第7話 帰り道に残るもの
病院を出ると、空はもう夕方の色に近づいていた。
昼と夜の境目のような、はっきりしない光。
澪は、自動ドアが閉まる音を背に受けて、少しだけ立ち止まった。
胸の奥が、まだざわついている。
相馬の顔が、頭から離れなかった。
痛みに顔を歪めた瞬間も、
「不慮の事故です」と、迷いなく言い切った声も。
――ずるい。
思わず、心の中で同じ言葉を繰り返す。
あんなふうに言われたら、 自分だけが救われたみたいじゃないか。
澪は歩き出す。
駅へ向かう道。
夕方の人波に紛れながら、視線を落とす。
私の不注意が招いたことには、変わりはない。
ぼんやりしていた。
周りを見ていなかった。
そのせいで、 相馬は大けがをして、入院して、
仕事まで休むことになってしまった。
それなのに――
当事者の彼が、一番落ち着いている。
「……怪我をしないようにしてください」
自分に向けられたその言葉が、胸に残る。
心配される側に立つなんて、 仕事を辞めて以来ほとんどなかった。
仕事を辞めてから、 自分はずっと“止まっている”。
何かを始める勇気も、 完全にやめる覚悟も持てないまま、 時間だけが過ぎていく。
「立ち止まってる場合じゃない」
自分自身に向けた、焦りにも苛立ちにも似た気持ちが湧き上がってくる。
駅のホームで、スマートフォンが震える。
画面に表示された名前を見て、 澪は一瞬、指を止めた。
――昔の仲間。
『最近どう?』
『しっかりと体と心は休めれてる?』
『また今度みんなで一緒にご飯食べに行こって話してるんだけど』
短いメッセージが、いくつも並んでいる。
心配されている。
今も、ちゃんと誰かの輪の中にいる。
自分は独り身で、心配する人はいない――
そう言っていた相馬の顔が思い浮かぶ。
淡々としていて、当たり前という顔をしていた。
その私との差が、胸に刺さる。
強い人なんだと思った。
一人で立ってきた人だとも。
でも同時に、 そんな人を、 自分の不注意で傷つけてしまったという事実が、
どうしても消えなかった。
アパートに着き、鍵を開ける。
誰もいない部屋。
電気をつけると、 昼間の病室とは違う静けさが広がった。
バッグを置き、コートを脱ぐ。 スマートフォンをベッドに放り投げる。
「……私」
小さく、声が漏れた。
あの時の相馬の言葉。
それを聞いた時、 胸の奥が、きゅっと縮んだ。
守られていい人に、 守る立場を押しつけてしまった気がして。
「……明日も、行こう」
誰に言うでもなく、そう呟く。
罪悪感は、消えない。
そうそう簡単には消えない。
それでも。
相馬の病室で交わした言葉が、 確かに、自分の背中を少しだけ押していた。
――止まっている時間にも、意味があるとしたら。
その答えを探すように、
澪は、返信を打たないままスマートフォンを伏せ、
静かに目を閉じた。
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