第八回:監視下のハネムーン
「共有協定」が結ばれた翌朝。 俺、佐藤翔太は、自分の部屋のドアを開けるのがこれほど恐ろしいと思ったことはなかった。
ドアを開けると、そこには既に「彼女たち」が揃っていた。
「おはよう、翔太くん。一秒の狂いもなく予定通りね」 増田桜花が、タブレット端末で俺の心拍数と血圧をチェックしながら冷酷に微笑む。
「おはよう、翔太。昨夜は悪い夢にうなされていたようですね。私の端末に警告が出ていましたよ」 秋山美雪が、俺の首筋に「浄化」のまじないを施した数珠を巻き付ける。
「先輩! おはようございますっ!」 斉藤白鳥が、俺の左腕に自身の体を隙間なく密着させ、その袖口からは美工刀のカチカチという音がリズムを刻んでいる。
これが協定の第一条。『登下校は三名同行を原則とする』。
駅までの道のり、俺は地獄のパレードの主役だった。 右には生徒会長、左には後輩、後ろには巫女。 すれ違う生徒たちが、羨望というよりは「何か見てはいけないものを見た」という顔で避けていく。
「翔太くん、今の視線の動き。右側にいた女子生徒を0.5秒間直視したわね? 協定違反として、今日の昼休みは一分間、私の目だけを見つめる刑に処すわ」 桜花が即座にログを更新する。
「翔太、そんな不浄なものを見る必要はありません。ほら、私の目を見なさい。神の光で目を焼いてあげましょうか?」 美雪が俺の顔を強引に自分の方へ向けさせる。
「あはは! 先輩、いっそ目隠ししちゃいます? 私が手を引いてあげますから!」 白鳥が楽しげに笑いながら、俺の耳元を甘噛みした。
電車の中でも、地獄は続く。 三人は俺を三角形の陣形で囲み、一滴の隙も与えない。俺のスマホは三人の端末と常時同期されており、検索履歴からフリック入力の癖まで、すべてが三分割された画面に表示されているのだ。
学校に着いても、解放されることはなかった。 授業中、俺の席の前後左右には、彼女たちが送り込んだ「監視員(生徒会役員、神社の関係者、白鳥の狂信的友人)」が配置されている。
(……一息つく暇もない。これが『ハネムーン』だって言うのか?)
休み時間、俺がトイレに行こうと席を立つと、三台のスマホが同時に震えた。
『個室に入るなら、ボイスチャットを繋ぎっぱなしにしなさい(桜花)』 『用を足す前に、この清め塩を使いなさい(美雪)』 『先輩、個室のドアの下から覗いててもいいですか?(白鳥)』
「……もう、いっそ捕まった方が楽だったんじゃないか?」
俺が屋上で一人、天を仰いでいたその時。 フェンスの陰から、協定のメンバーではない「第四の足音」が近づいてきた。
「あらあら。ずいぶんと賑やかな鎖に繋がれているわね、佐藤くん」
聞き覚えのない、だが背筋が凍るほど甘い声。 そこにいたのは、学園の保健医であり、誰もが恐れる謎の美女――黒井先生だった。
彼女の手には、俺が三人に隠していたはずの「ある物」が握られていた。
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