第2話:森の中での目覚め

目を開けると、俺は森の中にいた。


「……ここが、異世界……?」


立ち上がり、周囲を見渡す。


見たこともない巨大な樹木が、空高くそびえ立っている。その幹は、俺が両手を広げても抱えきれないほど太い。樹皮は深い緑色で、所々に光る苔のようなものが生えている。高さは50メートル以上あるだろうか。天を突くように伸びる枝葉が、陽の光を柔らかく遮っている。


その樹々の間を、色とりどりの鳥のような生物が飛び交っている。赤、青、緑、黄色——虹色に輝く羽根を持つ鳥たち。でも、地球の鳥とは明らかに違う。尾が長く、まるで彗星のように光の尾を引きながら飛んでいる。


空気が、地球とは全く違う。濃密で、魔力を含んでいるような——そんな感覚。一呼吸するだけで、体の中に力が満ちてくる。


足元には、見たこともない草花が咲いている。青く光る花、透明な葉を持つ草、虹色に輝くキノコ——全てが幻想的だ。


「すげぇ……本当に、異世界なんだ……」


そして、何より——


「体が……軽い……!」


その場で何度も飛び跳ねてみる。ジャンプするたびに、5メートル以上飛び上がる。着地も、まるで羽根のように軽い。衝撃も、痛みも、全くない。


「全然、疲れない……!」


走ってみる。地球では少し走るだけで息切れしていたのに、今は全力疾走しても全く平気だ。むしろ、もっと走りたいと思える。風を切る感覚が、心地よい。


木に向かって拳を放ってみる。


ドゴォッ!


「うわっ!?」


拳が当たった部分の樹皮が、砕けた。俺の拳に、そんな力があるなんて——


「本当に……病気が治ってる……!」


涙が溢れそうになる。


生まれて初めて味わう、健康な体。


17年間、ずっと病弱だった。少し動くだけで息切れして、階段を上るだけで全身が悲鳴を上げて、朝起きるだけで疲労困憊していた。


それが——


今は、こんなにも自由に動ける。


「ありがとう……女神様……」


空を見上げる。青い空に、白い雲が浮かんでいる。太陽が、まぶしく輝いている。


でも、その太陽は地球のものより少し大きく、色も少しオレンジがかっている。


(本当に、別の世界なんだな……)


実感が湧いてくる。


俺は、もう地球にはいない。


家族も、学校も、イジメも——全てが、遠い世界の出来事だ。


ここは、異世界イデア。


俺の新しい人生が始まる場所——


***


ふと、手に持っていた白銀の卵を見る。


女神様から託された、大切な卵。


「これが、女神様が言ってた最高のパートナー……」


卵は、柔らかく光を放っている。温かい。まるで、生きているかのように脈動している。


手のひらで包み込むと、その温もりが伝わってくる。心地よい温かさ。安心する温かさ。


そのとき——


ピキッ……


「!?」


卵に、亀裂が入った。


白銀色の殻に、一筋の黒い線が走る。


ピキピキピキッ……!


亀裂が広がっていく。蜘蛛の巣のように、どんどん広がっていく。


「孵化する……!?」


慌てて、卵を地面に置く。柔らかい苔の上に、そっと置いた。そして、少し距離を取る。


卵は、ますます激しく光り始める。白銀の光が、周囲を照らす。


そして——


パリィィンッ!!!


卵が割れ、中から何かが飛び出してきた。


光の粒子が舞い散る。まるで、星屑が降り注ぐように。


その光の中から——


「キュルルル〜♪」


それは——白銀色の、小さな龍の雛だった。


「りゅ、龍……!?」


体長30センチほどの、可愛らしい龍。四本の脚に、小さな翼。長い尾。そして、白銀の鱗が太陽の光を反射して、キラキラと輝いている。


鱗は、一枚一枚が宝石のように美しい。見る角度によって、虹色に輝く。


頭には小さな角が二本生えていて、それも白銀色に輝いている。


瞳は青く、透き通っている。まるで、サファイアのような瞳。


「キュルルル♪」


雛は、よちよちと俺に向かって歩いてくる。


その歩き方が、何とも言えず可愛い。まるで、生まれたばかりの子犬のように、ふらふらとしながら歩いてくる。


そして——


ピトッ


俺の足に、体を擦り寄せてきた。


「キュゥゥ〜ン♪」


温かい。柔らかい。そして、何より——


この雛は、俺を信頼している。


その気持ちが、直接伝わってくる。


「……お前が、俺のパートナー……?」


「キュルルル!」


龍の雛は、嬉しそうに鳴く。まるで、「そうだよ!」と言っているかのように。


しゃがんで、雛の頭を撫でてみる。


鱗は、見た目よりも柔らかい。まるで、絹のような手触り。


「そっか……女神様が、お前を俺に託してくれたんだな……」


「キュゥゥ♪」


雛は、俺の手に顔を擦り寄せてくる。


その仕草が、愛おしい。


すると——


ピカァァァッ!!!


雛の額から、光の紋様が浮かび上がった。


複雑な幾何学模様。それは、まるで魔法陣のように複雑で、美しい。


同時に、俺の右手の甲にも同じ紋様が現れる。


熱い。でも、痛くはない。むしろ、心地よい熱さ。


『——契約、完了。永久始祖神龍(エターナル・オリジン・ゴッドドラゴン)の雛と、皇奏多との主従契約が成立しました』


頭の中に、機械的な声が響く。


同時に、目の前に青い半透明のウィンドウが現れた。


+++

【契約成立】

従魔:永久始祖神龍(エターナル・オリジン・ゴッドドラゴン)の雛

レベル:1

スキル:

・竜王覇気(ドラゴンロード・オーラ)

・始祖龍魔法(オリジン・ドラゴニック・マジック)

・空間転移(ディメンション・シフト)

・生命共有(ライフ・リンク)

+++


「え、永久始祖神龍……!? そんな、すごい龍なのか……!?」


永久、始祖、神、龍——


どの単語も、ものすごくヤバそうだ。


「キュルルル♪」


雛は、嬉しそうに俺の腕に飛びついてくる。


小さな翼をバタバタさせて、何とか飛んで——でも、飛びきれずに、俺の腕にしがみつく。


「よしよし……」


雛を抱きかかえる。軽い。でも、確かな温もりがある。


「……よし、お前に名前をつけないとな」


少し考えて——


「リューイ。お前の名前は、リューイだ」


「キュルルル! キュル!」


リューイは、その名前が気に入ったようで、何度も嬉しそうに鳴いた。俺の胸で、嬉しそうに体を擦り寄せる。


その様子が、あまりにも可愛くて——


俺は、思わず笑っていた。


心から、笑っていた。


いつ以来だろう。こんなふうに、心から笑ったのは。


「よろしくな、リューイ」


「キュゥゥ♪」


***


こうして、俺とリューイの冒険が始まった。


でも、まだ俺は知らない。


この出会いが、俺の運命を大きく変えることを。


そして、これから出会う仲間たちが、俺の人生にどれだけの光をもたらしてくれるのかを——。


リューイを腕に抱いたまま、俺は周囲を見回す。


ここは、深い森の中。木々が密生していて、方角もよく分からない。


「とりあえず……人がいる場所を探さないとな」


このままここにいても、何も始まらない。


食料も、水も、寝る場所も必要だ。


そして何より——この世界のことを、知らなければいけない。


「よし、歩くか」


リューイを肩に乗せて、歩き始める。


リューイは、俺の肩の上で周囲をキョロキョロ見回している。


「キュルル?」


「ああ、初めての場所だもんな。俺も初めてだよ」


「キュゥゥ♪」


リューイの尻尾が、俺の首に巻きつく。落ちないように、バランスを取っているようだ。


森の中を歩いていく。


道なき道を進む。木々の間を縫うように、前に進む。


足元には、様々な植物が生えている。地球では見たこともないような、奇妙な形の草や花。触っても大丈夫なのか、毒があるのか——判断がつかない。


だから、なるべく触らないように気をつけながら進む。


時々、木の枝から垂れ下がっている蔦のようなものを避ける。それは、まるで生きているかのようにゆらゆらと揺れている。


「キュルルル!」


リューイが、何かを指差して鳴く。


見ると、木の幹に奇妙な生物がいた。


体長10センチほどの、リスのような生物。でも、リスとは明らかに違う。体が透明で、中が透けて見える。心臓が動いているのが見える。


「透明なリス……? いや、この世界では普通なのかもな」


透明リスは、俺たちに気づくと、慌てて木を登っていった。あっという間に、姿が見えなくなる。


「この世界には、色んな生物がいるんだな」


「キュルルル♪」


リューイも、興味津々で周囲を見ている。


***


森の中を30分ほど歩いていると——


ガサガサガサッ!!!


「!?」


藪の中から、何かが飛び出してきた。


それは——


体長2メートルほどの、巨大な狼のような魔物。


いや、狼ではない。全身が黒い毛で覆われ、赤い目が爛々と輝いている。口からは、鋭い牙が覗いている。その牙は、ナイフのように鋭く、唾液が滴っている。


筋肉質な体。鋭い爪。威圧的な存在感。


「グルルルル……!!!」


魔物は、俺を睨みつけながら唸り声を上げる。


その声は、低く、地を這うように響く。


「ま、魔物……!?」


初めて見る、本物の魔物。


心臓がバクバクと高鳴る。


手に汗が滲む。


でも——不思議と、恐怖は感じなかった。


むしろ、体の奥底から力が湧いてくる。


(これが……【神体】の力……?)


体が、戦闘態勢に入るのが分かる。


筋肉が引き締まり、感覚が研ぎ澄まされる。


「キュルルル!」


リューイが、警戒するように鳴く。俺の肩の上で、小さな体を震わせている。


でも、それは恐怖ではない。戦闘準備だ。


「大丈夫、リューイ。俺に任せろ」


リューイを肩から降ろし、少し後ろに下がらせる。


「ここで待ってろ。危なくなったら、逃げるんだぞ」


「キュルル……」


リューイは、心配そうに俺を見上げる。


でも、俺は大丈夫だ。


なぜなら——


(俺には、力がある)


女神様が授けてくれた、4つの究極スキル。


その力を、今、試す時だ。


魔物——後で調べたら【ブラックウルフ】という名前だった——が、俺に向かって跳びかかってくる。


「グオオオオッ!!!」


その速度は、常人なら反応できないほど速い。


瞬間的に、5メートルの距離を詰めてくる。


大きく開かれた口。鋭い牙。狙いは、俺の喉だ。


でも——


俺の目には、スローモーションのように見えた。


(動きが、見える……!)


魔物の筋肉の動き。跳躍の軌道。着地点——全てが、手に取るように分かる。


本能的に、体が動く。


右にステップして、魔物の攻撃を回避。


魔物の巨体が、俺がいた場所を通り過ぎる。


そして——


「はあああっ!!!」


拳を、魔物の腹部に叩き込む。


ドゴォォォッ!!!


凄まじい衝撃。


拳と魔物の体が接触した瞬間、空気が爆ぜる。


魔物の体が、5メートルほど吹き飛んだ。


ゴロゴロと地面を転がり、木に激突する。


ドガァンッ!


「ギャアアアッ!?」


魔物の悲鳴が、森に響く。


「……え? 俺、今……」


自分の拳を見る。


さっきのは、確かに俺が放った一撃。


でも、こんな力——今まで一度も感じたことがない。


地球では、握力すらまともになかった。重い荷物を持つこともできなかった。


なのに、今は——


2メートルもある魔物を、一撃で吹き飛ばした。


「これが……【神体】の力……?」


信じられない。でも、これが現実だ。


魔物は、すぐに立ち上がり、再び俺に向かってくる。


さっきよりも怒っている。目が、さらに赤く輝いている。


「グルルルル!!!」


今度は、口から炎のブレスを吐いてきた。


ゴォォォッ!


真っ赤な炎が、俺に向かって飛んでくる。


その熱気が、肌に伝わってくる。


「うわっ!?」


咄嗟に、左に飛んで回避。


炎は、俺がいた場所の地面を焼き尽くす。


ジュゥゥゥッ!


草が燃え、土が焦げる。


(やばい……遠距離攻撃もできるのか……!)


どうする? 武器がない——


いや、待て。


俺には【究極鍛冶】がある。


「鍛冶スキル、発動!」


念じると——


頭の中に、無数の武器の設計図が浮かび上がる。


剣、槍、斧、弓、盾——ありとあらゆる武器の情報が、一瞬で理解できる。


(今は……剣だ!)


イメージする。シンプルな片手剣。扱いやすく、軽く、鋭い剣を——


すると——


シュゥゥゥッ!


手の中に、一振りの剣が出現した。


シンプルな片手剣。刀身の長さは70センチほど。銀色に輝く刀身は、鋭く研ぎ澄まされている。柄は黒く、握りやすい。重さは、ちょうどいい。


「マジで……作れた……!」


【究極鍛冶】——本当に、武器を創造できるスキルだったんだ。


魔物が、三度目の攻撃を仕掛けてくる。


「グオオオオオッ!!!」


今度は、本気だ。


全速力で跳びかかってくる魔物。その迫力は、さっきの比ではない。


俺は——剣を構え、深呼吸する。


そして——


体が、勝手に動いた。


(これは……【武神術】……!)


頭の中に流れ込んできた、無数の技術。


その中の一つが、自然と発動する。


「流水剣(りゅうすいけん)!!!」


水の流れのように柔らかく、しかし確実に——


一閃。


二閃。


三閃。


四閃。


五閃。


5連撃の斬撃が、魔物の体を切り裂いた。


ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!!!


「ギャアアアアアアッ!!!」


魔物の体が、地面に崩れ落ちる。


血が噴き出す。


そして——光の粒子となって、消えていった。


まるで、最初からいなかったかのように。

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