防衛開始/配信開始/1
「…………」
「……………………」
「ハル、我が
見惚れていたのが半分、何を言っていいのかわからなかったのが半分。無言で立ち尽くしていたら、ドヤ顔からいぶかしげな表情に変わったベアトリーチェにそう言われた。
表情が豊かな少女だ。
「え、っと……」
「……賞賛を。絶賛でも良い。大喝采とまでは望まぬが、道具を労わぬのは悪徳だぞ」
なるほど。それは確かに正論だ。頭を下げる。
「ありがとう。君のおかげで……助かった」
顔を上げると、ベアトリーチェの頬がふくらんでいた。
「…………まあよい。そなたが美辞麗句を弄する輩ではないことを、まずは善しとしておく」
お気に召さなかったらしい。むくれてます、と言わんばかりの表情とじっとりした赤い眼が、言葉と全然合っていなかった。
視聴者のコメントすら拾えないコミュ障には、何を間違えたかわからない。難しすぎる。せめて国語の試験かADVゲームのように選択肢が欲しかった。
その時だ。どこからか、遠吠えが聞こえたのは。
『Oh――――N』
明らかに犬ではない、力強く響く遠吠え。かなり遠くから聞こえた気がするのに、はっきりと耳に届いた。応えるように町の各所から遠吠えやうなり声が上がり、そのうち一つはすぐ隣の敷地から聞こえた気がする。
〈化物〉氾濫区域。
その言葉の意味を、理解してしまいそうになる。
「まずは今宵を乗り越えねばなるまいな。ハル、そなたの意志は諒解した。問題はどこを守るか、だ」
「どこを……?」
「うむ。わらわはこの通り可憐であるが、人間ではない。そなたが部屋から出ないために、どこまでを守るかが肝要だ。そなたの身柄か。部屋の扉か。あるいはこの建物か」
なるほど。俺が部屋から出たくないと言ったことを、彼女は真剣に考えてくれているらしい。
今までは自分の意志で部屋を出なければよかった。だが、メゾン・シアンは築六十一年のボロアパートだ。先ほどのイノシシのような凶暴な〈化物〉が襲い掛かってきたら、柱ごと崩壊しかねない。
「……この……アパート。全体を……」
「建物か?」
「いや……庭と、この駐車場のスペースも、含めて」
「ふむ」
月光と頼りない街灯に照らされたボロアパートを見回すベアトリーチェ。視線が一周して俺に戻る。
「あえて問うゆえ、心して答えよ。このあばら家を守るより、適した場所はあるように思う。移動は可能か?」
それはたぶん、正論だった。〈化物〉氾濫区域になったのだから、住民のほとんどは避難しているはずだ。もっと頑丈な、鉄筋コンクリートの建物とか……定番のホームセンターとか、そういうところに逃げ込むのがいいのかもしれない。
だが俺はゆっくりと首を横に振った。
「ここじゃないと、ダメなんだ」
「そうか」
「……何も、聞かないのか?」
「必要なのは覚悟だ。理由と覚悟があってこの場に留まるというなら、わらわはそれを全力で叶えるのみ――いや、待て」
はっと気付いたようにベアトリーチェが目を開く。ぶつぶつと呟いて何か考えている様子。
ばぎぃという音がして振り返ると、隣の家のブロック塀を壊して巨大な犬のような黒い影がこちらに突っ込んでくるところだった。
「ひっ」
「そう……わらわの頼もしさを……だが……苦難の演出も……」
『GIAAAAAA!!!!』
「ええい煩い!」
ベアトリーチェが叫びながら腕を開き、閉じる。先ほどと同じ青白い光、巨大なベアトラップ〈オオガミ〉が現れて、突撃してきた犬の〈化物〉を嚙み砕いた。一撃だった。
怖い。
頼もしい。
どちらの感情が大きいかわからないままベアトリーチェを見ていると、彼女は頬に手を当ててしなを作ってみせた。
「……わ、わらわにとっても〈化物〉は恐ろしい敵……その……そなたが泣いて縋ってくれねば、負けてしまうやもしれぬ……!」
ベアトラップは、どうやら演技は下手らしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます