第一章 違和感という予兆 第二話

※R15相当:本作品には、性的接触および暴力的な回想を含みます。

直接的な描写ではなく、情感と心理を中心に構成されています。

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シーン01-02 木島家の三姉妹――長女・香織


香織は三姉妹の長女で、二十四歳だった。

僕にとっては、眩しい大人の女性だった。


短大を卒業して、今は名の通った企業に勤めていた。

どんな仕事なのかは知らなかった。

けれど、香織がそこにいるだけで、「職場」という言葉が華やぐような気がしていた。


知っていたのは、誕生日が七月七日だということだけだった。

七夕の織姫にちなんで「織」の字が名前に使われたのだと、香織が教えてくれたことがあった。


「私な、織姫ちゃうから、会いたかったら一年中会えるし……雨降ってても、な」


顔を寄せ、そう言って、香織はそっと僕の手を握った。

その瞬間、耳元に感じた甘い息の温度と、ふわりと立ちのぼった香りは、ずっと記憶に焼き付いていた。


セミロングの髪を颯爽と揺らして、スーツ姿で帰宅する香織は、間違いなく僕の憧れだった。


家にいる時の香織は、昭彦のお母さんを手伝って台所に立つことが多かった。

彼女が台所に立つと、決まって僕を呼び止めては、ちょっとした手伝いを頼んできた。


そして最後は必ず、自分の手で料理をとって僕の口元に運び、味見をさせてくれた。

いつの間にか、僕専用の食器や箸まで揃えてくれていたのも香織だった。


名前は書かれていないのに、確かに「僕の席」がそこにあった。

それはまるで、香織の手の届くところに僕の居場所を整えてくれているようだった。


その優しさに、僕は何か、特別な想いを抱いていた。

胸の中に感じた熱と、やわらかな痛み──。

それは、憧れの先にある感情だったのかもしれなかった。



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シーン01-03 木島家の三姉妹――三女・詩織


三女の詩織は、学年は一つ上の高校三年生だった。

十一月二十九日の誕生日までは、僕と同い年の十七歳だった。


昭彦と一緒にいると、あれこれと僕をからかい、やたらとちょっかいをかけてきた。

言い返しても、結局は何倍にもなって返されるばかりだった。


気づけば、去年あたりから少しずつ、距離が近くなっている気がしていた。

僕が広げているノートの端に「詩織参上」と落書きしたり、机に出していた僕の肘の上に自分の腕を重ねてきたりした。


いきなり耳元に顔を近づけて、「正也のあほ」と囁いてくることもあった。

さらに、僕が背中を向けていると、隙を狙うようにそっともたれかかり、甘えるような仕草で構ってきた。


背中に胸が押しつけられると、どうしてもドギマギして、冷静な返しができなくなってしまった。

そんな時にはなかなか顔を見せてくれなかったが、ある日、彼女の顔も真っ赤に染まっていたことに気づいた。


ショートカットが似合う詩織には、清潔な石鹸の香りがよく似合っていた。


ただ、僕が沙織や香織と親しく話しているとき――。

ふっと黙り込み、視線を逸らす瞬間があった。


その視線の奥には、言葉にならない感情が揺れているようで、理由もわからず、僕の胸の奥がざわついた。

何かを探るような詩織の指先の震えが、何かを語っているようだった。


からかいが止む、その一瞬だけ。

瞳の底に、水面のきらめきのような光が立った。


僕の心には、「もしかして」と「まさか」のラリーが、いつまでも続いていた。



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シーン01-04 木島家の三姉妹――次女・沙織


次女の沙織は、大学三年生で二十一歳だった。

誕生日が六月十六日で、紫陽花のように静かに色が移ろうしなやかさがあった。


その色の揺らぎが、清楚さの中にはっとするような色香を感じさせていた。


普段の沙織は、いつも静かに僕たちを見守ってくれているような人だった。

そこには香織の成熟や詩織の衝動とは違う、頬を撫でる風のような誘いと導きの予感があった。


沙織は多くを語らなかったが、視線や仕草には不思議な重みがあった。

僕がふと顔を上げると、そのまなざしに気づくことがあった。

目が合うと、彼女は伏し目がちに、やさしい笑みを返してくれた。


その笑みは、声よりも静かに胸へ届き、触れようとすれば淡く遠のいていく。


このところ、沙織がよく話しかけてくれるようになっていた。

とりとめのない話が多かったが、ある日の言葉が、強く心に残っている。


「もう、誰かに引っ張り回されるの、嫌やなあ」


そう言って、僕の腕にそっと触れ、微笑んだ。

沙織の指先から、何かが僕の腕を通して染み込んだ。

それは清涼な感覚で入り込み、いつしか抗えない熱を僕にもたらした。


「正也くんは、優しいなあ」


本当の意味は分からなかったし、聞いてはいけない気がした。

それでもその時、沙織の心の隙間と、そこに滲む寂しさのようなものが、瞳に一瞬浮かんで消えていった。


それが何か、何をすればいいのか、あるいは何ができるのか。

僕には分からなかった。


けれど、香織と詩織からも、どこか似た感情の気配を感じていた。

ただ、その形も、温度も、手触りも、三人それぞれに違っていた。

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