防衛開始/配信開始/2
「粗茶ですが」
「苦しうない」
徳用の茶葉にウォーターサーバーのお湯で淹れた緑茶を出すと、ベアトリーチェは嬉しそうに頷いた。すぐに湯呑を触って、あつっ、などと言っている。狭い一人暮らしの部屋の中、見飽きたちゃぶ台にゴスロリドレスの少女が座っている光景は何とも落ち着かない。
イノシシとイヌの〈化物〉を撃退し、周囲に〈化物〉の気配を感じながらも一度部屋に戻ったところだ。
「ええと……改めて、その。……守って、欲しい」
泣きはしないが、守ってもらうのだから頭は下げるべきだと思い、改めて頼んだ。ベアトリーチェは複雑そうな表情で頷く。
「無論だ。そのために来たのだから。ただ、ひとつだけ懸念がある」
「……なんだろうか」
「この建物……アパートと言ったか。建物と敷地全体を守るには、手はさておき目が足りぬ」
メゾン・シアンは二階建て、各階二部屋の小さなアパートだ。ここは102号室。周囲は一方向が道路に面した駐車場スペースで、反対側に庭がある。駐車場以外は腰の高さ程度の柵で囲われており、その先は他の家だ。
〈化物〉どころかタヌキも防げない無防備っぷりである。
「そなたが先ほど広場も含めたのは、建物自体の被害も考えてのことであろう」
「一応、そのつもりで」
「慧眼である。罠は守るべき対象から離れるほど使いやすい」
問題は――
「さすがのわらわも天眼通までは持たぬ。敷地全体を防衛するなら、アパートの裏から〈化物〉が近づいてきた時、いち早く気付くための工夫が必要だ」
「……じゃあ、これ、とか」
てんげんツー? と首をかしげながら、パソコンの前に座る。パスワードを思い出すのに少し苦労したが、ほどなく画面には駐車場と庭をそれぞれ映す画面が表示された。
以前、大家さんから監視カメラについて相談された際に色々設定したのだった。管理アカウントはトラブル対応の時のためにと控えさせられていたものだ。トラブルと言えば最大級のトラブルだし、私用は許してもらおう。性能は最低限だが、〈化物〉のような異常なものが映ればわかるだろう。
「ほう。これならば監視には十分だな」
「俺が監視してれば……いいかな」
「うむ。そなたの声ならばわらわに必ず届くゆえ」
「……頼もしい。そうだ、死角になりそうなところに、これも置くか……」
画面の横に置いたゲーム配信用のカメラとマイクに目を向ける。カメラはほとんど使っていないし。マイクの方は小さい声でも拾えるよう高性能のものを購入したが、そもそも喋らないと性能どころではないと以前の俺は気付いていなかった。
ベアトリーチェがかわいらしく首をかしげる。
「これはどのような使い方をするものなのだ?」
「…………配信、といって……」
嫌な予感を覚えつつ配信について一通り解説した。
ベアトリーチェの紅い瞳は、一秒ごとに輝きを増していくようだった。
▼
過疎配信を巡る、という趣味者がいる。
『まだ見つかっていない』配信者やVtuberを探すとか、マニアックさを楽しむとか、苦戦している配信者を応援したいとか、理由は色々ある。その男は深夜ラジオのようなちょうどいい『だるさ』を求めて知らない配信者を夜な夜な渡り歩いていた。
同接一名、配信が始まったばかりのサムネイルをクリックする。
「駐車場配信とかマニアックすぎる。ホラー系か……?」
映っていたのはどこかの駐車場と見えた。砂利敷の広くはない駐車場に、ゴスロリの人影が立っている。
〉 配信乙
〉 ホラーか?
とりあえずコメントを打ってみると、画面の中で人影がカメラを向いて手を振った。少女だ。はしゃいだ動きを見せる背後に、黒く蠢く影が見えた。
軽トラックに黒い何かがまとわりつき、巨大な狼のようなシルエットを形作っていた。
「ば……〈化物〉配信かよ……?」
〈改変化物〉は一地点から広がっていくから、地域単位で避難勧告が出る。あくまで勧告であって立ち入りに制限があるわけではない、と言い訳した命知らずが〈化物〉氾濫区域に突入して配信することもあった。
「いや、さすがに……フェイクだよな」
ゴスロリ美少女が深夜の〈化物〉氾濫区域を徘徊するなど、さすがに出来すぎだ。スプラッタ系や胸糞系ならさっさと出よう。そう思って男がマウスを握った時だった。
軽トラックが改変化された狼の〈化物〉が少女に襲い掛かる。
少女は優雅な仕草で両手を広げる。
青白い光が狼の足を噛み、動きを止める。
――少女が両手を閉じ、青白い光が狼を両断する。
「…………マジ?」
ディープフェイク、AIに作らせた動画だ。理性がわめくそんな判断を、映像の現実味が塗りつぶす。重みがあった。少女のドレスの揺れ、飛び散る軽トラックの部品、振り返ってカメラを見た少女のどや顔、全てが圧倒的に現実的だ。
カメラの動きや音声がないのは監視カメラの映像だからだろうか。
何かに気付いた様子を見せた少女が砂利を蹴って建物側へ走る。画面から消えて一秒後、映像が切り替わって今度は庭が映った。家庭菜園の名残らしき雑草が広がる荒れた庭だ。
〉 やばいって
男は咄嗟にコメントを打っていた。獣の姿をした〈化物〉が三匹。駆け込む少女の横顔には笑み。
足止め、両断。
足止め、両断。
足止め、両断。
男の心配を他所に、少女はあっさりと〈化物〉を倒してしまう。少女は誰かの指示を受けているのか、頷いたり首を横に振ったりしながら建物の周囲を駆け回って〈化物〉を狩っていく。
「はは……やっぱりフェイク、だな……」
男は呆れた笑みをこぼした。前に見た〈化物〉配信では、元剣道部だという配信者が鉄パイプで十数分、小さな〈化物〉を叩いてようやく倒していた。それを、謎の青白い光であっさりと。
言葉とは裏腹に、男の指は震えていた。
『まだ見つかっていない』だけの配信者を見つけたらどうするか?
決まっている。
その夜、SNSでは密やかに、だが速やかにこんな文言が飛び回った。
――やばい〈化物〉配信がある。
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