第1章:異世界転移と女神の祝福

第1話:突然の転移

17歳の春、高校2年の終わり。


俺はいつものように、学校からの帰り道を一人で歩いていた。今日も一日、誰とも話さなかった。いや、正確には話しかけられることもなかった。朝のホームルームから放課後まで、俺の席の周りには誰も近づかない。まるで見えないバリアでも張られているかのように、人々は俺を避けて通る。


教室では、クラスメイトたちが楽しそうに談笑している。部活の話、恋愛の話、週末の予定——そんな他愛もない会話が、俺には遠い世界の出来事のように聞こえる。桐谷颯太が何か面白いことを言って、みんなが笑っている。佐藤陽介が茶化して、さらに笑いが広がる。


その輪の中に、俺はいない。


席に座ったまま、窓の外を眺める。校庭では、サッカー部が練習している。弟の隼人もその中にいる。颯爽とボールを蹴る姿は、まるで別世界の住人のようだ。


昼休み、俺は屋上で一人、コンビニで買ったおにぎりを食べた。誰もいない屋上。風が吹き抜けていく。遠くで聞こえる笑い声。それだけが、俺の昼休みだ。


放課後、黒崎竜也に呼び出された。体育館裏の人目につかない場所。そこで待っていたのは、黒崎とその取り巻きたち。白石健、青木翔、赤坂優也——いつものメンバーだ。


「よお、出来損ない。今日も元気そうじゃねえか」


黒崎の拳が、俺の腹に叩き込まれる。


ドスッ!


「がっ……!」


息が止まる。膝から力が抜ける。倒れ込む俺の頭を、青木の足が蹴り飛ばす。


ガンッ!


「おら、立てよ。まだ終わってねえぞ」


何度蹴られたか分からない。どれだけ殴られたか数えていない。ただ、痛みに耐えるだけ。声を上げれば、さらに激しくなる。だから、俺は黙って耐える。


「つまんねぇな。もっと反応しろよ」


黒崎は飽きたように言って、俺の鞄から財布を抜き取る。中身を確認して、札を全部抜き出す。


「今日は五千円か。まあまあだな」


そして、空になった財布を俺の顔に投げつける。


「じゃあな、出来損ない。また明日な」


笑いながら去っていく黒崎たち。


俺は、しばらくその場に倒れていた。立ち上がる気力もない。ただ、空を見上げる。夕焼け空が、どこまでも広がっている。


「……帰るか」


何とか立ち上がり、制服についた砂を払う。鞄を拾い上げ、歩き始める。体中が痛い。でも、もう慣れた。この痛みも、明日になれば少しマシになる。


夕日が沈みかけている。オレンジ色の空が、どこか物悲しい。


「はぁ……また明日も同じ日が来るのか……」


ため息をつきながら、住宅街の路地を歩く。この道は人通りが少なく、イジメっ子たちに遭遇する確率も低い。だから、いつもこの道を選んでいる。両脇には古い家々が立ち並び、夕暮れの静けさに包まれている。


途中、公園の前を通り過ぎる。子供たちが遊んでいる声が聞こえる。母親たちが談笑している。幸せそうな光景。俺には無縁の世界。


足を引きずりながら、歩き続ける。体が重い。今日は特に調子が悪い。朝から頭痛がしていたし、階段を上る時は息切れがひどかった。


(また、体調が悪化してるのか……)


病弱な体は、年々悪くなっている気がする。小学生の頃はまだマシだった。でも、中学、高校と進むにつれて、どんどん悪化している。


このままじゃ、いつか本当に動けなくなるんじゃないか——


そんな不安が、いつも頭の片隅にある。


***


ふと、空を見上げる。


夕焼け空が、今日は妙に美しい。赤と橙と紫が混じり合い、幻想的なグラデーションを作り出している。雲は金色に輝き、まるで絵画のようだ。


「……綺麗だな」


そんなことを思った瞬間——世界が、歪んだ。


「……え?」


視界が揺れる。いや、空間そのものが揺れている。まるで水面に波紋が広がるように、世界が波打ち始めた。


足元の地面が、まるで液体のように波打ち始めた。アスファルトが、ゼリーのように柔らかくなっている。


「な、何だ……!?」


パニックになりながら、周囲を見回す。でも、誰もいない。さっきまで聞こえていた子供たちの声も、車の音も、全てが消えている。世界から音が消えた。静寂だけが、俺を包み込む。


助けを呼ぼうにも、声が出ない。喉が、金縛りにあったように動かない。


そして——


ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!


空間が裂けた。


俺の眼前に、巨大な亀裂が出現する。それは縦に数メートル、まるで空そのものが引き裂かれたかのような亀裂だ。そこから、眩い光が溢れ出す。白く、青く、金色に輝く光。それは神々しく、同時に恐ろしい。


亀裂の縁は、まるで生き物のように蠢いている。黒と紫の稲妻が走り、空気が震える。


「うわああああっ!!!」


俺の体は、その光に吸い込まれていく。


足が地面から離れる。体が宙に浮く。そして、亀裂へと引き寄せられていく。


抵抗しようとしても、無駄だった。圧倒的な力が、俺を引っ張っている。まるで巨大な掃除機に吸い込まれるように、俺の体は亀裂へと飛んでいく。


視界が回転する。上下左右の感覚がなくなる。


光が、全てを包み込む。


意識が、遠のいていく——。


(俺……死ぬのか……?)


最後に浮かんだのは、そんな疑問だった。


でも、不思議と恐怖はなかった。むしろ、どこか安心していた。


(これで……終われる……)


もう、イジメに耐える必要もない。


家族から無視される日々も、終わる。


この辛い人生が、ようやく終わる——


そう思いながら、俺は意識を手放した。


***


気がつくと、俺は真っ白な空間にいた。


上も下も、左も右も、全てが白い。無限に広がる空白の世界。光が満ちているのに、眩しくない。音がないのに、静寂ではない。不思議な空間だった。


「……ここは……?」


声を出してみる。ちゃんと聞こえる。喉も動く。


立ち上がろうとして——驚く。


体が、軽い。


病弱で、いつも重かった体が——嘘のように軽い。まるで羽根のように、ふわりと立ち上がれる。


「え……? どういうこと……?」


いつもなら、ベッドから起き上がるだけで息切れする。階段を上るだけで、全身が悲鳴を上げる。なのに、今は——


試しに、その場でジャンプしてみる。


すると——


「うわっ!?」


5メートルほど飛び上がってしまった。


ふわりと浮き上がる体。そして、ゆっくりと着地する。衝撃もない。膝も痛くない。


「な、何だこれ……!?」


信じられない。こんなこと、今までできたことがない。


着地して、今度は腕を振ってみる。


ビュン!


空気を切る音が聞こえる。腕が、まるで別人のように軽く動く。


拳を握ってみる。力が、漲っている。


「俺の体……どうなってるんだ……?」


困惑していると——


背後から、声が聞こえた。


『皇奏多』


「!?」


その声は、美しかった。まるで鈴を転がすような、澄んだ声。でも、どこか神々しく、威厳がある。


振り返ると、そこには——光り輝く美しい女性が浮かんでいた。


いや、「女性」というより「女神」と呼ぶべき存在。


長い金色の髪が、まるで生きているかのように揺れている。その髪は腰まで届き、光の粒子をまとっている。白い衣をまとい、背中には光の翼。その翼は、透明で、虹色の輝きを放っている。その顔は、この世のものとは思えないほど美しい。整った顔立ち、透き通るような肌、そして——優しく微笑む唇。


瞳は金色で、まるで太陽そのもののように輝いている。


俺は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


「あ、あなたは……?」


声が震える。足も震える。目の前の存在が、あまりにも神々しすぎて、直視できない。


『私は、この世界の管理者——女神と呼ばれる存在。人間の言葉で名乗るなら、【光の女神アリエル】とでも呼んでくれればいい』


女神は、優しく微笑みながら答える。その声は、頭の中に直接響いてくる。


「女神……? じゃあ、ここは……」


『ここは、次元の狭間。あなたは今、異世界へと転移する途中よ』


「異世界……!?」


頭が混乱する。異世界転移? まさか、あのライトノベルやアニメでよくある——


『そう。あなたは、異世界イデアへと召喚される運命にあった。本来なら、そのまま転移するはずだったのだけれど——』


女神は、優しく微笑む。その笑顔は、まるで母親が子供を見るような、慈愛に満ちた笑顔だった。


『私が、あなたを途中で呼び止めたの』


「どうして……?」


『あなたを、助けたいから』


その言葉に、胸が詰まった。


助けたい——


生まれて初めて、誰かにそう言われた気がする。


家族は、俺を見捨てた。


クラスメイトは、俺を無視した。


教師は、俺を見て見ぬふりした。


誰も、俺を助けようとしなかった。


なのに、目の前の女神は——


「どうして……俺なんかを……」


『あなたは、何も悪くないから』


***


女神は、俺の目の前に降り立つ。


光の翼がゆっくりと畳まれ、女神の足が地面につく。いや、「地面」といっても、ここには何もない。ただ白い空間があるだけ。でも、女神はそこに立っている。


『皇奏多。あなたの人生を、私は見てきた。あなたがどれだけ苦しみ、どれだけ絶望し、どれだけ孤独だったか——全て知っている』


女神の金色の瞳が、俺をまっすぐ見つめる。その瞳には、深い悲しみと優しさが宿っている。


「……」


何も言えなかった。ただ、女神の言葉を聞くことしかできない。


『あなたは、何も悪くない。病弱に生まれたことも、スキルがないことも、あなたの責任ではない。それなのに、あなたは家族に見捨てられ、社会に拒絶され、ただ生きているだけで罪であるかのように扱われてきた』


女神の言葉が、胸に刺さる。


涙が溢れそうになるのを、必死に堪える。でも、堪えきれない。


「俺……俺は……」


声が震える。喉が詰まる。


「俺は……何も……できなかった……」


涙が、頬を伝う。止まらない。


「家族に……見捨てられて……学校でも……イジメられて……」


初めて、誰かに本音を吐き出す。今まで、誰にも言えなかった。南にも、言えなかった。


「毎日が……辛くて……死にたいって……何度も思った……」


「でも……死ぬ勇気も……なくて……」


「ただ……生きてるだけ……で……」


もう、言葉にならない。ただ、泣くことしかできない。


女神は、そんな俺を優しく抱きしめた。


温かい。


柔らかい。


そして——懐かしい。


まるで、母親に抱かれているような感覚。いや、俺は母親に抱かれた記憶なんてほとんどない。でも、こういう感覚なんだろうと思う。


『泣いていいのよ、奏多。今まで、よく頑張ったわね』


女神の声が、優しく響く。


俺は、女神の胸で泣き続けた。どれだけ泣いたか分からない。ただ、涙が止まらなかった。


***


しばらくして、ようやく落ち着いた俺は、女神から離れた。


「すみません……取り乱して……」


『謝る必要はないわ。あなたには、泣く権利がある』


女神は、再び優しく微笑む。


『だから、私はあなたに——新しい人生を贈りたい』


「新しい……人生……?」


『そう。異世界イデアで、あなたは全てをやり直すことができる。健康な体、強大な力、そして——本当の仲間たちと出会える』


女神の言葉に、希望の光が見えた気がした。


でも、同時に——


「そんな……俺なんかに、そんな資格……」


『ある』


女神は、きっぱりと言い切った。


『あなたには、誰よりも幸せになる資格がある。だから、私はあなたに4つの究極スキルを授ける』


「4つ……!?」


この世界では、スキルは神からの祝福だ。一つ持っているだけでも幸運なのに——4つも?


『まず一つ目——【究極鍛冶(アルティメット・フォージ)】。あらゆる武器・防具・道具を最高品質で創造できる力よ』


女神の手から、光の粒子が俺の胸に吸い込まれていく。


温かい。心地よい。力が、体の中に満ちてくる。


『二つ目——【究極時空間操作(アルティメット・クロノスペース)】。時間と空間を操る、究極の力』


さらなる光が、俺に注がれる。


今度は、少し冷たい感覚。でも、不快ではない。まるで、清涼な風が体の中を吹き抜けるような感覚。


『三つ目——【神体(ディバイン・ボディ)】。神のごとき肉体。あなたの病弱な体は、完全に治癒される』


全身が熱くなる。


燃えるような熱さ。でも、痛くはない。むしろ、心地よい。


体中に、力が満ちてくる。


病弱だった体が、みるみる健康になっていくのが分かる。


「これ……すごい……」


『そして四つ目——【武神術(マーシャル・アーツ)】。私があなたのためだけに創造した、唯一無二の武術。あなたの母方の実家・橘流総合武術を基礎に、神の力を加えた究極の技術体系よ』


最後の光が、俺の全身を包み込む。


頭の中に、無数の技術が流れ込んでくる。剣術、体術、気功術——全てが、まるで生まれた時から知っていたかのように、自然と理解できる。


「……こんな、力……俺に……」


『あなたには、それだけの価値がある。さあ、受け取りなさい。そして、新しい人生を——思う存分、生きなさい』


女神は、最後に白銀色に輝く卵を俺に手渡した。


卵は、手のひらに乗るサイズ。でも、ずっしりと重い。温かく、柔らかく光を放っている。


『これは、私からの最後の贈り物。この卵から孵る存在が、あなたの最高のパートナーとなるでしょう』


「ありがとう、ございます……!」


涙が、止まらなくなった。


でも、今度は悲しみの涙ではない。


生まれて初めて——誰かに、こんなにも優しくしてもらった。


生まれて初めて——自分に価値があると、認めてもらった。


『泣かないで、奏多。あなたは、もう一人じゃない。これから出会う仲間たちが、あなたを支えてくれる。そして、あなたも彼らを支えていく』


女神の手が、俺の頭を優しく撫でる。


『さあ、行きなさい——異世界イデアへ!』


光が、俺を包み込む。


今度は、恐怖はなかった。むしろ、期待に胸が高鳴る。


新しい世界。


新しい人生。


新しい俺——


そして——


俺の新しい人生が、始まった。

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