第3話*Aimee
〈痛恨の判断ミス。アンリーシュが裏目に出たか。エクランのサフィールに黒星。ハンドラーのルーファスは、アンリーシュがハウンド側からのコマンドだったと明かす〉
街頭ディスプレイに、短い説明とともに今日のゲーム結果が表示されている。流れる文字を目で追っているマリエルの横顔を、あたしは黙って眺めていた。
――数時間前。
「あ。アンリーシュだよ」
ピンク色のカバーケースをあしらったタブレットで「ゲーム」の配信を見ていたマリエルの声に、あたしも彼女の頭越しに画面を覗き見た。画面に大写しになった、やけに綺麗な顔のハウンド。黒髪の一部に青いメッシュが入っている。その髪の間から見えている銀色のカラー、そこに表示されている番号の背景が確かに赤く点滅していた。
「どっちが宣言したんだろう」
「ハウンド側からじゃないかな? ハンドラーが焦ってるみたい」
「ほんとだ」
ハウンドのアップからカメラが引いて、アリーナ全体が映る。今映っていたハウンドのマスター、つまりハンドラーが、ブースの中でチェアから立ち上がり、手振りを交えながらかなり焦った様子で何か叫んでいる。ハウンドにはカラーを通じてその声が聞こえているはずだが、振り向きもしない。それでも、ハンドラーが降伏のサインを出そうとした瞬間、ハウンドは己のハンドラーを睨みつけるようにブースのほうを振り返った。何か反論しているようだ。配信では闘技場の音声は原則拾わないし、あたしに読唇術なんてスキルはないけれど、彼らの表情や言い合うような口の動きを見れば、口論していることはわかる。
「どういう状況だったの?」
「サフィールが――ああ、今映ってたハウンドね、もう負けそうな感じだった」
「名前知ってるんだ。有名なの?」
「え? 知らない? エクラン・ケンネルのスターだよ」
犬舎のスターハウンドなんだ。道理で顔がいい。そういえば、エクラン・ケンネルのハウンドは皆、宝石の名前を名乗っている。特に、四大宝石名を名乗っているハウンドはエクラン・ケンネル最強のハウンドで、四人とも勝率八割越えという驚異の戦績だったはずだ。で、今回はそのスターが負けそうってことなのか。結局は顔だけ野郎だったのか、それとも相手がめちゃくちゃ強いのか。
「自分からアンリーシュか……。そりゃあハンドラーは焦るよ、事前に決めてなかったとしたら」
「エイミーは、どう? 私が自分からアンリーシュにしたら、焦る?」
「え、やめてよ、絶対にそんなことしないでよね!? 絶対に嫌だからね!」
ハウンドとハンドラーは、同時にシステムに「ログイン」して、ハウンドが対戦相手のハウンドと闘技場で戦う。人同士を戦わせて観客が楽しむなんて、世界史の授業で習った古代ローマのコロッセオ――当時は正式にはフラウィウス円型闘技場っていう名前だったらしい――みたいだと、ずっと思っている。同じことを思う人は多くて、というか、ほぼ皆そう思うみたいで、ハウンドの中には古代ローマの剣闘士みたいなコスチュームで登場するヤツもいる。確かあいつ、グラディエーター・ガイウスとか、なんかそんな感じの名前を名乗ってたな。もちろん、今ふうにアレンジしてそれなりにカッコよく見せようとはしてるんだけど、なんともいえない時代錯誤感は拭えない。一言でいうとセンスがダサい。少なくともあたしの好みじゃない。
で、ハウンドがあの悪魔が考えたみたいな武器で斬られたり刺されたりしている間、その痛みや受傷の実感は全部ハンドラーが引き受けている。バーチャルだとはいっても、これがホントにリアルな痛みや感触を伴っていて、ハンドラーを目指しながらも途中であきらめた大勢の人は、九割以上がこれを理由にやめたんだって聞いてる。わかる。あたしもリタイアしそうになった。でも、ハンドラーとしてデビューできたら、適合率の高いハウンドをうまく見つけられたら、「ゲーム」に出て勝てるようになれば、場合によってはとんでもない大金を手にすることができるのだ。本当にケガするわけでもないんだし、痛みに耐えるだけで莫大な賞金を得られるなら、あたしはどんな苦痛にだって耐えてみせる。お金が欲しい。それで人生全部をやり直したい。クソ親も家も捨てて、まともに生きたい。そのためにはとにかくお金が要る。
「ごめんね、エイミー。怒ったの?」
マリエルが、不安そうな顔で覗き込んでくる。
「怒ってるんじゃないけど、アンリーシュは絶対にやめて。あたしたちはちゃんと訓練受けてるんだし」
「私たちだって訓練受けたよ」
「でも、それがメインじゃないでしょ」
「それは……うん」
ログイン状態のハンドラーとハウンドは「繋がって」る。この状態を「リーシュ」と呼んでる。「アンリーシュ」というのは、それを断ち切った状態で、ハウンド自身が受傷の痛みを負うことになる。これは、ハンドラーからでもハウンドからでも実行可能なコマンドで、一度アンリーシュにすると再びリーシュ状態に戻すことはできない。ただ、これは滅多に行われない戦法だ。何らかの戦略的理由でアンリーシュにすることはあるんだろうけど、少なくともあたしはしたことないし、これからもするつもりはない。二人で何度かゲームに参加するようになって、可憐な見た目とは裏腹にマリエルがかなり強いハウンドだということはわかった。だけど、マリエルに痛い思いなんてさせたくない。絶対にさせたくない。
「でもね、私はサフィールの気持ちがわかるなぁ。これ以上マスターに苦しんでほしくなかったんだと思う」
「いや、それがハンドラーの役割なんだけど」
「だけど、私も辛いもん。エイミーが私の代わりにあんな……」
「だから、そのために訓練受けてるんだって」
あの武器で傷つけられると、バーチャルではあっても馬鹿みたいに痛い。死ぬほど辛い。でもバーチャルである以上、現実の肉体に物理的な損傷はない。あの痛みを受け流すには強くイメージする力が必要で、騙されている自分の脳を騙し返す技術を、ハンドラーは訓練によって習得している(上手下手はあるけど)。それに、ゲーム終了後には強い鎮痛効果のある鎮静剤を利用することができる。服用タイプではなく吸引タイプで、即効性がある。ハンドラーはハウンドとは違って、その方面に特化したいろんな技を身に付けているのだ。ちなみに、観客の一部がまことしやかに噂している「ハグで苦痛が緩和される」というのは、ガセだ。というか、意図的に流布されたでっち上げだ。
配信が続いている。青い宝玉名を名乗る、エクラン・ケンネル最強の一人のはずのスターハウンドは、劣勢どころかもう敗北確定みたいな状態になっていた。綺麗な顔が苦痛に歪んで、足もふらついている。あたしがマリエルと話していた数秒の間にも、何度か斬撃を受けていたらしい。どうして自分からアンリーシュになんてしたんだろう。サフィールがよろめきながらも体勢を立て直して相手を見上げ、振り下ろされた剣を受けようとしてシールドを付けた左手を上げた。そのためにガラ空きになった脇腹を、相手のもう一本のレイピアみたいな剣が――剣というより細長い鋭利な棒、長いアイスピックみたいなそれが、容赦なく刺し貫く。膝を付いたサフィールは腹部を抱えるようにして倒れ伏した。横たわったまま動けないようだ。全身が震えている。脾臓あたりを深々と刺されたイメージだろう。あくまでバーチャルにだが、脳は腹腔内に大出血していると実感しているはずだ。観衆の大歓声。人が傷ついて倒れているのに、それを見て悦に入っている――納得のうえでこの業界に関与してるけどやっぱり嫌な気分にはなる。対戦相手のハウンドはルールどおりサフィールから離れて、「待ち」の姿勢で控えていた。妙に優雅な雰囲気。それに……何か結構年くってない?
知らないハウンドなのにあたしまでハラハラしながら見ていると、ようやくハンドラーが降伏を宣言した。遅い。刺された瞬間に、いや刺される直前にでも、どうして宣言しなかったんだろう。バーチャルだとはいえ、脳は急速な大量出血を知覚している。ハウンドはきっと、痛みだけではなく本能的な死の恐怖にも襲われているはずだ。しかも、勝負が決して勝者が手を上げて示した直後からハンドラーも闘技場内に入ることができるというのに、サフィールのハンドラーは何をグズグズしてるんだろう。早く行ってやれよ――。
「負けちゃったね」
マリエルが、詰めていた息を吐いてポツリと呟く。タブレットの画面では、ハンドラーが傷ついたハウンドを抱きかかえていた。吸入器を口元にあてがわれ、潤んだ目を薄く開いたサフィールの顔がアップになっている。なまじ顔が整っているだけに苦悶の表情にもどこか倒錯的な色気があって、ある種の嗜好を持つ人にとっては堪らないのかもしれない絵面だ。そもそも、カメラの寄せ方が作為的で妙にいやらしい。サフィールを制圧した金髪のハウンドが右手を上げたのは一瞬しか映さなかったくせに、涙目になって肩で息をしているサフィールのことは文字どおり舐めまわすように撮影している。今みたいに、勝者ではなく負けた側をカメラが追うのを、たまに見かける。演出、観客の掛け金の割合、ハウンドの人気の度合い、スポンサーとの兼ね合い(「ゲーム」は一応公営賭博だけど、特定の企業がスポンサードしている)、犬舎の力加減、その他もろもろの事情によるらしい。
「残念」
「応援してたの?」
「ちょっとだけ知ってる子だったから」
「マリエルは犬舎のハウンドじゃないのに?」
「うん。あの子ね、初等科三年生のとき同じクラスだったの。名前は何だっけ……ラーシュだったかな? ちょっと忘れちゃったけど。あの子とは家も近くて、同じ停留所からスクールバスに乗ってた」
緩くウェーブのかかったふわふわのアッシュブロンド。なめらかな白い肌にバラ色の唇。すっと通った鼻筋。長い睫毛と、水色の瞳。整った眉。華奢な手足。形のよいキレイな爪。細い肩、なだらかな胸のふくらみ、綺麗な曲線を描いてくびれる腰。マリエルは、女のあたしから見てもうっとりするくらい綺麗だ。人形のようだという言い方があるけど、本当にそう。可愛い子や綺麗な子はたくさんいるけど、美少女という言葉がこれほどしっくりくる子はなかなかいないと思う。そんなマリエルの初等科時代を想像してみる。さぞかし人目を惹く子どもだっただろう。で、その近所にあのサフィールが住んでいたということか――。サフィールも(整形じゃないなら)おそらくかなり綺麗な顔をした子どもだったろうから、二人並ぶと相当目立ったに違いない。
「マリエルは、犬舎から声掛けられなかったの?」
「いくつか誘われたよ」
「やっぱり……」
犬舎のスカウトは、ハウンド候補を探すときに顔も重要な判断材料にしているという。マリエルほど可愛い子なら、きっと目を付けられていたはずだ。
「でも犬舎には入らなかったんだね」
「うん。三つの犬舎の人からお誘いを受けたけど、一つ目は名前が嫌だった」
「え、そんな理由……」
「だって、『ユニコーン・ケンネル』だよ!? 変じゃない?」
「ユニコーンって……。確かにダサいな」
「ダサいっていうか、犬なのに馬って変だもん」
「そっち!? ていうか、ユニコーンは馬ってわけでもないでしょ。いや、そもそもそういう意味でのユニコーンじゃないでしょ」
マリエルのこういうセンスがまだなかなかつかみ切れない。
「二つ目の所はね、訓練がすごく厳しそうだったの。まあ、当時はよくわかってなかったから、実際は違ったかもだけど」
「ちなみに、どの犬舎?」
「『K2ケンネル』ってところ」
ああ、そこは確かに厳しくて有名だ。ハンドラーのあたしでも知ってる。ていうか、ハンドラーはハウンドを探す過程であちこちの犬舎も調べるから、意外とハウンドよりも犬舎に詳しかったりする。
「三つめは、何ていうのかな、スタイル? が好きじゃなかったんだー」
「スタイル?」
「そこの犬舎の有名なハウンドが、えっと、男の人なんだけど、古代ローマのコスプレみたいなのをしてて」
「剣闘士みたいなコスチュームのあれ!?」
「そう。現代のグラディエーターだとか、そんなキャッチコピーが付いてて」
それは断って正解だ。あれをカッコいいと思える感性のヤツらとは、一生わかり合える気がしない。
「その犬舎の人が『女の子はこんなのを着られるよ』って見せてくれたの、何か露出多めの、悪の組織の女ボスみたいだったし」
……悪の組織の女ボス。悪の組織の女ボスは、露出が多めなんだろうか。見たことないから知らないけど。やっぱりマリエルのセンスがわからない。
配信終了後、マリエルと買い物に出かけた。あたしたちは今、同じ家に住んでいる。マリエルと契約して最初にエントリーした「ゲーム」で勝って、その賞金と貯金で今のアパートメントに部屋を借り、一緒に住むようになったのだ。家賃は半分ずつ。お互いの個室も確保できている。
マリエルのことを知ったのは、住居を転々としながらハウンドを探していたときだった。人権擁護の観点から、もうデータベース上の十二歳当時の写真は閲覧できなくなっていたけど、マリエルの友人のSNSにアップされていた動画で顔は確認済みだった。絵にかいたような繊細な美少女。ハウンドとしては使い物にならないんじゃないか……。でも、そのころほかに何人か目星をつけていたハウンドには、あたし以外にもペアリングを希望しているハンドラーが複数いて、いわゆる「入札」で負けていた。どのハウンドとも適合率がかなり低かったので仕方がない。
あるハウンドに対してペアリング希望のハンドラーが複数いて、誰がそのハウンドと契約するかを決めることを、俗に「入札」と呼んでいる。公共事業でもないのに入札というのは、「ゲーム」が公営なので、そのイメージからだと聞いたことがある。本当かウソか知らないけど。で、この「入札」という言い方、人によってはハウンドを物扱いしているみたいで嫌悪感を抱くらしい。でも、当のハウンド側はほとんど気にしていないみたい。後でそれとなく聞いてみたけど、マリエルも全く気にしてなかった。
そう、マリエルと初めて会ったのは、四度目の入札に負けた日の午後だった。それまでに何度か連絡は取っていたけど、顔を会わせるのはその日が最初。待ち合わせていたカフェに現れたマリエルは、まるでAIに描かせた美少女のイラストみたいな女の子だった。綺麗で、清楚で、華奢で、この子がハウンドだなんて信じられない。身なりも整っていて、あたしとは住む世界が違う子だと直感した。あたしなんて見下げられてしまうかもしれない。それでも、とりあえずは適合率を確認しよう。幸い、今なら競合するハンドラー候補がいない。適合率が絶望的に低くても、入札なしでとりあえずはこの子のペアになれる。とにかくハウンドを確保しないことには始まらないのだから、ひ弱そうであれ、とにかくこの子に契約してもらおう――そんな、どちらかといえば打算に満ちた申請だった。
「ねえ、初めて会ったの、あのお店だね」
マリエルに袖を引っ張られて右を向くと、道路を挟んであのときのカフェが見えた。オープンテラス席は日が暮れてからもほぼお客さんで埋まっている。
「会ったその日に、その場で適合率調べたよね」
「うん。あれは、びっくりした」
実際に会ってから適合率を調べようと思って、あたしは事前には何もしなかった。会ってみて、話してみて、どうしても合わない相手なら契約申請は取り下げよう。もししばらくはやっていけそうな相手なら、その場で適合率を確認してみよう。どうせ良くて五〇%前後だろうけど、今回は競合相手がいないのだから数値は低くても別に構わない――そう思っていたら、七八%なんていう見たこともない数値が出た。とんでもなく高い値だ。八割近いなんて、聞いたこともない。ペアになって経験を積んでいくうちに適合率が上昇する例は多いけど、最初であの値はかなり珍しいはずだ。
「引かないで聞いてくれる?」
「なに?」
「私ね、エイミーのこと、運命の人だって思っちゃった。あのとき」
そう思う気持ちはわかる。あの数値を見たら、どんなハンドラーもハウンドもきっとそう思う。
「あっ、その、変な意味じゃないから心配しないでね」
「……なによ、変な意味って」
「だから、前世からの因縁だとか、そういうスピリチュアル系じゃないから」
「そっち!?」
とびきりの美少女に「引かないで」「運命の人」「変な意味」なんて言われたら、普通は別の意味で解釈しそうなんだけど。やっぱりまだマリエルの感性を把握できていない。ちょっと天然っぽい。しゃべり方にほんの少しだけ舌足らずなところがあって、そのせいか話すと少し幼い印象を受ける。こんな見た目なのに意外とリボンやフリルは好みじゃない(似合うと思うのに)。片づけが苦手で部屋を散らかしがち。甘いものが好きだけど、辛いものもかなり得意――。付き合いが長くなる中でマリエルのことが少しずつわかってきたけど、この独特なセンスだけはなかなかつかみきれない。いつも不意打ちのように予想外の言葉が飛んできて、それが面白くもあるし、ちょっとだけ不安でもある。
いつもの食料品店で、新鮮なフルーツと野菜を買い込んだ。マリエルは今スムージーづくりに嵌っていて、毎日少しずつ材料を変えては好みの味を追求している。背の高い、何となく大型犬を連想させる柔和な雰囲気の店員が、おススメ商品について説明してくれた。
「今日も居たね、あの人」
「あの人もハウンドなんでしょ」
「うん。エマのハウンドだよ」
エマというのは、マリエル行きつけの美容室でアルバイトをしている女の子だ。そうか、あの子のハウンドがあの店員なのか。C因子やD因子を持つ人がどのくらいいるのかは知らないけど、その中でハウンドやハンドラーになる人はそれほど多くないと聞いている(だから、犬舎はハウンド候補をあの手この手で勧誘しまくる)。人数がそんなに多いわけじゃないのに、身近なところに意外とハウンドやハンドラーがいるなんて。世間って狭い。まあ、たまたまこの町のハウンド人口、ハンドラー人口の割合が高いのかもしれないけど。
荷物をひとつずつ持って、あたしたちは帰路に就いた。
「次のゲーム、決まってるの?」
隣を歩いているマリエルが、首をかしげるようにしてあたしを見る。野菜の入ったピンク色の袋をゆらゆら揺らしながら。
「うーん、しばらく間を空けようかな」
「私はいつでも準備できてるよ!」
マリエルが細い腕を上げて、握り込んだ拳を振る。なんとも勇ましい仕草だが、この子がするとただ可愛いだけだ。でも、こう見えてマリエルは結構強い。多分、相手のハウンドはマリエルの見た目に油断するのだと思う。その油断が、相手を舐めてかかる驕りが、隙を生む。そしてマリエルはそういう相手の一瞬の隙を見逃さない。大抵、序盤で痛烈な一撃を与えているのはそういうことなのだろう。しかも、マリエルが得意とするのは「大きめ」の武器、「重め」の武器なのだ。最初の一撃で「致命傷」を与えて、一瞬で勝敗が決したこともあった。
「それは頼もしいね。でも、月末からキャンペーン始まるでしょ? 賞金が倍になるじゃない」
「あ、そうだね。そっちでエントリーする方がいいね」
「でしょ」
「競争率、すごそうだけど」
ゲームは、毎週火曜日と土曜日に開催される。火曜日は午後三時、六時からの二回。土曜日はこれに午前一〇時からが加わって、計三回。ほかに、随時「キャンペーン」と称する対戦が設けられていて、賞金の額が変動する。あと、月の最後の日曜日には、特別なイベントが催される。いつもとは違い、トーナメント形式で対戦して一時的な順位をつけてみたり、観客の人気投票で対戦するペアが選ばれたり、普段は敵対している犬舎同士がチームを組んで対戦したり。
通常は、日時を指定してエントリーしておくと、同じ日時にエントリーされたペアとランダムに組み合わされて対戦となる。最初にその日時にエントリーしたペアがまず確定し、対戦相手は二番目以降にエントリーしたペアの中から抽選で選ばれるのだ。つまり、同日同時刻のゲームに二組だけがエントリーしている場合はその二組の対戦が決定し、三組以上がエントリーしていると、最初の一組対どこかのペアとなる。組み合わせは対戦開始の六時間前に決定され、公開される(土曜午前一〇時の対戦については時間が少し前倒しになる)。ハンドラーやハウンドに突発的な事情が発生して――例えば事故、急病、本業の急用など――キャンセルが出ると、同じ日時に申請していて当選しなかったペアがあった場合、彼らがそのキャンセル分を埋める。つまり、エントリーしたものの希望者多数で対戦に至らなかった場合も、その日時にほかの予定を入れてしまうとチャンスを逃すかもしれないわけだ。同じ日時に申請しているペアがなかった場合は、「補欠」として用意されているペアが闘技場に出る。これは、ゲームに穴をあけないように運営側が用意している人員で補われる。機構の職員でもある彼らは「公僕組」と呼ばれることもある。
これとは別に、対戦相手を指名するパターンがある。正式に契約が成立しているハンドラーとハウンドのペアは登録され、公開されているので、この中から対戦したい相手を選び、直接申し込むというわけ。相手が応じてくれたら、両者で都合の付く日時を決め、対戦相手固定状態でエントリーする。ただし、希望の日時に対戦可能かどうかはわからない。たまたまエントリーするペアがなかった日時であればいいけど、何組もがエントリーしている日時であれば抽選に漏れるかもしれない。
こういう諸々の手続きは、原則として全てハンドラーが行う。ペアを見つけて正式にハンドラーになってから、ある意味一番驚いたのがこれだった。申請だの返信だの契約だの納付だの、事務的作業が意外に多い。中でも、やはりこの指名への対応には緊張した。今までに一度だけ、犬舎所属のペアから対戦相手として指名されたことがあるのだ。スターと呼べるほどのハウンドではない、言ってみればヒラのハウンドとそのハンドラーだった。あれは、あたしたちが五連勝していたときだった。女性同士のペアで五連勝というのはそこそこ珍しく、しかもマリエルの見た目が見た目だけに、あたしたちはちょっと目立っていた。あのペアは、アリーナで華々しくマリエルを打倒して、目立ちたかったんだろう。セレステ・ケンネルという有名犬舎の男性ハウンドと、女性ハンドラーのペアだった。
懐かしくも痛快な思い出に浸っていると、強く腕を引かれた。
「危ないよ!」
え、とマリエルを振り返りかけた瞬間、猛スピードの自転車があたしの横すれすれを走り抜けていく。歩行者専用の歩道なのに。
「何あれ! 次の角で転んじゃえ!!」
頬を膨らませたマリエルが、すごい勢いで遠ざかっていく自転車の背中に向けて物騒な呪いの言葉を吐く。
「ごめん、あたしもぼんやりしてた。ていうか、指名されたときのことを思い出してた」
「ああー」
むくれていたマリエルの表情が途端に晴れて、笑顔になる。
「ボッコボコにしてやったよね! 馬鹿にされてるの、すごく腹が立ったし」
セレステ・ケンネルといえば超有名犬舎で、ゲームファンなら知らない人はまずいない。初めての指名戦だということもあって、フェアに、相手への敬意も忘れずにと、こちらは手続きの段階から殊更礼を尽くしたのに、当日会場入りして控室に挨拶に行った帰りには、マリエルもあたしも腹立たしさのあまり口もきけなくなっていた。そもそも、本来は申し込んできたあっちがあたしたちの控室に挨拶に来るものなのに、なかなか来ないからこちらから出向いてやったのだ。それなのに。
「あいつら、控室でマリエルを見て、絶対に油断したよね」
「そうだよ。今でも覚えてるもん。『まあまあ、お嬢さん。そちらのエイミーさんが長く我慢しないでいいように、五分以内に勝敗決してあげますよ』だって。うわぁ、思い出しただけで腹が立つー! あのときの顔ー!」
「実際、五分以内に勝負ついたけどね」
あの一戦で、あたしたちはますます注目を浴びるようになった。残念ながら連勝はあのときの六でストップしたけど、強豪だと認識されるようになってきて、応援してくれる人も増えてきた。本当はあまり目立ちたくない。賞金は稼ぎたいけど目立ちたくない。矛盾してるのはわかっている。賞金をバリバリ稼ぐということは勝率が高いということで、よく勝つということは目立つということだ。でも、あまり有名にはなりたくなかった。あたしのクソ親はゲームには全く興味のない人種だけど、このままだとどこかであたしに気づくかもしれない。何よりも金の匂いに敏感なアイツが、また集ってくるかもしれない。嫌だ――。
「エイミー?」
「うん?」
「どうしたの?」
「え、どうもしないよ」
「……そう」
あたしが触れてほしくないことを敏感に察して、マリエルはいつも何も訊かないでいてくれる。本当に優しい子だ。
〈痛恨の判断ミス。アンリーシュが裏目に出たか。エクランのサフィールに黒星。ハンドラーのルーファスは、アンリーシュがハウンド側からのコマンドだったと明かす〉
街頭ディスプレイに、短い説明とともに今日のゲーム結果が表示されている。
〈それでも通算勝率は八割二分を維持、次回対戦でリベンジなるか。今週、エクランではディアマンがまたもや勝利し、勝率は前人未到の八割八分に。エムロードも危なげなく勝ち星を挙げた。続いて、セレステ・ケンネルの――〉
流れる文字を目で追っているマリエルの横顔を、あたしは黙って眺めた。
――あたしの、運命の人の横顔を。
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