第3話 沈黙が、会話になる
澪が来る時間が、だいたい分かるようになってきた。
昼を少し過ぎた頃。
病室に差し込む光が、白から少しだけ黄色に変わる時間。
その日も、ノックは控えめだった。
「こんにちは」
「どうも」
挨拶が短くなった分、間が空かない。
それが、三日目だった。
澪は椅子に座ると、何も言わずにスマートフォンを取り出した。
画面を操作する音だけが、病室に落ちる。
恒一は天井を見上げたまま、ぼんやりとその音を聞いていた。
――沈黙。
昨日までなら、どちらかが慌てて言葉を探していたはずだ。
でも今日は、そうならなかった。
「……今日は、調子どうです?」
先に口を開いたのは澪だった。
「昨日よりは。痛みも減ってきました」
「よかった」
それだけ言って、また黙る。
不思議な沈黙だった。
一人でいる時とは違う。
誰かが“そこにいる”沈黙。
「相馬さん」
「はい」
「暇、じゃないですか?」
率直な質問に、少しだけ考える。
「暇ですね。でも……嫌いじゃないです」
「分かります」
澪は頷いた。
「私、じっとしてる時間、あんまり得意じゃなくて」
「そうなんですか」
「一人でいると、考えすぎちゃうんです」
さらりと言うが、どこか実感がこもっている。
「先のこととか、意味のない反省とか」
「……それ、分かります」
自分から口にしたことに、恒一は内心で驚いた。
「仕事してると、余計にそうなりますよね」
澪は、相槌を打つように言う。
「忙しい時は考えないで済むのに、止まると一気に来る」
「そうですね」
「だから、こうやって誰かがいる静けさは好きです」
“誰かがいる”。
その言葉が、病室の空気にすっと馴染んだ。
「相馬さんって」
澪が、少しだけ首を傾げた。
「ちゃんと一人で立ってきた人、って感じがします」
「……そう見えます?」
「はい」
褒め言葉なのだろう。
でも、恒一は視線を天井に戻した。
「立ってる、っていうか……倒れないようにしてただけですよ」
思ったよりも、自然に言葉が出た。
両親がいなくなってから、
誰かに頼るという発想自体が、いつの間にか消えていた。
澪は、その続きを促さなかった。
ただ、静かに言った。
「それでも、十分だと思います」
評価でも同情でもない。
事実を、そのまま受け止める声。
「……ありがとうございます」
しばらくして、澪は立ち上がった。
「今日は、あんまり喋らなかったですね」
「そうですね」
「でも、こういう日もいいですね」
ドアの前で、澪は振り返る。
「また、明日来てもいいですか?」
恒一は、少しも迷わなかった。
「はい」
澪は、満足そうに笑った。
ドアが閉まり、病室に静けさが戻る。
けれどそれは、
澪と出会ったあの日、
一人で天井を見つめていた時の静けさとは違っていた。
誰かがいた痕跡が、
まだ空気の中に残っている。
恒一は、初めて思った。
――明日が、少し楽しみだ。
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