第12話:空の王者ワイバーン

北の山岳地帯へ向かう道は、険しかった。


街を出て1時間。平坦だった道が、徐々に上り坂になっていく。


周囲の景色も変わっていく。草原から、岩だらけの荒野へ。そして、木々が生い茂る森へ。


「結構、歩くな……」


「はい。でも、景色が綺麗です」


アナスタシアは、疲れた様子を見せない。


むしろ、楽しそうに周囲を見回している。


森の中、鳥のさえずりが響く。


小川のせせらぎが、心地よい。


「奏多さん、あそこに花が咲いてます」


アナスタシアが、青い花を指差す。


小さな、可憐な花だ。


「綺麗だな」


「はい。エルフィナ王国にも、同じ花が咲いていました」


アナスタシアの表情が、少し寂しげになる。


「故郷を、思い出すのか?」


「はい……でも、悲しくはありません。今は——奏多さんがいますから」


そう言って、アナスタシアは微笑む。


その笑顔に——胸が高鳴る。


「そうか……」


何と言っていいか分からず、ただ頷く。


「キュルルル♪」


リューイが、嬉しそうに鳴く。


***


2時間ほど歩いた頃——


森が開け、視界が広がる。


そこは——


「うわ……」


断崖絶壁だった。


目の前には、深い谷。


谷の向こうには、険しい山々がそびえ立つ。


「あの山の頂上付近に、ワイバーンの巣があるそうです」


アナスタシアが、依頼書を確認しながら言う。


「あの山か……」


最も高い山。標高は、おそらく3000メートルはある。


頂上付近には、雪が積もっている。


「登るのか……?」


「いえ、山の中腹に洞窟があって、そこが巣になっているようです」


「中腹なら、何とかなるか」


崖沿いの細い道を進む。


足元は不安定で、一歩間違えれば谷底へ転落する。


「気をつけろよ、アナスタシア」


「はい。奏多さんも」


慎重に、一歩ずつ進んでいく。


風が強い。


体が揺れる。


(落ちたら、死ぬな……)


緊張しながら、30分ほど進む。


そして——


「あれだ」


前方に、大きな洞窟が見えた。


洞窟の入口は、直径10メートルはある。


そして——


洞窟の前の崖に、巨大な巣がある。


木の枝や草で作られた、直径20メートルはある巨大な巣。


「あれが……ワイバーンの巣……」


巣の中には、何かが動いている。


***


ゴゴゴゴゴ……


地面が揺れる。


いや、空気が揺れている。


「来る……!」


巣の中から——


巨大な影が飛び出してきた。


「グオオオオオオッ!!!」


咆哮が、山全体に響く。


それは——


翼を広げると、15メートルはある巨大な翼竜。


全身が深緑色の鱗に覆われている。鱗は一枚一枚が金属のように硬そうだ。


鋭い爪。長い尾。そして——口には、無数の牙。


頭上にウィンドウが表示される。


+++

【ワイバーン】

レベル:52

種族:翼竜種

スキル:

・飛行(フライト)

・火炎ブレス(フレイムブレス)

・風圧(ウィンドプレッシャー)

・尾撃(テールアタック)

+++


「レベル52……!」


ワイバーンが、空中を旋回する。


その巨体が、太陽の光を遮る。


「グルルルル……」


低い唸り声。


そして——


「グオオオオッ!!!」


急降下してくる。


「散開!」


俺とアナスタシア、左右に跳ぶ。


ドガァァァンッ!!!


ワイバーンが、俺たちがいた場所に着地する。


地面が砕け、破片が飛び散る。


「速い……!」


あの巨体で、この速度……


「キュルルル!」


リューイが、俺の頭から飛び降りて、ワイバーンに向かっていく。


「リューイ、無茶するな!」


リューイの口から、小さな火球が放たれる。


ピュッ! ピュッ! ピュッ!


ワイバーンの顔面に直撃——


するはずだったが——


ワイバーンは、翼で火球を弾く。


「グオッ!」


ワイバーンが、怒りの咆哮を上げる。


そして——


口から、巨大な火炎を吐き出す。


「【火炎ブレス】!」


ゴォォォォッ!!!


真っ赤な炎が、リューイに向かって飛んでくる。


「リューイ!」


咄嗟に、【究極時空間操作】を発動。


「時間、減速(スロウ)!」


炎の時間を遅くする。


スローモーションになる炎。


その隙に——


リューイが、横に飛んで回避。


「キュルル……!」


危なかった……


でも——


「グオオオオッ!」


ワイバーンが、今度は俺に向かってくる。


翼を広げ、空中から急降下。


鋭い爪が、俺を捉えようとする。


「【疾風歩】!」


風のように跳び、回避。


ワイバーンの爪が、地面を引き裂く。


ガリガリガリッ!


「くそっ……地上からじゃ、攻撃が届かない……!」


ワイバーンは、すぐに空へ舞い上がる。


空中で旋回し、再び攻撃の機会を窺っている。


「どうすれば……」


その時——


ふと、リューイを見る。


リューイは、体長2メートルまで成長している。


翼も、大きくなっている。


「そうだ……!」


俺は、リューイに駆け寄る。


「リューイ、お前——俺を乗せて飛べるか?」


「キュルル?」


リューイが、首を傾げる。


「試してみよう。空中戦なら——勝機がある」


リューイの背中に、跨る。


鱗は硬いが、所々柔らかい部分がある。そこに座る。


「頼むぞ、リューイ」


「キュルルル!」


リューイが、力強く鳴く。


そして——


翼を広げる。


バサッ! バサッ! バサッ!


リューイの体が、ゆっくりと浮き上がる。


「お、おお……!」


初めての感覚。


体が、宙に浮いている。


風が、顔を撫でる。


「すごい……飛んでる……!」


興奮と、少しの恐怖。


でも——


(これなら、戦える!)


***


「奏多さん、気をつけて!」


地上から、アナスタシアの声。


「ああ!」


リューイは、どんどん高度を上げていく。


10メートル、20メートル、30メートル——


ワイバーンと、同じ高さまで上昇する。


「グオッ!?」


ワイバーンが、驚いた様子でこちらを見る。


「いくぞ、リューイ!」


「キュルルル!」


リューイが、ワイバーンに向かって飛ぶ。


空中での追いかけっこ。


風が、激しく吹き荒れる。


体が揺れる。


落ちないように、リューイの首にしがみつく。


「グオオオオッ!」


ワイバーンが、火炎ブレスを吐いてくる。


「リューイ、避けろ!」


「キュルル!」


リューイが、急旋回。


炎が、俺たちの横を通り過ぎていく。


熱い。


肌が焼けそうだ。


でも——避けきれた。


「今だ!」


リューイが、ワイバーンに接近する。


距離、5メートル——


「【流水剣】!」


剣を振るう。


一閃。二閃。三閃。四閃。五閃。


連続斬撃が、ワイバーンの翼を切り裂く。


ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!


「グオオオッ!?」


ワイバーンの翼に、深い傷が刻まれる。


血が噴き出す。


「やった!」


でも——


「グルルルル……!」


ワイバーンが、怒り狂う。


尾を振り回す。


「【尾撃】!」


巨大な尾が、リューイに向かって飛んでくる。


「まずい!」


避けきれない——


ドガァッ!


尾が、リューイの側面に直撃する。


「キュルル!?」


「うわっ!」


衝撃で、俺の体がリューイから離れる。


空中に放り出される。


「やばっ……!」


落ちる——


地上まで、30メートル以上ある。


このまま落ちたら——死ぬ!


「くそっ……!」


必死に、空中で体勢を立て直そうとする。


でも——無理だ。


重力に逆らえない。


どんどん、地面が近づいてくる。


「奏多さん!!!」


アナスタシアの悲鳴が聞こえる。


その時——


「キュルルル!!!」


リューイが、俺の下に滑り込んでくる。


俺の体が、リューイの背中に着地する。


「リューイ……!」


「キュゥゥ♪」


助かった……


「ありがとう……」


リューイの頭を撫でる。


でも——


「グオオオオオッ!!!」


ワイバーンが、再び襲ってくる。


傷ついた翼で、飛行速度は落ちている。


でも——まだ戦闘能力はある。


「リューイ、もう一度だ!」


「キュルルル!」


***


空中戦、再開。


今度は、より慎重に戦う。


ワイバーンの攻撃を避けながら、隙を窺う。


「グオッ!」


ワイバーンが、火炎ブレスを吐く。


「リューイ、右!」


「キュルル!」


右に旋回。炎を回避。


「今だ!」


リューイが、ワイバーンの背後に回り込む。


「【雷神降臨】!」


全身を雷光化。


超高速で、ワイバーンの背中に連続攻撃。


【金剛拳】を叩き込む。


ドガッ! ドガッ! ドガッ!


「グオッ! グオッ!」


ワイバーンの鱗が、砕けていく。


血が飛び散る。


「もっとだ!」


【烈風脚】!


回し蹴りが、ワイバーンの頭部に直撃。


ドゴォッ!


「グオオオッ!?」


ワイバーンの体が、大きく揺れる。


バランスを崩し——


落下し始める。


「落ちる……!」


ワイバーンの巨体が、地上へ向かって落ちていく。


ドサァァァッ!!!


地面に激突する。


地面が揺れる。


土煙が舞い上がる。


「アナスタシア、今だ!」


「はい!」


アナスタシアが、ワイバーンに向かって走る。


剣が、虹色の光を放ち始める。


「【精霊王の一閃】!!!」


究極の斬撃が、ワイバーンの翼を——


完全に切断した。


ザシュゥゥゥッ!!!


「グオオオオオッ!!!」


ワイバーンの悲鳴が、山に響く。


翼が切断され、もう飛べない。


「とどめだ!」


俺は、リューイから飛び降りる。


空中で、【神裂剣アメノムラクモ】を構える。


「【神裂剣・天翔一閃】!!!」


白い光の斬撃が、ワイバーンの首を——


貫いた。


ザンッ!!!


「グ……」


ワイバーンの巨体が、倒れる。


ドサァァァッ!


そして——光の粒子となって、消えていった。


***


「はぁ……はぁ……はぁ……」


着地して、膝をつく。


【雷神降臨】を連続で使って、MPがほとんど空だ。


全身が、疲労で重い。


「奏多さん!」


アナスタシアが、駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか!?」


「ああ……ちょっと、疲れただけだ……」


「無理しないでください……」


アナスタシアが、俺の体を支えてくれる。


柔らかい。温かい。


(いかん……今はそんなこと考えてる場合じゃ……)


「キュルル……」


リューイも、疲れた様子で着地する。


「お疲れ様、リューイ。お前のおかげで勝てた」


「キュゥゥ♪」


リューイが、嬉しそうに鳴く。


***


ピロリン♪ ピロリン♪ ピロリン♪


連続で、レベルアップの音が響く。


+++

【レベルアップ!】

レベル45 → レベル50


【スキル熟練度上昇】

・武神術 Lv18 → Lv20

・雷神降臨 Lv3 → Lv5

・神裂剣・天翔一閃 Lv1 → Lv3

+++


「レベル50……ついに、大台に乗った……」


アナスタシアも——


+++

【アナスタシア】

レベル40 → レベル45


【スキル熟練度上昇】

・精霊剣舞 Lv11 → Lv14

・精霊王の一閃 Lv2 → Lv4

・三属性魔法 Lv1 → Lv2

+++


「お互い、大きく成長したな」


「はい……でも、これも奏多さんのおかげです」


「いや、お前の活躍も大きかったよ。あの【精霊王の一閃】がなければ、勝てなかった」


「ありがとうございます……」


アナスタシアが、照れたように微笑む。


その笑顔に——また、胸が高鳴る。


リューイも——


+++

【リューイ】

レベル20 → レベル25


体長:2m → 2.5m


【スキル熟練度上昇】

・竜王覇気 Lv3 → Lv5

・始祖龍魔法 Lv2 → Lv4


【新スキル習得】

・氷結ブレス Lv1

・雷撃ブレス Lv1

+++


「リューイも、新しいスキルを覚えたのか。すごいな」


「キュルルル!」


リューイが、誇らしげに鳴く。


***


ワイバーンが消えた場所には——


【ワイバーンの鱗】×20

【ワイバーンの牙】×10

【ワイバーンの翼膜】×2

【ワイバーンの魔石(大)】×1

金貨×30


「すごい……素材がこんなに……」


全部、アイテムボックスに収納する。


「これ、売ったらいくらになるんだろう……」


「ワイバーンの素材は非常に高価です。おそらく、金貨100枚以上にはなるかと」


「マジで!?」


「はい。特に、翼膜は飛行魔法の研究に使われるので、非常に貴重です」


「やった……これで、また装備を強化できるな」


「はい」


***


巣を調べると——


ワイバーンが集めていた財宝が見つかった。


金貨50枚、宝石10個、それに——


古びた剣が一振り。


「この剣……」


手に取ると、淡く光を放つ。


頭上にウィンドウが表示される。


+++

【風の剣】

ランク:A

効果:風属性攻撃+30%、攻撃速度+20%

+++


「A級装備……!」


「すごい……こんなものが……」


「アナスタシア、この剣——お前が使え」


「え? でも……」


「俺には【神裂剣】がある。お前の方が、この剣を活かせる」


「……ありがとうございます」


アナスタシアが、剣を受け取る。


試しに振ってみると——


シュゴォォォッ!


風が巻き起こる。


「すごい……軽くて、振りやすい……」


「良かったな」


「はい!」


アナスタシアが、嬉しそうに微笑む。


その笑顔を見て——


俺も、嬉しくなる。


***


「さて、帰るか」


「はい」


来た道を戻り始める。


途中、崖の道で——


「奏多さん、危ない!」


足を滑らせかける。


アナスタシアが、咄嗟に手を掴んでくれる。


「ありがとう……」


「気をつけてください」


手を繋いだまま、しばらく歩く。


温かい手。


柔らかい手。


(ドキドキする……)


意識しすぎて、逆に歩きづらい。


「あの……奏多さん?」


「ん?」


「手……もう、離しても大丈夫ですよ?」


「あ、ああ! すまん!」


慌てて手を離す。


顔が熱い。


アナスタシアも、顔が赤い。


「キュルル?」


リューイが、不思議そうに俺たちを見ている。


「な、何でもない!」


***


山を下り、森を抜け、草原へ。


太陽は、既に西に傾いている。


「今日は、いい戦いだったな」


「はい。奏多さんが空を飛んだ時は、驚きました」


「ああ、俺も驚いた。まさか、リューイに乗って飛べるとは思わなかった」


「リューイも、すごく頑張りましたね」


「キュゥゥ♪」


リューイが、嬉しそうに鳴く。


三人で、夕日を見ながら歩く。


この瞬間が——


とても、幸せだった。


***


街に戻り、冒険者ギルドへ。


「ワイバーン討伐、完了しました」


「本当ですか!? 証拠は?」


「これです」


アイテムボックスから、【ワイバーンの牙】を取り出す。


「これは……! 確かに、ワイバーンの牙です!」


受付嬢が、目を輝かせる。


「すごい……本当に討伐したんですね……」


「はい」


「では、報酬をお渡しします。金貨50枚です」


金貨を受け取る。


「それから——素材の買取もお願いしたいのですが」


「もちろんです! どのような素材を?」


ワイバーンの素材を全て見せる。


受付嬢が、一つ一つ丁寧に査定していく。


「査定額は……金貨120枚です」


「120枚!?」


「はい。ワイバーンの素材は非常に貴重ですので」


金貨120枚——


報酬と合わせて、金貨170枚。


「ありがとうございます」


「いえいえ。また何かあれば、ぜひ」


***


ギルドを出て、宿屋へ戻る。


「今日は、疲れたな……」


「はい……でも、充実していました」


「ああ」


部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。


全身が、心地よい疲労感に包まれる。


「明日は……ゆっくり休もう……」


「はい……」


目を閉じる。


今日の戦いを思い返す。


空を飛んだこと。


ワイバーンとの激戦。


アナスタシアと手を繋いだこと——


(楽しかったな……)


心から、そう思う。


そして——


(もっと、強くなりたい……)


アナスタシアを守るために。


この世界で、共に生きていくために。


もっと、もっと——


強くなりたい。

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