第二回:地獄のモーニング・ルーティン

午前七時。 佐藤翔太の枕元で、三台のスマホがそれぞれ異なるリズムで震え始めた。


黒のスマホ(桜花)は執拗な連続バイブ。 赤のスマホ(美雪)は厳かな琴の音。 白のスマホ(白鳥)は、心臓の鼓動のような短い振動。


「……一睡もできなかった」


隈の浮いた顔で鏡を見る。首元には、昨夜白鳥に強引に付けられた小さな痕(キスマーク)がある。これを美雪の嗅覚や桜花の視力から隠せなければ、その場でゲームオーバーだ。


俺は絆創膏を貼り、その上から制服のネクタイをきつく締め上げた。除臭スプレーを全身に浴びせ、三台のスマホを別々のポケットに収める。


「作戦開始だ……」


家を出た瞬間、最初のチェックポイントが待っていた。 電柱の影から、清楚な制服姿の斉藤白鳥がひょっこりと顔を出す。


「おはようございます、先輩! 待ち伏せしちゃいました」


天使のような笑顔。だが、彼女の視線は俺の首元を執拗にスキャンしている。


「お、おはよう白鳥。……今日も早いな」 「はい! 先輩の家の前で三時間前から待ってたんです。あ、その絆創膏、どうしたんですか?」


白鳥の手が、俺の首元に伸びる。 三時間? 恐怖で胃が縮み上がる。俺は咄嗟に「カミソリで切っちゃってさ」と嘘を吐き、彼女の追及を逃れるためにコンビニでイチゴミルクを買い与えた。彼女は「餌付けされた小動物」のように大人しくなり、その隙に俺は駅のトイレへと駆け込んだ。


そこが第二の戦場だった。 黒のスマホが着信を告げる。増田桜花からだ。


『翔太くん、GPSが五分間停止しているわ。駅の多目的トイレ……誰かと密会中? 三十秒以内にビデオ通話に出ないと、君の秘密を全校生徒のスマホに一斉送信するわよ』


「ひっ……!」


俺は慌てて個室から飛び出し、誰もいないことを証明するためにカメラを回しながら「お腹を壊してて!」と叫んだ。 画面越しの桜花は、黒いレースのナイトウェア姿で、小熊のぬいぐるみの耳を噛みながら俺を凝視していた。


「……いいわ。でも、校門で待ってるから。一分でも遅れたら、お仕置きよ」


通話が切れる。だが休む暇はない。 駅のホームに降り立つと、そこには既に「聖域」が形成されていた。 白衣紅袴の巫女服姿で、凛として立つ秋山美雪だ。彼女の周りだけ、登校中の生徒たちが畏怖して距離を置いている。


「翔太、おはよう。……今、別の女の影と話していたわね?」


美雪がゆっくりと目を閉じる。彼女の鼻が微かに動いた。


「い、いや、ただの独り言だよ!」 「嘘ね。甘いイチゴの香りと……それから、鉄の匂い。美工刀の匂いがするわ。穢(けが)れている。今すぐここでお祓いが必要ね」


美雪が袖から神鈴を取り出し、ホームの真ん中でシャンシャンと鳴らし始めた。周囲の視線が痛い。だが、それ以上に怖いのは、美雪の背後に隠された「本気」の瞳だ。


「さあ、放課後は神社へ。徹底的に清めてあげるから」


俺は生きた心地がしないまま、二人に挟まれる形で電車に乗った。 右側には、イチゴミルクを飲みながら俺の腕に抱きつく白鳥。 左側には、神鈴を弄びながら俺を浄化しようとする美雪。 そしてポケットの中では、桜花からの『早く来い』という脅迫メッセージが絶え間なく震えている。


学園の校門が見えてくる。そこには、地雷系の私服を隠すために無理やり制服を羽織った生徒会長が、仁王立ちで時計を睨んでいた。


地獄の登校時間は終わり、さらに過酷な「学園生活」が幕を開ける。

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