​第六章:爆発と奇跡、そして新たな黎明


​小説:ペルシャの市場にて

​第六章:爆発と奇跡、そして新たな黎明


​1. 天の扉が開く時:王女の降臨

​止まっていた市場の巨大な時計の秒針が、**ガチン!**と轟音を立てて跳ねた。

その音は、まるで乾いた砂漠に落ちた雷鳴のように、市場中の人々の心臓を直撃した。

​刹那、天空から黄金の光が一条、市場の広場へと降り注ぐ。

それは、輿(こし)に乗った王女ニルファルの、静かで、しかし圧倒的な美しさが放つ光であった。

​彼女の輿は、磨き上げられた石畳の上を、まるで水面を滑るかのようにゆっくりと進んでくる。

青い車蓋は空の深さを映し、開かれた窓の奥には、白磁の肌と、睡蓮(ニルファル)のように清らかな瞳を持つ王女が座していた。

​群衆は、一斉にひれ伏した。

「アラー……」

物乞いの長老カビールの口から、もはや施しを乞う声ではなく、神への純粋な畏敬の念が漏れる。彼らの手で磨き上げられた石畳は、本当に王女の姿を鏡のように映し出していた。

​「……これが、世界の中心」

ダネシュは、指の間の香油瓶を落とすことも忘れ、ただただその光景に見入っていた。イナズは、胸元に手を当て、涙を流している。

​王女の視線が、市場の入り口に佇むサイラスと交錯した。

砂漠の猛き旅人であるサイラスの心に、一筋の清らかな水が流れ込む。彼の荒々しい瞳に、一瞬だけ、憧れと、そして守りたいと願うような、人間の最も根源的な感情が宿った。

その横で、シャヒーンは鷹のように鋭い目で市場全体を見渡し、微かな異変に気づいていた。


​2. 闇の旋律、そして王の咆哮

​その異変は、王女の輿が広場の中央に差し掛かった、まさにその瞬間だった。

ピィーーーーーッ!!

​甲高く、耳をつんざくような笛の音が、静寂を切り裂いて炸裂した。

それは、祝いの音楽ではない。獲物を狩る蛇の、あるいは死を告げる悪魔の旋律だった。

​「シャハブ!」

シャヒーンが叫んだ。

​広場の端で、蛇使いシャハブが、金色に輝くキングコブラを頭上高く掲げていた。

彼の唇は、恐ろしいほどの速度で笛を吹き鳴らし、その指先からは、闇の魔力が渦巻いているようだった。

笛の音に呼応するように、コブラは猛然と王女の輿目掛けて鎌首をもたげ、口から毒液を噴き出そうとする。

​「王女様!」

護衛官ホセインが、電光石火の速さでシムシャール(三日月刀)を抜き放った。

カキンッ!

剣閃一閃、宙を舞った毒液を切り裂く。

​その時、市場の反対側から、地を揺るがすような雄叫びが轟いた。

「何事だ!愚か者めが!」

​王、レザが、黄金の甲冑を纏い、愛馬に跨って市場へと突入してきたのだ。

彼の周りには、屈強な近衛兵がひしめき、一斉に剣を抜き放つ。

カリフ・レザの怒りの眼光が、シャハブを射抜いた。


​3. 三つ巴の激突、そして奇跡

​「止めろ!この聖なる刻を汚すな!」

妃イレムが、自らの威厳を保とうと、高らかに叫ぶ。彼女は、この状況でさえ、王女の美しさが損なわれないことを願っていた。

​しかし、市場はすでに混沌の坩堝(るつぼ)と化していた。

シャハブの笛の音はさらに激しくなり、王の兵士たちが彼に襲いかかる。

群衆はパニックに陥り、逃げ惑う者、ひれ伏して祈る者、そして、その混乱の只中で、奇跡を待つ者がいた。

​その奇跡を起こしたのは、意外にも、王女ニルファル自身であった。

​彼女は、輿の中から、静かに、しかし力強く、手を差し伸べた。

その指先が、空中で、シャハブの笛の音の「波紋」に触れる。

そして、彼女は、まるで市場の喧騒を包み込むかのように、一筋の歌を口ずさんだ。

​それは、水面の睡蓮のように清らかで、砂漠のオアシスのように潤いに満ちた、古代の祈りの歌。

王女ニルファルの歌声は、シャハブの笛の音をかき消し、群衆のパニックを鎮め、そして、怒り狂うコブラさえもが、その歌声に魅入られたかのように、ゆっくりと鎌首を下げた。


​4. 予言の成就、そして新たな黎明

​レザ王の兵士たちが、シャハブを取り押さえた。

だが、誰もが、王女の歌声に、そしてその「奇跡」に、言葉を失っていた。

​王女の歌が終わり、市場に再び、しかし今度は**「穏やかな」静寂**が訪れた。

​ジャレが水晶を抱きしめ、恍惚とした表情で呟く。

「……見えた……!予言は成就された……『睡蓮』は『流れ星』を鎮め、『獅子』は『タカ』と出会った……この市場は、もはやただの市場ではない……」

​レザ王は、馬から降り、自らの剣を鞘に納めた。

彼の視線は、王女ニルファルの、あの透き通るような瞳に吸い込まれていく。

そして、その横に立つサイラスもまた、王女の「力」に打ち震え、静かに、深々と頭を下げた。

​市場の時計は、再び動き出していた。

チクタク、チクタク……。

その秒針の音は、もはや運命のカウントダウンではなく、新たな時代への序曲のように、優しく響き渡っていた。

​混乱の末に訪れた、平和。

すべてのキャストが揃い、市場の歴史が、今、大きく塗り替えられたのだ。



あの日、市場の時計が再び動き出した瞬間から、彼らの運命は交錯したまま、それぞれの新しい「旅」が始まりました。

​あの一大スペクタクルから数年後の後日談を、少しだけ覗いてみましょう。



​エピローグ:砂漠に刻まれた足跡


​1. サイラスとニルファル:砂漠の架け橋

​サイラスは、あの日以来、単なる商人であることを辞めました。彼は王女ニルファルの「親善大使」として、ペルシャと異国を結ぶ巨大なネットワークを築き上げました。

市場で交わしたあの視線は、今では信頼という絆に変わっています。ニルファルが宮殿で孤独を感じる時、サイラスは砂漠の彼方から珍しい物語と、彼女が愛する「睡蓮」に似た異国の花を届けます。二人は、身分の差を超えた「精神的な盟友」として、国を豊かにし続けています。


​2. シャハブとレザ:影の守護者

​捕らえられた蛇使いシャハブは、死罪になる代わりに、王レザの「影の密偵」として生きる道を与えられました。あの不穏な笛の音は、今では王を守るための武器となっています。

シャハブは、王の護衛官ホセインと密かに連携し、国に迫る危機を水際で食い止めています。「流れ星」は消えることなく、ペルシャの夜を密かに守る光となったのです。


​3. カビールとイナズ:希望の礎(いしずえ)

​物乞いの長老だったカビールは、あの日の「奇跡」をきっかけに、市場の一角に貧しい子供たちのための宿を提供し始めました。

これに手を貸したのが売り子のイナズです。彼女は商売の利益の半分を、カビールの活動に寄付しています。かつては施しを乞うだけだった人々が、今では市場の「案内人」や「清掃員」として誇りを持って働き、ペルシャの市場を世界で一番美しい場所に保っています。


​4. ジャレとダネシュ:予言の記録者

​占い師ジャレは、あの日を境に、未来を予言することを止めました。「最高の瞬間を見てしまったから、もう十分だ」と。

彼女の語る「あの日、市場で何が起きたか」という物語を、知識ある売り子ダネシュが、何冊もの豪華な写本にまとめました。その本こそが、弥生さんが仰った「世界的な小説」の原典として、後世まで語り継がれることになったのです。

​物語は、また次の音色へ

​夕暮れ時、市場に再びあの「ザッ、ザッ、ザッ」という足音が聞こえてきます。

それはサイラスの帰還か、あるいは新しい旅人の到着か。

​ケテルビーの音楽が最後の一音を響かせて静かに終わるように、彼らの物語もまた、穏やかな幸福の中に溶け込んでいきます。



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