A-01・2

――車掌さんにでも聞いてみようか。

 どれだけ駅と駅の間が長いといってもそろそろ次の駅についていい頃だ。


「どこなんでしょうか、ここ。ずっと電子掲示板も動かないし……」

「そうねえ。乗り過ごしちゃったからこうなったのかしら。いずれにせよ困ったわねえ」


 二人分の声。高校生くらいの少女の声と、年配の女性の声。

 思わず顔を上げると、二人の女性と目が合った。女子高生の方――紺色のリボンに紺色の襟のセーラー服を着たかわいらしい少女が、「あっ」と声を上げる。


「目が覚めたんですね。よかった」

「ああ、どうも……?」

 見知らぬ少女に親し気に話しかけられて戸惑う。


 ああそうだ。この女子高生とおばあさんは、確か私と同じ車両に乗っていた乗客だ。だがどれだけ空いていようと電車で見知らぬ他人に話しかけられることなどほとんどない経験だったので、ただあいまいに頷いておく。


「わたしたちもさっき目が覚めたんですけど、この電車、二十分くらいどこにも停まっていないどころか、トンネルの中を走ってるんですよ。それでおかしいなって思って、この方……米津さんを起こしたんです」

「二十分も?」

「こんな電車では、こんなに長い橋トンネルはないはずなのにねえ」


 おばあさん――米津瑛子と名乗る、品のよさそうな老婦人だった――が言う。どうやらこの電車は橋を渡っているらしい。電車の音からそれがわかるのだそうだ。

 女子高生は三ツ山凪咲と名乗った。まじめそうな雰囲気の少女だ。

彼女は学校帰りに友達と待ち合わせの予定があって、私にとっての最寄り駅で集合するつもりだったらしい。確かに私の降りる駅には、ここらにはあまりない映画館やらショッピングモールやらがある。もしかしたら放課後デートだったのかもしれない。

「はあ、どうも。私は羽田舞香です。都内の大学に通ってる三年生で……」

「はじめまして、羽田さん。それでですね、どう考えてもおかしいから、わたしたち、さっき二人で車掌さんのところに行ったんです。そうしたら……」

 そこで凪咲ちゃんと米津さんが困ったように顔を見合わせる。

そしてややあってから、躊躇いがちに米津さんが言った。



「いなかったのよ。車掌さんの姿がどこにもなかったの」

「えっ」



 私は目を見開いた。

 まさか。どこにもいなかった? 運転を制御する人が?


「この電車、完全自動運転だったんですか。そんなことってあるんでしょうか。これ、古いタイプの電車なのに……」

「でしょう? おかしいですよね。だからわたしたち、困ってて……それに、おかしなことはそれだけじゃないんです」


 そう言い、凪咲ちゃんがスマホの画面をこちらに示す。液晶に映し出された時刻は――十七時二十四分。


「あ、あれ……?」


 わたしがさっき見た時は十七時二十五分だったはずだ。あれから少なくとも数分は経過しているはず。それなのに、なぜ時刻が進むどころか、二十四分に戻ってしまっているのだろう。機種の違いがあっても、そこまでずれることはないはずだろうに。

私は困惑して自分のスマホを見て、それから目を見開いた。――十七時二十五分。

時刻が戻っているということはなかったが、進んでもいなかった。……どういうことなのか。スマホがいつの間にか壊れてしまったのか。


「おかしいですよね。なぜか、時計、ずっと止まってるんです」

「そう、みたいだね。でもスマホの時計が止まるとは思えないんだけど……」

「でも止まってるんです。米津さんのつけてたヴィンテージの時計も。お父さんが時計好きなんで知ってるんですけど、お高い時計ってそうそう壊れることはないんですよ」

「じゃあ、どうして……」


 時間が止まっている。トンネルの中を走り続ける電車。消えた車掌。

 ぞっ、と背筋を悪寒が駆けのぼる。今まさに、自分たちの身には、なにか得体の知れないことが起こっているのだと、私はそこでようやく心底理解した。


 ――まさか。


 浮かんできた嫌な予感に動かされるようにして私は再びスマホを手荷物とパスワードを解き、スマホのロックを解除した。ホーム画面が映る。

私はそこのメッセージアプリを立ち上げようとした。だが、開かない。

検索エンジンを起動しようとした。ページにエラーが出た。

電波は立っていることになっているのに、まるでここが圏外であるかのように、スマホはインターネットに繋がらなかった。インターネットが重いのはトンネルの中ではままある現象だが、ここまでというのは異常だった。


「夢、じゃないんですよね……」

「わたしも凪咲ちゃんも夢かと思ったのよ。でも、頬をつねり合ってみても痛いし、それに、こんなにはっきりとした夢……七十年生きてきて初めてだわ」

「そう、ですよね」



 夢だと思うにはあまりにもリアルだ。電車の音も、ものの手触りも、人も、ここに漂う冷たい空気もすべて――。


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