第七回:ヤンデレ共有協定(ハーレム・パス)

沈黙がカフェの個室を支配する。三人の殺気が、物理的な圧力となって翔太の皮膚を突き刺していた。


「……俺は、誰か一人を選ぶことはできない」


翔太の声は震えていたが、その瞳には逃げ場を失ったネズミが猫を噛むような、異様な決意が宿っていた。


「なんですって……?」 桜花の鋏が、翔太のネクタイを数ミリ切り裂いた。 「翔太、それは死ぬよりも辛い罰を受けるという意味かしら?」 美雪の手が、翔太の手首を骨が鳴るほど強く締め上げる。


「いいよ、先輩。じゃあ今ここで、みんな一緒に『おしまい』にしましょうか」 白鳥が楽しげに美工刀を振り上げた瞬間、翔太は机を叩いて立ち上がった。


「待て! 俺が言いたいのは、お前たち全員が、俺にとって『絶対に失いたくない命よりも大切な存在』だということだ!」


三人の動きが止まる。 翔太は三台のスマホを並べ、狂気的な提案を口にした。


「桜花、お前は俺を『管理』したいんだろ? 美雪、お前は俺を『浄化』したいんだろ? 白鳥、お前は俺を『独占』したいんだろ? だったら――三人で俺を分け合えばいいじゃないか!」


「……分け合う?」 桜花が眉をひそめる。「この私に、他の女と共有しろと言うの?」


「そうだ。ただし、ただの共有じゃない。**『ヤンデレ共有協定(ハーレム・パス)』**だ!」


翔太は吐き捨てるように、即興で考えた「地獄のルール」を提示した。


【監視権の共有】:俺のGPSと通信記録は、常に三人全員がリアルタイムで共有する。隠し事は一切しない。


【タイムマネジメントの義務化】:月水金、火木土、そして日曜。三人が納得するまでスケジュールを分割し、一分一秒の誤差も許さない。


【相互監視の原則】:もし誰か一人が俺を独り占めしようとしたり、俺に手を出したり(殺したり)しようとしたら、残りの二人が全力でそれを阻止する。


「お前たちが互いに監視し合えば、俺は誰にも殺されずに済む。そしてお前たちも、俺を失わずに済む。……これが、俺が生きてお前たちを愛し続ける唯一の道だ!」


個室に再び沈黙が流れる。 三人は互いに顔を見合わせた。これまで敵対していた彼女たちの間に、奇妙な連帯感が生まれ始める。


「……なるほど。他の女を監視する権利が得られるなら、勝手に殺されるよりはマシね」 桜花が鋏を引いた。 「翔太を『清める』時間が確保されるなら、一時的な共存も修行のうちかしら」 美雪が数珠をしまう。


「あはは、面白そう! 二人の先輩が隙を見せたら、その時は私が先輩を連れ去っちゃえばいいもんね」 白鳥が美工刀を閉じ、不気味に微笑んだ。


こうして、史上最悪の協定が結ばれた。 それは「救済」などではない。 一人の男を三人のヤンデレが公式に、かつ組織的に追い詰める**「管理型地獄」**の始まりだった。


「……よし。じゃあ、まずは今夜のスケジュールを決めようか」


翔太は安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになったが、すぐに気づいた。 自由は、もう一秒たりとも残っていない。 三つのスマホが、同時に「協定完了」の通知音を鳴らした。

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