第三話 再嫁

 千代が住まいで医者の真似事を始めてから半年程が過ぎた。

 半年の間、三崎玉雲軒は自身が通うか弟子を寄越して千代の医方を検分し、誤りがあれば正し、不足があれば補った。医書の解釈についても細々と教え、薬の調合についても幾つかの秘伝を授け、幾人かの薬屋とも引き合わせた。

「あまり教えることがなかったな。九郞左め、良い嫁を貰いよった」

 玉雲軒は九郞左衛門が仕込んだと思うているが千代は一度として九郞左衛門に医方を教わったことはない。全て見て聞いて憶えたことだ。心底惚れ抜いた九郞左衛門のことなので、どんな些細なことでも疎かにせず全てつぶさに憶えている。そして亡くなってからは繰り返し繰り返し思い返しその想い出に耽った。また九郞左衛門の想い出に浸る為に九郞左衛門が残した医書を読んだ。生前九郞左衛門が何をしていたか、何を云うていたか。死後に理解出来たことも多々あった。

「玉雲様の御蔭で、また九郞左衛門に会えた気が致しまする」

 初めは玉雲軒が恐くて縮こまっていた千代も今ではすっかり打ち解けている。

「はは、妬けるな。九郞左め、口説いてもなびきよらん」

 玉雲軒はいつもこうやって千代を揶揄からかうた。初めの頃は赤面して俯くばかりだった千代も半年も付き合えば慣れたものである。笑ってやり過ごすと玉雲軒はつまらんと云うて笑うた。

「もうそろそろお暇しようかの」

 と玉雲軒。

「明日から寂しうなります」

「同じ谷におるんや。会いたけりゃあ訪ねて参れ。毎日でもよいぞ」

「そうで御座いますね。時々は訪ねて差し上げまする」

「云うようになったな」

 二人で笑う。

「逢瀬のようで楽しかったわ」

「此方こそ、楽しう御座いました」

「これからもよう励めよ」

「肝に銘じておりまする」

 三崎玉雲軒は千代の医方に御墨付きを与えた。


 千代が一人で冨田の道場を見守るようになってから門弟どもが遠慮なく訪ねてくるようになった。師の美しい兄嫁にかまいたく、些細な怪我で手当を求めてやってくるのだ。然もその半分は自分で抓ったり叩いたりして打ち身を偽る少年である。千代は毎日その嘘吐きどもを叱り飛ばしたが随分と慰められもした。夜寝床で九郞左衛門に報告することが増えて気付くと翌朝目覚めることを楽しみに眠るようになった。

 永禄三一五六〇年。越前に遅い春が訪れつつある頃、千代は元気だった。


 春が過ぎ、夏も終えて葉月の朔日である。

「うーん」

 昼八つ午後二時頃、千代は困っていた。一昨日折角できたサボンである。

(そら、渡来の品よりは安いけど、それでも買う人おらんやろなぁ)

 火箸で炭櫃すびつの灰に書いた幾つもの「玉」の字を眺め、ふいと溜息をつく。

 千代はサボンで商いをするつもりだった。利益はあまり考えぬが、幾らか冨田家に入れたいと思うていた。然し製造の場を設えて、資材を仕入れて、人を雇うて、ある程度の量を作り、流通させるとなると渡来のサボンほどでないにしても、まぁまぁの値になる。それなりの値になると、買う人が限られる。

(折角ありふれたもんで出来たけど…)

 材料の灰、石灰、椿油は何処ででも手に入るものだ。然しどれも他の用途があり有り余っているものではない。灰ですら多くの使い途があり、時には買うことすらある。サボンを売るほど作ろうとすると可成りの量を買い込まねばなるまい。どうにか皆の手に届く値をつけたいが、収支がとんとんになるかさえ怪しい。

(処方を売るのはどやろ)

 ふと思いつき、良い考えのような気もしたが、

(あかんあかん、職人さんでもない人に、触らせたらあかん)

 灰汁の上澄みと石灰は相当危ないものだ。毒気を発し、肌を焼く。矢張り職人を雇うて作らせたものを売らねばなるまい。

(うちで使う程度しか、よう作らんかなぁ)

 到頭思案を投げ出し、脚も投げ出して寝転んだ。

「冨田の御家に、御恩を御返したかったんやけどな…」

 仰向けの千代は真っ直ぐに野地板を睨み付けて拗ねてみた。


 やがてうとうとし始めると、

「姉様、おいでですか」

 外の方から呼ぶ声がした。

「はぁい」

 寝転がっていた千代は返事すると、立ち上がって障子を引き濡縁に出た。

 千代の住まいはよくある田の字造りである。入口から奥の勝手口まで、真っ直ぐ貫く通り庭土間があり、右側はへっついや水甕が並ぶ壁、左側が上がり框である。上がると入口側の部屋が出居茶の間、その奥が書院造の表座敷、勝手側が台所食事室、その奥が納戸寝室、出居と表座敷の外は縁側である。千代は出居にいた。

「なぁに」

 返事の相手は冨田盛源の娘の於松である。

「あっ、姉様、お着物」

 於松が指差すので千代は己の胸元を見た。

「あら」

 着崩れて前合わせが鳩尾辺りまで開いている。

「えへへ、御免なさいね」

 ささっと乱れを直す。先程寝転がった時に着崩れたのだろう。

「もう、姉様ったら」

 於松も妹の於竹も千代を姉様と呼ぶ。千代は父盛源の兄の妻なので本当は伯母様と呼ぶべきなのだが、この美しくいとけない伯母を伯母と呼ぶことに憚りがあり、なんとなく姉様と呼んでしもうていた。

「ところで何の御用?」

 きちんと前を合わせ直した千代が問う。

「それが、先程お寺を訪ねたら、どうも昨晩の内に父上がお戻りで…」

 於松がお寺と云えば盛全寺、父上と云えば冨田盛源である。

「まあ、御院さんが?」

 千代は盛源を「御院さん」と呼ぶ。

「もう…八つ半くらいやんか、全く気付かんで、失礼してもた」

 盛全寺は冨田屋敷を出た真向かいを少し入ったところにある。気をつけておれば盛源の帰着に気付いたであろうに、迂闊であった。

「ええんですええんです、お報せなしに、急にお戻りなられたんやから」

 於松は手をひらひらさせて父の所為という。盛源は昨年秋頃から川崎鑰之助と松山源丞を伴うて廻国の旅に出ていたが、何の用かは於松も於竹も千代も聞いていない。いつ頃戻るかも聞かされていなかった。

「ほやけど夜の内にお戻りて、なんかあらはったんやろか」

「知らん。わちもさっき気付いて、挨拶に伺うて」

 於松の様子から、怪我をしたとか病を得たということはなさそうである。

「そしたら、酷いんやざ」

 と於松が口を尖らせる。

「どしたん?」

わちの顔見るなり、ええとこ来た、姉上お呼びせい、やて」

「あら、酷い」

 十月とつきぶりに会う娘をそっちのけに開口一番使い走りである。

「でも、なんやろか」

「姉様のお声が聞きたいんでない?」

 於松は拗ねている。

「御院さんに云うといたげるわ」


 千代は於松に暫し留守を預けて盛全寺に向う。

 びぃやっ! ぎゃぎゃっ!

 盛全寺の門を潜ると琵琶を掻き鳴らす音が聞こえた。酷い音であった。

(平法はお上手やのに、琵琶は上達しはらへんなぁ)

 めしいてから盛源は琵琶を嗜むようになったが、これがちっとも巧くならない。どうも上手に弾くより弾きたいように弾いている。

「御免下さい、御院さん」

「やぁ、姉上、よう参られたな」

 盛源は庫裏の出居で待っていた。抱えていた琵琶を脇に置いた。

(抑も琵琶が大きすぎるよね)

 身丈三尺半106cm程しかない盛源には大きすぎる琵琶である。小さいものを誂えるべきである。

 千代は盛源の前に坐り、辺りを見回す。いつも傍に侍る川崎鑰之助の姿がなかった。使いにでも出ているのだろうか。

「お戻りに気付かんで、御挨拶が遅うなりまして…」

「畏まらんでええよ、楽にしぃ」

 背中を丸めて坐る盛源は恰も老猫のようである。白濁した目を細めては虚空の何かを追い掛ける様子が餘計に猫らしい。目は殆ど何も見えない筈だがそれでも平素の生活は川崎鑰之助の助けが少々あれば殆ど不便はないという。

「呼び立てて、すまんなぁ」

「いえ、いつもは御院さんからお越し頂いてて、申し訳のう思うております」

 そう、いつもは盛源が訪ねてくる。毎度申し訳なく思う。

「でも、於松が顔を見るなり使い走りにされたて、拗ねてましたよ」

「ああ、それでか」

 何か思い当たったのか盛源は顔をつるりと撫でる。

「儂、顔は見えんのやけどな」

 言い訳にもならないことを云った。

「ところで姉上」

「はい」

「今日はひとつ、お願いがあるんや。先づは黙って聞いて欲しい」

「黙って?」

「ああ」

 もしや。

「実は、むこを取って頂きたい」

 遂にこの日が来たか。


 今日まで再嫁を考えなかったわけはない。千代は夫を亡くして子も流し、六年も床に臥せていた。世に七去、或いは七出という。『大戴礼記 本命』に「不順父母去。無子去。淫去。妬去。有惡疾去。多言去。窃盗去」とあり、『孔子家語 本命解』にも「婦有七出三不去。七出者、不順父母出者、無子者、婬僻者、嫉妬者、惡疾者、多口舌者、竊盜者」とある。同様の記述は『唐律疏義』にもあり、本朝の『令義解』にも引かれている。つまり舅姑に順わない妻、子がない妻、淫らな妻、嫉妬深い妻、悪い病気がある妻、お喋りな妻、盗癖がある妻は離縁して良いという教えである。千代は悪い嫁ではないが、子を流し、六年も床に伏した。礼に照らせば実家に帰されて然るべきである。

 勿論七出に対し三不去と呼ばれる妻は離縁出来ないとする礼もある。「三不去者、謂有所取無所歸一也、與共更三年之喪二也、先貧賤後富貴者三也」という。つまり帰る実家がない妻、舅姑の服喪を終えた妻、今は富貴の者が貧しい頃に娶った妻は離縁してはならないとされる。然し千代はいずれにも該当しない。実家の尾和家は絶えてはいないし、冨田の姑は既に亡いが舅の治部左衛門は立居不如意ながら存命である。冨田家が貧しい時に嫁いだわけでもない。だから冨田家が千代の面倒を見る謂れは全くない。それを冨田家は七年も養うてきた。

 後家を実家に帰さないのであれば亡夫の弟や養弟に嫁がせて名跡を継がせることがある。亡夫九郞左衛門郷家には三人の弟がいる。五郎右衛門隆家、与五郎景政、与吉郎長家である。五郎右衛門隆家…即ち盛源は出家し、与五郎景政には室があり跡取りを生んでいるが、与吉郎長家も出家して源長と号していたものの年は未だ三十にしかならない。もし千代が再嫁するなら還俗した与吉郎長家に嫁ぐことが考えられるだろう。

(与吉様…)

 一乗谷に来たばかりの頃、与吉郎には色々と面倒を掛けた。歳が近かったので頼り易く、恃むと何でも二つ返事で請け負うてくれた。親切な人だった。良い相手である。

(そうか。あの人のお嫁になるんか)


 千代は不意にあることを思い出した。

「あの、御院さん」

 黙って聞けという禁をあっさり破った。

「なにかな」

 盛源は咎めなかった。

「あの、うち石女ちゃうかと思うんですけど、具合悪いことあらしませんやろか」

 千代は恐らく子を産めない。九郞左衛門郷家を亡くした時に哀しみの剰りに子を流し身体を傷めてしもうた。以来月の障りが長かったり短かったりまともでない。酷い苦痛を伴うこともある。それでは子を作るのは難しかろうと医者に見立てられた。養生の術がないではなく、それで月毎の苦痛は随分ましにはなっているが、当年齢二十七、千代もそろそろおうなである。子を産めるまで回復しているとは思えない。九郞左衛門郷家の名跡を継がせる為であれば、千代は建前の内室として後嗣は妾に産ませればよいが、冨田家は兵法の名家であっても其処までの大身ではない。家督の与五郎にさえ妾はいない。分家の初代になる与吉郎の為に妾を囲うてやる程の甲斐性はなかろう。

「それは心配せんでええ。聟と申しても、まだ童部わらべや」

「童部?」

 盛源が意外なことをいうので千代は素頓狂な声をあげた。

「姉上に面倒見てもらおと思てな」

 童部ということは与吉郎ではない。

「もう一つ、兄者の隠し子とかやないから、安心し」

 盛源は千代が考えるより先に千代が考えそうなことを読んでたしなめた。

何方どなたやろか)

 千代は考える。聟ということは、矢張り九郞左衛門郷家の名跡を継がせる気だろう。ならば其れなりの武士の筈だ。誰が考えられるだろうか。

(鑰様?)

 思い浮かべたのは川崎鑰之助である。額を割って千代に傷を縫われた盛源の弟子である。

 川崎家は由緒ある家だ。朝倉氏が越前を統一するに道半ばに七代英林孝景の六男孫七郎景親の旗下にあって抜群の功労を立てた川崎源助を初代とする。孫七郎景親の三男七郎左衛門時宗を養子に迎えて国主家の一門となったという。七郎左衛門時宗は九代貞景の後見を務めてその子新九郞時定も十代宗淳孝景の側に仕えた。

 所が今の川崎鑰之助には身の置き所がない。十二年前の天文十七一五四八年弥生に国主性安斎宗淳が波着寺参詣の帰路に頓死して性安斎唯一の子であった孫次郎延景…後の左衛門督義景が十六歳で家督を継いで朝倉十一代になった。すると川崎新九郎時定は突然閉門、然して勘当を言い渡された。何事があったか定かではなく、何者かの讒言があったのだろうと取沙汰されている。牢人した新九郎時定は妻を実家に帰して嫡男鑰之助を盛源に預けて国主に詫言を申上げて御赦免を待ったが承引なきまま十年が過ぎ、一昨年遂に復帰を諦めて一人仕官を求めて越前を去った。残された鑰之助は当年十三歳。六年程前から盛源の側に侍り盛源の身の回りの世話をしながら兵法を学んでいる。

(鑰様かぁ…)

 川崎鑰之助は出色の譽れ高く如何にも凜々しい若武者であるが、朝倉に出仕することも親族を頼ることも出来ず身の置き所が定まらない。然し有望である。縁者として囲うておけば冨田家の為になろう。昨年額を割った件以来千代とも心易く度々千代のもとを訪ねては細々と面倒を引受けてくれる。盛源が千代に聟を取らせようとするなら考え易い相手である。然し千代は川崎鑰之助の嫁になることにはばかりを覚えた。

(なんか、申し訳ない)

 いくらなんでも鑰之助が若すぎる。歳が十四も違う。鑰之助の歳を倍にしても一つ餘る。千代は若く見えるが自覚はない。己を年相応に老いたおうなだと思うている。器量でもあるが其れも自覚がない。千代は誰からも親切にされる。其れを千代は皆が親切だからと信じている。冨田与吉郎にしても川崎鑰之助にしても千代は親切な人だと思うている。まさか惚れられているなどとは微塵も思わない。残酷と云えば残酷である。だから与吉郎長家に対しても川崎鑰之助に対しても「申し訳ない」が先立つ。

「御免」

 障子の向こうから鑰之助の声が聞こえた。

(嗟乎、来られた。どないしよ)

 鑰之助の為になるなら再嫁も吝かではない。然し申し訳なさ故に躊躇とまどうている。何せ鑰之助は若い。中々の立派な若武者である。つい考えてしまう。

(ででででで、でけへんて)

 あらぬ事を思い描いて顔が火照った。どう顔向けしてよいやら。

 ところが

「支度を終て御座る」

「其処におるな」

「はい」

 盛源の問いに聞き覚えのない声が答えた。

(何方?)

 障子がスッと引かれた。

「あら」

 鑰之助の隣にもう一人、知らない少年がいた。

「鑰之助は下がってええぞ」

「はい」

「平尾、入って来い」

「はい」

 鑰之助が退き「平尾」と呼ばれた少年が敷居を跨いだ。

(まあ、なんて綺麗な御子やろか)

 千代はその姿に驚いた。

 女児と見紛う…ということではない。幼いながら精悍な顔立ちで、骨格はまだ細いがしっかりしている。年は十三四歳程、川崎鑰之助と同じくらいか。

 造作の整った少年らしい少年であるが、千代が"綺麗"と評したのはそういうことではない。千代が惹かれたのは立居振舞である。

(うわぁ、動いてやる…)

 立ち上がって入室し、障子を閉め、千代の近くまで歩み寄り、再び坐るまでの一挙手一投足に目を奪われた。この佇まいや所作を"綺麗"と感じた。

(あの方とそっくり)

 その姿が九郞左衛門郷家と重なった。九郞左衛門郷家は立居振舞が綺麗な男だった。

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