第6話 独りでいる理由

夜の病室は、昼とは別の場所のようだった。

消灯後の薄暗さは、物音を吸い込んでしまう。


恒一は眠れず、天井を見つめていた。


昼間は平気だった。

澪と話し、看護師が出入りし、時間は勝手に進んでいく。

けれど夜になると、どうしても思考が戻ってくる。


――独り。


誰かにそう言われたわけじゃない。

自分で選んできた結果だ。


両親が亡くなったのは、もう随分前だ。

葬儀が終わり、役所の手続きが一通り片付いた頃、

周囲は少しずつ、日常に戻っていった。


「大丈夫?」

「何かあったら言ってね」

言葉はあった。

でも、長くは続かなかった。


それが悪いとは思わない。

それぞれの生活に戻るだけだ。


恒一も同じだった。

仕事に戻り、頼られ、任され、

気づけば「一人で何とかする人」になっていた。


誰かに助けを求めなくなったのは、 強くなったからじゃない。


――期待しなくなっただけだ。


期待しなければ、失望もしない。

頼らなければ、断られることもない。


静かなやり方だった。

安全で、合理的で、傷つかない。


だから今まで、困らなかった。


病室の時計が、小さく音を立てる。


今日、澪に言った言葉が、頭の中で繰り返される。


――俺は独り身ですし、心配してくれるような友人もいません。


口にした瞬間、

思ったよりも胸が静かだった。


寂しいとも、惨めとも、思わなかった。

ただ、事実だった。


でも。


「……怪我をしないようにしてください」


自分が、誰かにそんなことを言う日が来るとは思っていなかった。


恒一は、ゆっくりと息を吐く。

これまで、 誰かが怪我をしようが、無理をしようが、

それはその人自身が選んだ結果だと思っていた。


干渉しない。

深入りしない。

それが一番、楽だった。


なのに。


澪が怪我をするかもしれない、

その想像だけで、胸の奥がざわついた。


理由は分からない。

会話を交わすようになって、たった数日だ。

別に好きとかそういうのではないだろう。


ただ―― 彼女が傷つく未来を、見たくなかった。

それだけだ。


「……俺、変わったな」


誰に聞かせるでもなく、呟く。


孤独は、嫌いじゃなかった。

むしろ、慣れていた。


でも、 孤独“しか”知らないままでいいのかと、

初めて思っている自分がいる。


病室の静けさは、相変わらず深い。

けれど、底のない闇ではなかった。


昼に誰かが座っていた椅子。

そこに、まだ温度が残っている気がする。


恒一は、目を閉じた。


――独りで立つことと、

――独りでい続けることは、 同じじゃないのかもしれない。

そう考えながら、 静かに、眠りに落ちていった。

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