一本ずつ、ちゃんと見んとあかんねん。


焦ったらあかん。

急いだらあかん。


そう思いながら、ゆっくり滑らせる。


ここ、ずれてへんかな。

折り目の……山も……谷も……。


うん、大丈夫。


もう一回、念のため指すべらせる。


くしゃっとしてた線が、

すっと真っ直ぐになってって、

心まで整っていくみたいで、

ちょっとずつ。


明日、気づいてくれへんかもしれんけど。


せやけどな。

このスカートには、今の私の気持ち、

全部詰まってるねん。


最後に全体見て、

指でそろえて、

深呼吸ひとつ。


──


ハンガーにかけて、制服の横に吊るした。


白いセーラーカラーの紺色のセーラー服。

胸元には赤の刺繍の校章。


小さい頃の、彼岸花の首飾りみたいや。


内川くん。

明日、行くから。


あっ、お母さんが呼んでる。


「和代、お風呂入りや」

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