その者、神羅万象の主につき~取り扱いに注意せよ~ver2
グリゴリ
プロローグ:見捨てられた少年
俺、皇奏多は今日も一人だ。
広大な皇家の豪邸の片隅にある、俺の部屋。いや、正確には「隔離部屋」と呼ぶべきか。家族が俺の存在を忘れるために用意した、見えない檻。
窓の外では、弟の隼人が友人たちと笑い合いながら庭でバスケをしている。オレンジ色のボールが宙を舞い、歓声が上がる。姉の咲良は華やかなドレスを着て車に乗り込み、どこかのパーティーへ向かうところだ。運転手が恭しく扉を開け、咲良は優雅に車内へ消えていく。兄の蒼介は書斎で商談の電話をしている声が聞こえる。冷静で論理的な声が、廊下まで響いている。
みんな、それぞれの人生を謳歌している。
そこに、俺の居場所はない。
存在しないも同然の俺が、この豪邸にいる意味なんてない。
ベッドに横たわりながら、天井を見つめる。白い天井には、小さな染みがいくつもある。何度この染みを数えただろう。暇つぶしにもならない、無意味な作業。それでも、他にすることがない。
今日も体調が悪い。生まれつきの病弱体質で、少し動くだけで息が切れる。階段を上るだけで全身が悲鳴を上げる。朝起きるだけで、まるでマラソンを走ったかのような疲労感に襲われる。
だが、それ以上に俺を苦しめているのは——スキルがないことだ。
この世界では、人間は必ず一つ以上のスキルを持って生まれてくる。それは神から授けられた祝福であり、人間である証でもある。父の【覇道経営術】、母の【橘流奥義】、兄の【絶対記憶】、姉の【魅惑の美声】、弟の【疾風迅雷】。家族全員が、それぞれ優れたスキルを持っている。
でも、俺には何もない。
検査を何度受けても、結果は同じ。「スキル:なし」
皇家の恥。出来損ない。いない方がマシな存在。
家族は俺をそう呼んだ。いや、最近は呼びすらしない。完全に「いない者」として扱われている。家族行事には呼ばれず、食事も一人で部屋で取る。誕生日も、正月も、クリスマスも——全て、俺だけが除外される。
スマホの画面には、芹沢南からのメッセージが届いている。
『かなたくん、今日も学校休むの? 大丈夫?』
南——唯一、俺を心配してくれる幼馴染。彼女だけは、俺を「普通」に扱ってくれる。病弱でスキルのない俺を、哀れみや軽蔑の目で見ない。ただ、純粋に心配してくれる。
でも、俺は彼女を巻き込みたくない。俺と関わることで、彼女までイジメのターゲットになってしまう。だから、いつも遠ざけてしまう。彼女の優しさを、受け取ることができない。
「ごめんな、南……」
返信を打とうとして、やめた。どうせ、俺が何を言っても彼女を傷つけるだけだ。「大丈夫」なんて嘘をつくのも疲れた。本当は全然大丈夫じゃない。毎日が地獄で、生きているのが辛くて、消えてしまいたいと思っている。
でも、そんなことを言えるはずがない。
ため息をついて、スマホを枕の下に押し込んだ。
***
昔は、こんなじゃなかった。
5歳の頃、まだ病気が本格的に発症する前。俺は普通の子供だった。姉の咲良と一緒に庭で遊んだ記憶がある。春の暖かい日差しの中、花壇の周りを走り回った。
「奏多くん、鬼ごっこしよ!」
「うん! 咲良お姉ちゃん、待ってー!」
あの頃の咲良は、俺に優しかった。笑顔で一緒に遊んでくれた。転んだ俺の手を取って、優しく励ましてくれた。「大丈夫? 痛くない?」と心配してくれた。
でも、それも長くは続かなかった。
小学3年生のとき、俺の人生は完全に変わった。
病弱体質が悪化し、学校を休みがちになった。そして、「スキル検査」で何も出なかった。教室に貼り出された一覧表に、俺の名前の横だけが「スキル:なし」と表示されていた。クラスメイトたちは、俺を指差して笑った。
その日の夜、父は激怒した。
父の書斎に呼び出された俺は、椅子に座る父の前で立たされた。父の目は冷たく、まるで不良品を見るかのような眼差しだった。
「奏多、お前は皇家の恥だ。スキルもない、体も弱い。そんな子供が我が家にいることが、どれだけの恥か分かるか?」
「ご、ごめんなさい、父さん……」
震える声で謝った。でも、父の表情は変わらなかった。
「謝って済む問題ではない。お前は今日から、家族行事には一切参加するな。お前がいることで、皇家の名に傷がつく。分かったな?」
「……はい」
それから、俺は「いない者」になった。
誕生日も、クリスマスも、正月も——家族全員が集まる場に、俺だけは呼ばれない。リビングで家族が団らんしている時、俺は部屋で一人、冷たい弁当を食べる。笑い声が廊下まで聞こえてくる。でも、その輪の中に俺はいない。
兄の蒼介は冷たく言い放った。
「奏多、お前は劣等遺伝子だ。俺たちの足を引っ張るな。お前が家にいるだけで、皇家の品格が下がる」
姉の咲良も、もう俺と遊んでくれなくなった。廊下ですれ違っても、目も合わせない。友人たちには、俺の存在を隠している。
「奏多? あの子のことは話題にしないで。恥ずかしいから」
弟の隼人は、俺を「出来損ない」と呼んだ。友人たちの前で、わざと俺を馬鹿にして笑いを取る。
「うちの兄貴? ああ、あれね。スキルもない病弱野郎。マジで恥ずかしいわ」
祖父母たちも、俺を見る目が冷たくなった。
母方の祖父・橘厳道は、俺を武術の稽古から除外した。
「武の才がない者に、橘流を教えることはできん。お前は橘家の恥だ」
父方の祖父・皇龍之介は、俺をビジネスの話から排除した。
「お前には商才もない。皇家の跡継ぎとして、何の価値もない」
母だけは、時々申し訳なさそうな目で俺を見た。でも、父に従順な母は、何も言わなかった。何もしてくれなかった。ただ、遠くから見ているだけ。
夜、母が俺の部屋の前を通り過ぎる足音が聞こえることがある。一瞬、立ち止まる。でも、ノックはされない。扉は開かない。そのまま、足音は遠ざかっていく。
俺は、完全に孤立した。
***
学校でのイジメは、さらに激しくなった。
中学時代、俺は毎日のように暴力を受けていた。
「おい、皇! お前、スキルないんだってな! ダッサ!」
「病弱のくせに学校来んなよ! 迷惑なんだよ!」
休み時間になると、教室の隅に追い詰められる。殴られ、蹴られ、笑われる。教科書を破られ、靴を隠され、ノートに「死ね」と落書きされる。
ある日、階段から突き落とされた。転がり落ちる体。激痛。骨が折れる音。それでも、誰も助けに来なかった。笑い声だけが、階段に響いた。
「あはは! 見た? 今の転び方!」
「マジウケる! さすが出来損ない!」
保健室に運ばれた俺を、養護教諭は冷たい目で見た。
「また、あなたね。自分で気をつけなさい」
教師たちも、見て見ぬふり。皇家の権力を恐れているのか、それとも俺がスキルのない「欠陥品」だから興味がないのか。職員室で相談しても、適当にあしらわれるだけ。
「まあ、気をつけなさい」
「君も少し強くならないとね」
誰も、本気で助けようとはしなかった。
芹沢南だけが、何度も助けようとしてくれた。
「かなたくん! やめて! やめてよ!」
イジメの現場に飛び込んできた南。彼女は俺を庇おうとした。でも、俺は彼女を拒んだ。
「南、来ないでくれ……お前まで巻き込みたくない……」
「でも……!」
南の目から、涙が溢れる。
「かなたくん、一人で抱え込まないで……!」
「頼むから、俺に関わらないでくれ……」
南の泣き顔が、今でも忘れられない。俺は、唯一の味方すら、自分から遠ざけてしまった。
***
高校でも、イジメは続いた。
主犯格は黒崎竜也——金持ちの息子で、暴力的で傲慢な男。父親は大手不動産会社の社長で、権力を笠に着ている。
「おい、出来損ない! 今日も俺様の靴を舐めろよ!」
放課後、誰もいない教室。黒崎は椅子に座り、足を俺の前に突き出す。その靴は泥で汚れている。
「や、やめてくれ……」
「やめてくれ? ハッ、お前に選択権なんてねぇんだよ!」
黒崎の拳が、俺の腹に叩き込まれる。
ドスッ!
「がっ……!」
息が止まる。肺から空気が全て押し出される。倒れ込む俺の頭を、黒崎は容赦なく踏みつける。
「お前みたいなゴミが生きてること自体が間違いなんだよ。さっさと死ねよ」
取り巻きたちが、笑いながら見ている。
白石健は、スマホでその様子を撮影している。
「いいね、これ。ネットにアップしたら面白そうだな」
青木翔は、俺の鞄を蹴り飛ばす。
「おら、荷物も片付けろよ、ゴミが」
赤坂優也は、俺の財布から金を抜き取る。
「今日の分、もらっとくわ。感謝しろよ、出来損ない」
桜井麻衣は、鼻で笑う。
「あの病弱男、まだ生きてたの? キモいわね」
田中美咲は、噂話を広める。
「ねえねえ、聞いた? 皇奏多って、家族からも見捨てられてるらしいよ」
クラスメイトの大半は見て見ぬふり。一部は笑いながら見ていた。
桐谷颯太や三島健太、佐藤陽介、高橋美月、山田大輔——彼らは「いい人たち」だった。でも、誰も俺を助けなかった。正義感はあっても、行動には移せなかった。
桐谷は、遠くから申し訳なさそうな顔をしている。でも、近づいてこない。
三島は、データを分析するように状況を眺めている。でも、止めない。
佐藤は、笑いでごまかそうとする。でも、何もしない。
高橋は、目を逸らす。でも、声を上げない。
山田は、拳を握りしめる。でも、動かない。
南だけが、遠くから俺を見守ってくれていた。でも、俺は彼女を遠ざけ続けた。廊下ですれ違っても、目を合わせない。彼女が声をかけようとすると、逃げるように立ち去る。
南の悲しそうな顔が、胸に突き刺さる。
でも、これでいい。彼女を巻き込むわけにはいかない。
***
ベッドから起き上がり、鏡を見る。
痩せこけた体。青白い顔。生気のない目。頬はこけ、腕は骨と皮だけ。服の下には、イジメで受けた傷の痕がいくつも残っている。
「こんな俺が……生きてる意味、あるのかな……」
自嘲気味に笑う。鏡の中の自分が、惨めに笑い返す。
でも、死ぬ勇気もない。屋上から飛び降りようと思ったこともある。でも、できなかった。電車に飛び込もうと思ったこともある。でも、できなかった。
ただ、毎日をやり過ごすだけ。朝起きて、何もせず、夜寝る。それだけの毎日。
スマホの画面には、また南からのメッセージ。
『かなたくん、明日は学校来れる? 待ってるね』
「南……ごめん……」
返信はしなかった。既読もつけない。ただ、スマホを置いて、再びベッドに倒れ込む。
窓の外では、夕日が沈んでいく。オレンジ色の光が、部屋を染める。
明日も、同じ日が来る。
絶望と孤独だけの、変わらない日々。
でも——
この時の俺は、まだ知らなかった。
明日、俺の人生が完全に変わることを。
見捨てられた少年が、神となる物語が始まることを。
そして、失ったすべてを取り戻し、さらなる高みへと昇っていく運命が、もうすぐそこまで迫っていることを——。
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