大掃除

詣り猫(まいりねこ)

大掃除

 僕の名前は大沢俊治おおさわしゅんじ


「君は掃除をするとき何の曲をかける?」 


 僕の場合は『藤井風』だ。


 しっとり具合とリズムが休日の体に馴染み、ゆったりではあるが確実に掃除が捗ってくれる。


「いきものがかりかな?」


 半拍あとに耳元でそう聴こえた。振り向いたけど周りに誰も居ない。知らない男の声だ。


 鳥肌が立った。疲れているかもと思い、一旦休憩を入れることにした。 


 キッチンでホットココアを作り、それを時間をかけてゆっくり飲んだ。段々と落ち着いてきた。


「よし、続きをやるか……」


 独り言を呟いて再開した。


 普段はタンスや冷蔵庫などまで動かして掃除をするタイプではないが、僕は一度火が点くと徹底的にやってしまう。


 押し入れの奥深くにある段ボールを開けてみた。 


 昔のアルバムが出てきた。懐かしくなってつい掃除の手を止め、床に座ったままアルバムを開く。


「ほんとにそれ見るの?」


 さっきの男の声が耳元で聴こえた。立ち上がり、今度はキョロキョロと部屋中を探した。しかし誰も居ない。


「何だよ!」


 ひとりなのに、思わず大きい声を出した。


 心臓のドキドキが治まらない。


 僕はアルバムの前に戻り、座った。しばらくアルバムをじっと見つめる。


 謎の声は怖かったが、それでも”見なきゃ”と強く思う自分がいた。


 まず幼稚園の頃のアルバムを手を取り、開いた。みんな小さくて可愛い。 


 が──誰も知らない。僕を探す。居ない。


 次に小学校のアルバムだ。 


『S県立福田小学校』

 知らない。


 『S県立下野中学校』 

 『S県立下野高等学校』 

 どこの学校も見に覚えがない。僕が見当たらない。


 焦りが追いかけてくる。


(何だこれ……どうしよう、どうしよう……)


「だから見ない方が良かったんだ。君は左端の眼鏡の男の子。ほら、切れ長の目の子だよ」


 謎の声が耳元で話しかけてきた。怖いが、もう不気味だとか思っていられない。声に誘導されるまま、左端の男の子を見た。


 名前の部分がなぜか塗りつぶされている。


(誰だ……この人……僕なのか? 僕は二重で、眼鏡もかけていないのに)


 別のアルバムも手に取り、めくる。


 『いきものがかり』のコンサート会場で、その男と友人らしき人物が楽しそうに写っている。


(嘘だ……)


 その時だった。


 とつぜんテレビがついて砂嵐になり、コンセントを入れていないドライヤーが起動した。


「何なんだよ! 勘弁してくれよ!」


 ガチャとドアノブが回る音がした。振り返った。 普通にドアが開く。


(あれ……鍵閉めてなかったっけ?) 


 僕の周りに重力が働き、急に動けなくなった。 


 二人組の黒服の男がずかずかと部屋に入ってきた。見に覚えがない奴らだ。


(こいつら、人間なのか?)


 見た目は人間だが空気が違う。二人ともずっと瞳孔が開きっぱなしで、温度が一切感じられないのだ。


 声を発したいけど出ない。


 男たちは開いたアルバムを見つけた。


「やっぱり気づ、い、るじゃね〜か。ちゃん、記憶消、とけ」


「すい、せん。私、のミ、です」


 ところどころ音が途切れる日本語で話してくる。


「だま、ら、よう」


 片方の男が香水の小瓶のようなものを取り出し、おもむろに僕に噴きかけてきた。


 その瞬間、僕は力が抜けその場に倒れた。急激な睡魔に襲われた。


 まぶたが重くなり閉じていく。


「つ、の名は、長谷、海、にしま、う……」


 薄れゆく意識の中で、そう聴こえた。


「まず、脳の……大、除……」


 そのあと頭部に痛みが走ったが、それも一瞬だった。



 僕の名前は長谷川海人はせがわかいと


「君は掃除をするとき何の曲をかける?」


 僕の場合は『乃木坂46』だ。 




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